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第32話 再会へ

 リベルは死んだ。

 間違いなく、彼は死んだのだ。

 自分の手袋に収まっているドッグタグの束に、より一層力がこもった。

 グレースはまつ毛に付いた氷を手袋で払う。それだけで、先ほどまで息があった、愛する人を想い胸が痛くなった。


「……あいつは、最後になんて?」

「……ドッグタグを持って、これから生まれるリベルを説得しに行って欲しいって……」

「それは……あいつらしいな」

「……うん」


 グレースはリベルの真意に気づいていた。

 彼は逃げろと言ったのだ。

 赤いドッグタグを持っていけなど、もっともらしい理由をつけて。

 リベルはグレースが殺されると判断した。突然現れたらしいあの復生体は、それほどまでに脅威なのだ。


「ヘンリクの方はなんでここに?」

「色々考えて、心配だからきた。それだけだ」


 何を馬鹿なと、本来ならば一蹴されるべき返答だ。しかし、ヘンリクはそう言う人間だ。過ぎる程に義理人情に熱い。


「それで、姫様の方はどうすんだ?」

「わたしは……」


 言いかけ、逡巡する。

 戦うべきなのだろう。しかし、リベルの最後の言葉は逃げろ、だ。 

 王族として、神能を持つものとして、今この場にいるのは戦うためだ。それでも、愛する人の最後の言葉。

 その言葉を叶えることは、逃げるということ。

 わたしは、ただこの場から逃げ出したいだけなのではないか。

 死ぬのが怖いから。

 答えを求めようと、リベルの方を見た。そこで、彼の血も、彼自身も、すでに魂と離れてしまっていることを思い出す。死んだ人間にまで縋ろうとした自分に言いようない感情が沸いてきた。


「ガキの頃の話だ」


 ヘンリクはそんなグレースの胸中を知ってか知らずか、さも昔話をするかのように話を始めた。


「なに?」

「まぁ聞けって」


 怪訝な顔になったグレースを軽い様子で制し、ヘンリクは話を続けた。


「ジェロン連邦で売っていたらしい、リベル・ダ・ヴェントの本を読んだことがある。子供用の絵本だ。確か……親が古本屋で見つけたんだったか。そこに描かれていたのは、リベル・ダ・ヴェントの冒険譚だった。悪い神能者の王が民を困らせていて、それを打ち倒す話だ」


 グレースには話が見えなかった。


「どう言う意味?」

「話すのが下手でわりぃ。つまりだ。あいつは俺たちの友人でもあり、俺の先生であったり、姫様の恋人でもあったと同時に、歴史上に名前が残るくらい凄い奴なんだ」


 ヘンリクはそう言い切った。けれどもその目線は、グレースとは違う所を向いている。


「もしかしたら、ただ逃げろって意味で言ったのかもしれねぇ。でも死ぬ寸前まで、この状況をひっくり返せる策を練ってたはずだ。それこそ無意識にでも、勝ちを拾える奴だからこそ、数多の神能者とやりあえたんじゃねぇかと、おれは思う」


 その目はグレースの方を向いていない。ただ傍に横たわるリベルを見つめている。ヘンリクは彼なりにリベルと対話しているのだ。


「グレース姫殿下。どうかご一考を」


 そして最後には、グレースを見てそう言った。

 グレースは思い浮かべた。リベルと心を交わした日々のことを。

 彼は笑顔だった。たまに見せるひょうきんな笑顔も好きだ。こっちが怒ったときにすぐに謝ってくるところは、気に入らなかったけれど、可愛げがあると思えた。

 そうして今、いつの間にか、崩れ続ける積み木を積み重ねる日々となった。

 それは辛い。

 けれど、それすらも尊いものだと思える日がきっとやってくる。根拠はないが、そんな気がするのだ。

 そうだよね、リベル。

 そのためには、あの復生体を討たねばならない。

 そのための道標は、もう用意されていた。


「リベルの元へ行ってくる! ヘンリクは?」

「おれは大丈夫だよ」


 ヘンリクはひらひらと腕を振った。その様子を見て、グレースはほっと胸を撫で下ろす。この場から離れてくれるらしい。

 宣言してみれば自分の行動は驚く程に早かった。腰ほどの大きさの金属のキューブに腰を下ろし、神能を使い空へと舞う。

 その時、グレースははたと思い出し、眼下のヘンリクを睨んだ。


「恋人だった、じゃない。まだ恋人。わたしに交際を解消した記憶はないから!」


 ヘンリクの返事を待たずに、グレースは王城へと飛んだ。

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