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第3話 グレースとの再会

 まるで屠殺される家畜のようだ。

 至近距離に自分の顔があるのがこんなにも不快だと知っているのはきっと俺だけ。

 そんなスペシャリティーは要らなかった。

 何時間も車で揺られて、着いたのは極寒の地である。見渡す限りの銀世界は美しいが、殺意を感じるほどに凍てついていた。


 ほんと笑えるよ。声に出したいくらいだ。

 窓ガラスもない風通しの良い宿舎の一人部屋へと通されると、しばらくして扉を叩く音が数回。


「はい?」

「入るけどいい?」

「え、待って」

「待たない」


 突然の来訪者に思わず姿勢を正す。

 さも当たり前かのように入ってきたのは俺とそう歳が変わらない女だった。


 雪色の、ズボンとミニスカートが一体になったような女性用の軍服を、見本のようにかっちりと着こなしている。後ろで手を組んでいるのは軍隊式か。


 誰? 口に出そうになった。

 それでもどこか見覚えがある、肩まであるチャコールグレーの髪と切れ長の青い瞳。

 見覚えがある気がするのだが、どうしても思い出せない。


 こんなに綺麗な人なら千年経っても忘れないとは思うけど。

 二人の中に沈黙が置かれる。気まずい。


「あの、なにか?」

 あまりの居心地の悪さに痺れを切らす。自分から部屋に入ってきたのに何も言わない女に不信感が増していく。


「また……」女が心底うんざりしているような素振りで俯く。


 訳がわからない。とりあえずは黙っておこう。これが最善。


「……覚えてる? わたしのこと」

「……知り合い、でしたか?」


 知らない、と即答するのを口の中で留める。たしかに、見覚えがあるような気がするのだ。

 特に、チャコールグレーの艶のある髪と青い瞳が、記憶のどこかに引っかかっている。


「ヒントとかは?」へらっと笑った。

 目の前の女が、とんでもなく重くて長い溜息を吐いた。


 これは俺のせいじゃない。きっと仕事とか、色々大変なことがあって疲れてるんだ。


「十年前に会ったことがある。隷民居住区の炭鉱で助けてもらった。それに——」

「あ! あの子かぁ! えっと……グレース!」


 喉に引っかかっていた魚の骨が取れたときのような、爽快な気分だった。


「そうだけどっ!」

 苛烈な吊り目に睨まれる。


「え、なんかごめん」

 突然怒鳴らないで。

 十年来の人物にこんなに怒られることなんてないだろう。でも、俺は悪くはないはずだ。


「なんかよくわからないけど、突然怒られる筋合いなんかないって」

「わからないから怒ってるの!」

「そんな、理不尽だよ」


 尻すぼみだが、ここは勇気を持って反駁(はんばく)しておく。声が少し震えていたのは、決して怯えているわけではないのだ。


「ていうか、大きくなったね! すっかり大人の女性だ」

「テキトーに褒めるのやめてくれる?」

「ごめん」


 普通に褒めたのに。鋭い目で睨まれてしまった。

 間違えてばかりの人生だ。とても憂鬱になる。

 久しぶりに会えたことは嬉しいが、状況が気がかりだ。


「普通に部屋に入ってきたけど、俺がいるって知ってたの?」

「別に」

「ていうか、よく俺を見つけれられたね。そこら中同じ顔だらけなのに」

「うるさい!」

「ごめん」今度はニヤニヤ笑っていた。グレースの反応が面白い。笑い声が漏れた。

「もう……これ、あげるから」


 そうやって手渡されたのは赤い毛布だった。後ろ手に持っていたのはこれだったのか。


「あ、これこの部屋にもあるよ。支給品だったんだ。こんな質のいい毛布が隷民にも配られるんだね」


 なんか報われた気がした。千年も頑張ったかいがあるなぁ。……千年頑張ってこれかぁ。


「支給品じゃないから。それに夜は本当に寒いから、もう一枚使って」

「だろうね」俺は窓を親指で示す。この気候なら二重窓が普通なはずなのに、この部屋の窓には一枚もガラスが張られていない。暑い地域なら良いが、この寒さでは最悪だ。


「ありがとう。助かるよ」

「……別に」グレースがそっぽを向いていたから、その表情はわからなかった。

「死なないようにして」

「うん? まぁ、うん。軍基地だしね」


 ろくな説明もないまま基地に連れてかれるなんて、この国の人権はどうなってるのだろう。 

