表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/48

第31話 リベル・ダ・ヴェント

 対象は沈黙した。重要な部品が壊れたのだろう。

 辺りに金属片や機械の腕が飛び散っていなければ、まるで本物の人間の死体のようだ。

 終わってみれば呆気なかった。


 千年前、神能者と戦い続けて思ったことを改めて感じる。

 戦いそのものは一瞬で終わる。それは例えば、歴史の教科書で言えば一ページで事足りるように。

 きっと彼——ビリーだったか。ビリーがここにいるのにも何か事情があるはずだ。戦う者は大なり小なりそこにいる理由がある。

 機械とは思えないほどの執念を、俺はビリーから感じていた。

 ビリーは最後に何を伝えようとしたのだろうか。

 かならずそこへ。

 その言葉の意味は、きっと俺では理解できない。


「まぁいいや」


「……夢なのか、現実なのか、未だにはっきりしないんだ」


 自分でも驚くような速度で振り向いた。

 

「ヴェント村に着いて……メルサたちが死んでた。それで……ウィルを探して……気づいたら知らない国にいた」


 青年は右手を掲げた。それは復生体の頭部だった。


 「いつの間にか居たその場所で、年老いて死にかけの自分にあった。俺の事情や、俺しか知らない事をことごとく言い当てられたよ。そいつが言うんだ。……この先で俺の大切な人が助けを待ってるって。夢なのか現実なのかわからないけど、……たとえ夢でも、大切なみんなのことは守りたい」


 抉れた塹壕の隙間から風が吹き、青年のフードが脱げる。


「邪魔しないでくれよ」


 俺はこいつの全てを理解できる。できてしまう。言葉の端だけでも痛いほどに。

 ジェロン連邦がいかなる手段を使ったのかはわからない。

 けれども現れてしまった。この戦場に決して存在しない、してはいけない男。

 千年前、全てを失った当時のリベル・ダ・ヴェント(自分自身)が。


 ・


 想いが人を強くする。リベル・ダ・ヴェントはそれを、物理的な意味で体現した存在だ。人ならざる膂力と頑丈さがそれを物語っている。

 それでは、人を愛するほど強くなる化け物が、その愛する存在を失ってしまったら。

 お分かりだろう。


 手がつけられなくなる。

 俺は仰向けの状態で、粉砕された対物ライフルを横へ投げ捨てた。

 頭が痛む、しかし同時に軽い。これは経験上、来てはいけない頭痛だ。

 吹き飛ばされた。

 目前まで迫った拳を、対物ライフルで防いだ。完璧に、だ。長年の経験がそれを可能とした。

 それでもこの様。


 胸元を見て気付いた。出血している。金属の塊で防いでなお、威力を殺し切ることはできなかったようだ。気づいたせいでズキりと痛み始めた。


 息が上手くできない。

 遠くを見ると、リベル・ダ・ヴェントは復生体に襲いかかっていた。自軍の復生体が、遠目からでも驚愕の表情をしているのが見て取れた。けれども誰一人、逃げ出す者はいない。

 復生体がリベル・ダ・ヴェントから逃げ出してしまったら、誰が彼を受けとめ、理解するというのか。

 しかし、拳一つ受け止めてこれだ。

 まず間違いなく、あいつを倒せる人間はいない。


 ならば、グレースならどうか。

 彼女ならば可能性はあるだろう。〈巨神の石(メナカナイト)〉は強力だ。

 駄目だ。初代国王(ヴァシリオス)以外に負けるビジョンが浮かばない。

 いつの間にか戦車の砲声が止んでいる。グレースが蹴散らしたのだろう。

 すぐにここへグレースが来る。

 この状況を打開する方法を考えなくてはならない。最低でもグレースに危険を知らせて……これは駄目だ。きっと彼女は逃げない。


「リベル!」


 空から彼女の声がして、女神のように美しい少女が俺の前に降り立った。

 もう時間がない。どうする。

 流れ出た血が雪を染め始め、俺の胸元に触れたグレースの手袋も汚し始めた。


「ねぇ! しっかりして!」


 声が震えているな、なんてどうでもいいことを思った。

 どうすれば、この戦場から彼女を逃がすことができる。


「……ごめん。駄目みたいだ」

 俺の声は驚くほど小さくて、グレースの張り詰めた呼吸音に半ばかき消された。


「……ダメって。……なんで? どうしてこうなるの? ただ一緒にいたいだけなのに、戦地でも炭鉱でもどこでだっていい! あなたと一緒にいたいだけなのに!」


 グレースの涙を俺は初めて見た。

 いや違うか。きっとこれまでも何回も見ているはずだ。俺が都合よく忘れているだけ。死んでも忘れていけないことなど、この世には山ほどあるというのに。


「そんなに泣いたら、目が凍っちゃうよ」

「うるさい!」

「ごめん」


 余計なことを言ったことを素直に謝る。それが妙にしっくり来た。前も似たようなことがあった。きっとその前にも。

「……グレース、これを」


 近づいて来た彼女の耳元でそう言い、全身の力を込めて胸元のドッグタグを差し出した。


「これが、何?」

「右のポケットにもある……、多分前の俺のだ。他のは……」

「他のドッグタグは全部わたしが持ってる。肌身離さず身につけてる」

「そうかよかった……それを持って、これから生まれる俺のもとへ行ってくれ。もしかしたら、この状況をどうにかできるかもしれない」

「持って行ってどうすればいいの?」


 それは。だめだ思いつかない。頭が働かない。痛みは不思議と消え失せ、自分が上手く話せているのかもわからない。


「……俺を説得してくれ。多分、何も覚えていないけど……君が助けを求めたら……俺はきっと力になりたいと思うはずだ」


 やっとのことで言ったのは、そんな意味不明な言葉だった。


「それって……」


 頼む。これで納得してこの場から離れてくれ。リベル・ダ・ヴェントが君に気づく前に。

 あいつは、あの時の俺は、神能者を心の底から憎んでいる。

 全力で手に力を込め、ドッグタグをグレースの手で包み込む。

 グレースは何度か迷うような素ぶりを見せ、その後静かに頷いた。


「……わかった」


 よかった。他の復生体には悪いが、グレースにはこの場から去ってもらう。

 ヘンリクはこの場にいない。大丈夫だ。

 憂いはない。

 少しだけ記憶を失うだけだ。

 しばらくしたら、何も知らない俺がこの地へとやってくる。そうして、また二人と出会うのだ。驚くことになるだろう。もしかしたら俺はまた死んでしまうかもしれないけど、二人が傷つくよりずっといい。

 いつかの俺も、きっとこんなふうに死んでいったのだろう。


「……元気でね——……」


 他にも言葉を続けて、自分が声を発していないことに気づく。

 目はもう見えない。

 耳からの情報だけが俺の世界の全てとなった。ああ、それと、左手から伝わる温もり。


「——」


 グレースが何かを言った気がする。

 唸るような音が、遠くからこちらへとやって来ている。

 エンジン音だろうか。


「おーい! 姫様! 心配だから来た!」

 ヘンリク。お前……マジか……。

 そこで俺の意識は途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