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第29話 幕間 グレースのとある朝

 静かな夜だ。

 窓の底からは月明かりが漏れている。

 静かであることが安眠に繋がることではないと証明するように、グレースはもぞもぞと寝返りを打つ。

 眠れない。寒いからといわけではない、王族である自分の為に当てがわれた宿舎は暖かく、寝具の調子も王城の自分の部屋と遜色はない。


 眠れないのは、ここ最近ずっと一人だからだろう。リベルが死んで、また再開して、それを何度か続ける内に、自分との関係を話すのを躊躇うようになってしまった。


 グレースにはこの場所でのリベルとの思い出がある。しかしリベルにはない。自分が何度も経験した思い出の道筋を、何度もなぞっていくのはとても虚しかった。同じ条件なら何度繰り返しても同じになるのかというとそういうわけでもないのが辛いところだ。


 付き合ったいた。なんて言ったら、リベルは驚くだろうか?


 愛してると伝えたら、リベルはどんな顔をするだろうか? 

 最初の時は簡単にできた告白も、何度目かの再会となった今ではすでに勇気が枯れていた。


 付き合っていたと伝えた時、リベルは驚きつつも照れていた。

 愛していると伝えた時、リベルは嬉しそうに微笑んでくれた。


 何度もあったその瞬間も、今では遠い記憶のようだとグレースは思った。


 考えすぎるなと頭をわしわしとかく。癖が付くのもお構い無しだ。どうせ起きたら整える。ああ、でも、整える前にリベルと顔を合わせるような事態になったらどうしよう。

 グレースはじたばたと足を動かし、不意にピタリと止まった。

 そんな事態、今のグレースとリベルの関係では無いに等しい。それこそ、グレースが勇気を持って早朝に会いに行けば別だが。

 そんな勇気は微塵もなかった。

 いっそリベルが会いに来てくれれば……


「え〜〜……」


 照れていた。一人きりで。

 昂ってつい漏らしてしまった感嘆の声が、静かな部屋に微かに響いた。


 思い出すのは炭鉱での一時。

 公務の練習だった。いずれ来る公務の練習をする為に、グレースは炭鉱の視察へのついて来ていたのだ。

 元々暗いところは苦手だが、幼い時はもっと苦手だった。それに加えて辺り一面、同じ容姿の人間たち。

 色々なものが重なって、グレースはパニックになってその場から逃げ出した。

 逃げ出して、戻るに戻れなくなった。子供ながら大変なことをしでかしてしまったのだとその時は思った。

 長い間炭鉱を彷徨って、人影が近づいて来たら全力で逃げた。

 ついには疲れはてて、しゃがみ込み。その時後ろから足音が近づいているのに気づいて息を殺した。

 その時声を掛けられたのだ。


「ねぇ、お嬢ちゃん」


 そうそう。こんなふうに。


「朝だよ。起きて」


 違う。あの時リベルはそんなこと言わなかった。


「寝起きわるいなぁ」


 ハンカチだろうか。柔らかい布かなんかで口元を拭われている感覚がする。

 目が覚める。朝日が瞳を突き刺すのもお構い無しに、最大限に目を見開いた。


「え」


 リベルが覗き込んでいた。

 手にはハンカチを持っている。まさかそれでよだれを拭いて——いや考えるのはやめよう。


「あ、おはよう」

「……ベル」

「リベル⁉︎」

「うん」

「おはよう……ん——ーっ」


 反射的に抱きつこうとしてしまい掛け、伸びをすることで誤魔化す。

 なんでリベルがここに。

 乙女の部屋に、しかも朝にいるなんて。

 いや、リベルは元々行動が読めない。ちょっと変わったところがあるのだ。

 そんなところも好き……いやいや違う違う。

 

「どうしてここに?」

「ん? ヘンリクに姫さん起こしてこいって頼まれた。なんか用事あったんじゃないの?」

「用事?」

「うん」


 そんなものはない。

 となれば、ヘンリクが変な気を利かせたのだろう。

 あいつ。

 でも良い。驚いたけど、良い目覚めだった。

 今まで何かと理由をつけてリベルに会いに行っていたから。

 こんな朝も悪くはない。


「ああ、あれね」


 適当に話を合わせて、さも当たり前かのようにリベルを見つめる。

 黒い髪に優しそうな顔立ち、絶世の美男子というわけではないが、整っている。少なくともグレースにはそう見えた。腰が砕けそうな程かっこいい。

 ふたりきりの時は良い。見つめてても何も変じゃないから。


「そんなに見られると、なんか照れ臭いな」

「な、なんでもない」


 やり過ぎた。もっと気づかれないようにこそこそしなければ。

 恋人だったのになんて虚しい。

 

「デート楽しみだね」


 誤魔化そうとして、もっと変なことを行ってしまった。

 気づいた時にはもう遅かった。


「ああ、うん。そうだね」


 リベルは微妙そうな顔に一瞬なって、全力の笑顔を見せてくれた。

 無理をしているような笑顔だった。

 本当は行きたくないのだろうか。


 それは嫌だな。


「いきたくないの? ほんとは」

 拗ねるような口調になってしまった。

 

「いやいや。そんなことないよ。全部片付いたら絶対に行こうね。楽しみだな」

 

 その声色は、まるで拗ねる子供を宥める大人の声だ。

 柔らかで澄んだその声を聞いていると、リベルが千年前から存在している重要人物であることを忘れてしまう。そして、全部片付いたらという言葉の意味を考えてしまう。

 今は戦争中、復生体には復生体の、王族には王族の役目があるのだ。

 そう易々と遊びにいけるような立場ではない。

 それでも復生体一人と遊びに行くくらいなら、王族の権力でどうとでもなるはずだ。

 グレースは普段は権力にかまけてふんぞり返ることをよしとしないが、時には手段を選ばないのだ。それもこれも戦争が無事に終わったらの話だが。


「何がしたい?」

「うーん。美味しいものを食べて、それから映画を見よう。ミュージカルでもいいな。見た経験がないから興味がある。それと街を散策するのもいい」

「いいね。わたしは、行きたいお店があるんだ」

「どこ?」

「まだ内緒」


 ふふっと笑みで誤魔化した。

 巷でカップルに人気のお店だ。知られたくはない。

 その時がくれば知らなかったふりをして、リベルと一緒に入るのだ。

 

 グレースのとある朝はこんなふうに過ぎていった。

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