 まぁ、俺の場合死んだら最後というわけでもないのだから、そんな忠告を受けるのも今更だ。


「なんで軍隊に? 王女様だったよね? あ、敬称付けた方がいい?」

「敬称は必要ない。……わたしの王位継承順位は低いから、軍の士官になったの」

「そうなんだ」


 十年前、余計なことを言った気がする。まあそんな気がするだけで、きっと何も言っていないだろう。でも万が一のことを踏まえて、その辺は触れないようにしよう。


「だから、女王にはなれない」


「そうなんだ」

 やっぱり余計なこと言ってたみたい。しばらく笑顔を崩さいないようにして誤魔化そう。


「……なんで笑ってるの?」

「久しぶりに会えたから嬉しくて」

「またテキトーなこと言って。どうせ、わたしの機嫌損ねないように愛想笑いしてるだけでしょ?」

「そんなことないよ」


 なぜバレたんだ⁉︎ でも今更この笑顔を崩すことないできない。

 そう。覚悟を持って続けるんだ。こんなに寒いのに汗をかきそう。冷や汗だ。


「ここでは、あなたたちの上官はわたしだから、支持には従うように」


 本当に、長い月日が経ったのだ。炭鉱での単純作業はどうにも時間感覚を鈍らせる。

 胸を反らせてそう宣言する姿には、十年前の泣いていたときの面影は、微塵も確認できなかった。

 見入っていると、「わかった?」と割と強めに念を押されてしまった。


「あとこれ」そう言ってグレースは何か赤っぽいものをこちらへと放ってきた。

 落とさないように少し苦労して受け取る。薄っぺらい金属の感触。手を開き確認すると、そこにあったのは赤いドッグタグだった。


「これを今から首から下げて。他と見分けが付きにくいから」

「ああ、うん」俺は素直にドッグタグを首へとかける。赤い金属の札が俺の胸の真ん中で揺れる。

「それは絶対に服の外に出しておいてね」

「わかった」


「今から任務の説明をします。」

 グレースは真面目な顔になって宣言した。


「いきなりだね。そう言うのは他の復生体を集めて伝えたほうが効率いいんじゃない?」

「一応紙でも書いてあるけど、あなたには直接伝える」


 グレースが指差した先には机と、その上に置いてある一枚の紙があった。何かが書かれているから、任務の内容、つまりここで何をするのかの詳細が記されているのだろう。


「なるほどね。訊かせて」 

 なぜグレースがわざわざ、そんな言葉を飲み込む。

「あなたたち復生体に与えられた任務は、戦線の維持です。塹壕内で待機して、向かってくる敵軍を退けてください」


 塹壕。最近になって本格的に戦争で採用された戦術だ。銃を含む飛び道具の技術が発展し、それに対抗するように生み出された。地面に人間が身を隠せるほどの溝を掘り、銃弾などから身を隠すという実にシンプルな戦術だ。簡易的なものを俺も千年前に何度も作って活用している。

 飛び道具的な攻撃方法を持つ神能者は多かったからだ。

 気になることは——


「敵に神能者はいるの?」


 グレースは首を横に振った。


「いない。今のところはだけど」

「それなら、なんでこんなにも梃子摺っているんだ?」


 側から見れば喧嘩を売っているかのような発言だろう。しかし、この国はルーンディア王国だ。復生体の覇業を終わらせた、金属を操る神能、〈巨神の(メナカナイト)〉を持つ王族が支配する覇権国家。そんな覇権国家が、復生体を呼びつけるまで追い込まれている。そう判断してしまうには十分すぎる状況だった。


「あなたたちが戦いを終えたのも、もう大昔の話だから知らないのも仕方ないけど。ここまで泥沼化している現状には、二つ理由がある」


 指を二本立てた手を俺に掲げたグレースが、何を思ったのかそれを横に向けて顔の前に持っていった。少し顔が赤いし、口元がへの字に歪んでいる。


 なにそれ。


「……一つ目は、王国の神能の弱体化。〈巨神の(メナカナイト)〉は遺伝する特性を持つ稀有な神能だけど、それが代を追う毎に弱まっているの。歴代の差が激しいけど、総合すると確実に弱体化してるわ」


 今のポーズの説明はないらしい。


「そうなのか……」


〈巨神の石〉は神能の中では珍しい、遺伝する神能だ。神能の能力としては金属を操ることができるというシンプルかつ強力なもの。戦争という金属が暴力を発揮する場においては無類の強さを誇る、はずだが。さすがに千年も経てば事情は異なるらしい。


「そして二つ目は、ジェロン——敵国の科学技術の発展の影響ね。新たに開発された新兵器が続々とこの戦争に投入されてる」

「科学技術ね」


 千年も経てば、人類の進歩も神能に迫るということか。


「現状、その新兵器も〈巨神の(メナカナイト)〉なら勝ててる。でも物量が桁違いで対応ができていない」

「それを俺たち復生体がカバーする、てことか。具体的には、神能を持つ王族が来るまでの時間稼ぎ」

「その通りよ。この戦線の担当は私。つまり私が来るまで時間稼ぎをするのがあなた達の仕事」

「それは随分過酷だね」


 皮肉を言う。


「本気を出してこの戦争を終わらせてもいいのよ?」


 グレースから帰ってきたのはもっと鋭い皮肉だった。


「やめてくれ。千年も経って丸くなってる。もう牙は抜けたよ。他の復生体たちだってそうだ」


 神能者を始末して回っていた時の実力も千年の炭鉱掘りで錆びついてしまった。なによりも執念が消え失せてしまっている。


「大人しく時間稼ぎに従事するよ」


 なぜだろう。グレースは少しだけ満足そうに頬を緩めた。


「それでいいと思う」

「そう?」

「うん。死なないでいてくれれば」

「それが一番だよね」


 先ほどと同じ言葉に、何気なくそう返した時、グレースは酷く悲しそうな顔を見せた。

 そうしてしばらく黙ってしまう。


「ちょっと待って……」そう言うグレースの声は今の会話の中で一番優しい声音だった。


「リベル」ややあってそう言うグレースの声は震えていた。言うのを躊躇っているのはわかった。俺は促すでもなく黙って次の言葉を待つ。そうするより他になかった。


「……リベルは、ここに来たのは初めてではないの」


 その言葉に、俺は別に驚きもしなかった。その言葉を聞いた習慣に全ての答えが繋がったから。グレースの態度は久しぶりにあった人間にする態度ではなかった。ほんの数日前まで会話をしていた人間に対するものだ。少なくともそれを抑えようと少しちぐはぐになる程には、この場所で死ぬ前の俺とは接点があったのだ。これが情緒不安定だった理由か。


「……そうか。それはごめんね」


 口に出した言葉は謝罪だった。グレースはきっと、何度も同じ説明をしているのだろう。何度も、何度も、俺が死んで、復生されてこの場所へと戻ってくるたびに。何度も。


「うん。いいの」


 グレースは微笑んで俺の謝罪を受け入れてくれた。

 それなのにも関わらず、俺は次に言うべき言葉が見つからなかった。

 沈黙破ったのはグレースだった。


「そういえば、ヘンリク・ソンクという兵士がこの辺りにいると思うから、会っておいてね」

「その人は?」

「リベルの知り合い。仲が良かった」

「そっか。会ってみるよ」


 名前も初耳、もちろん顔だって知らない。今名前を知っただけの赤の他人。けれどもそう切り捨てることはできなかった。今のグレースを見て、心の底からそう思った。


「それじゃあ」

「うん。ありがとう」


 グレースがこちらを横目に部屋を出る。一応笑って見送った。


「しかし……」


 ドッグタグを指で撫でながら、俺は物思いに耽る。


「歳を取ったなぁ」


 外見年齢は若いまま、何歳なのかは覚えていないが、二十歳には届いていただろうか。

 パイプベッドの横にカバンが置いてあった。無地の地味なカバンを開くと、中にはいくつかの支給品が入っていた。マッチが数箱・ナイフ・戦闘糧食・暖かそうな手袋。その他細々としたものが雑に入っている。その中にはリクエストを受け付ける紙も入っていた。

 不意に笑いが込み上げる。

 リクエスト表の中にあったのだ。手紙という項目が。


「千年も経ってんのに、いったい誰に宛てるんだよ」


 それを活用している復生体はいないだろう。

 そもそもこの国の初代国王に負け隷民となる前から、大切な人たちは遠くへと旅立っている。

 でも、手紙をあてる相手がいないことを残念に思うよりも、大切な人が居て、長い時間会えない憂いの方がきっと苦しい。そのはずだ。


 そう時間をかけずに考え込んだ後、先ほどのグレースの言葉を思い出す。

 部屋の扉を開けた時、廊下を誰かが走る靴音が聞こえた。

 改めて外観をまじまじと見ると、余りのボロさに口の中から白い息を吐き出す。


「打ちっぱなしのコンクリートはなぁ。そりゃ寒いよ」


 支給されたコートを着ているが全体的に生地が薄い。少し冷たい風が吹けば、立ち止まって体中を擦りたい衝動に駆られた。



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