第26話 この戦いが終わったら 復生体B視点
「もう休め。あとはビリーから聴く」
「そうか」
そう言ってリベル・ダ・ヴェントは目を瞑った。
しばらくして安らかな寝息が聞こえてきた。
病室を離れて十歩ほど進んだだろうか。
「どうだったかな?」
ビリーに後ろから声をかけられた。
「会ってみた感想か?」
「そうだとも」
「少し長くなるぜ?」
できるだけ冗談っぽく笑う。もちろん、廊下で長話をするような酔狂な趣味はない。
ビリーは苦笑する。
「いいとも」
「十年くらい前になるかな……。俺の肉体が爺だった時、炭鉱で迷子になっている女の子を見つけた。有毒ガスやら粉塵やらがそこら中にある場所だ。保護しようと思った。必死にな。でも女の子は怖がって逃げてしまった。死にかけの爺の必死な顔だ。さぞ怖かっただろうな。追いつけなくて、他の復生体に協力を頼んでいたら、事情も知らない復生体が、一人でその子を保護して安全なところに送っていた。不思議だよな、同じ人間なのに」
「ほう?」
それは最高顧問に会った感想と関係のある話なのかと、ビリーの怪訝そうな瞳を手で制した。
「俺たちは復生体同士で話すことはほとんどない。自分自身と話すほど退屈なことはないからな。でも違った。きっとどの記憶を引き継いだか、何を覚えているかで言動は変わるんだ。あいつと話してそれがわかった——いや、思い出せたよ。有意義だった」
「……そうか。それはよかった」
ビリーは神妙な様子で頷いた。
「それでだけど、あいつもう長くないぞ? 一年保つかどうかだな」
千年も自分の死を体験している。自分がいつ頃死ぬのかもすでに頭に入っていた。それに照らし合わせれば、自然とそれがわかった。
「だろうな……」
その一言を、ビリーは消え入りそうな声で吐き出した。ため息混じりの声に、俺は自然とビリーの顔を伺う。
残念なのか。なんて、無粋なことを言うつもりは一切なかった。先程の会話の中で、あいつがビリーの恩人であることがわかっていたから。
「あなたを連れてきた理由を話そう」
俺の思考を断ち切るように、ビリーは宣言した。
「理由ね……。さすがにここだと手持ち無沙汰だな。いい場所あるか?」
「いい場所がある。案内しよう」
そう言って訪れたのは、先程とは違う公園だった。さっきもよりも二回りほど狭く、子供たちがボール遊びをできるような広さはない。入り組んだ住宅街の中にあるためか、少し薄暗く、足を運ぶものはいないのだろう。あたりのベンチには誰も座っていなかった。
今、俺とビリーはそのベンチの一つに座っている。漂っているのは沈黙だった。
突っ込むべきなのだろうか。いい店がある。そう言われて連れてこられた場所がこんな辺境だ。
「いや、違うか。ここはいい場所なんだろう? お前にとってさ」
「……ああ。ここが一番、落ち着いて話ができる場所だ」
横目で盗み見たビリーは穏やかな表情を浮かべていた。「そうかい」と俺は納得の意思表示をする。
「話しづらいのか?」
数日、一緒の時を過ごした。こいつは聡明なやつだ。少し可笑しいところもあるが。
そんな男がここまで黙る理由。
今この瞬間だけだろう。ビリーが幼く見えるのは。
「大丈夫だ。なんとなくだけど、自分がどうなるかは予想している」
「察しがいいんだな。流石だ」
「年の功だよ」
そんな冗談を優しく言った。
「だから、そんな悲しそうな顔をするな」
「この身体はどうにも感情の制御が効かないようだ。涙が出ないのが救いではあるがね」
「それは是非とも超えるべき課題だな」
「そうだな。感情を表に見せるなど———」
「違う違う。涙が出ないのが良くないんだよ。自分が、誰かが流した涙が、小さくとも何かを変える切っ掛けになることもある」
「……そういうものか」
「そうだ。だから話してくれ。それに、俺はお前が悲しんでくれていることがわかって嬉しいよ」
「そう言ってくれることこそがぼくの救いだ」
ビリーと目が合う。覚悟を持った瞳だった。この目に答えなくては「と、俺の瞳にも力が宿る。
「単刀直入に言おう。君は死ななくてはならない」
「そうか……」
「正確には今までの君の記憶だ。ある地点から今までの」
「要領を得ないな、最初から詳しく教えてくれ」
ビリーは空を見上げる。釣られて俺も。公園の時計を見る。もう少しで夕暮れだ。
「先程、最高顧問が、人工知能を作ると言っていたな? それには膨大な学習データがいる。その学習データが君の記憶にはある。そしてそれは君一個人だけを指しているのではない」
「復生体の救済……いや回収か」
「そうだ。千年以上もの間、記憶を保持している人間から抽出する学習データが、これからの連邦の発展の鍵となるだろう」
「なるほど、だからあいつだけでは不十分なのか」
俺は年老いた復生体の姿を思い浮かべて言った。
すでに復生体がいるなら、それを使えばいい。そう思っていたがそれでは足りない。復生体によって刻まれた記憶は違うから。
「回収ってのはどうする? 俺以外の復生体を説得でもするのか? 言っとくけどそれは無理だぞ」
「そうであろうな。千年以上も記憶を複製し、復生体ごとの人生を歩めば、もはや別の人間だ。説得など無理だろう。だから回収するのは〈遺体〉の方だ」
「ウィリアムか……」
朝日よりも煌めく金髪に、空よりも澄んだ瞳。その持ち主が、俺に、ヴェント村の皆に笑いかけている光景。
思い浮かべて、また胸が痛んだ。
「神を生み出した〈遺体〉、それを回収することこそが、我々の戦争の勝利を意味する。偉大なる遺体ウィリアムと、現人神リベルの復生体、その二つを手に入れることこそが、我らの国々を幸福へと導く」
「そこまで言ってくれるのか。嬉しいね」
茶化すように言うと、ビリーは少しだけ曖昧な表情で笑った。
「そこまではわかった。俺たちを複製することができる、〈ウィリアムの遺体〉を手に入れたいってところまでは……だが、その手段は? 復生体も〈巨神の石〉も王国には健在だ。そいつらを押しのけて、王城にある〈遺体〉を、どうやって手に入れる?」
ビリーが口を引き結ぶ。ここからが本題なのだと、俺は察した。
「その手段こそが……先程言った、君が死ななくてはならない理由だ」
「ふーん……」
「君の記憶を、ある期間まで残して、全て消去する」
記憶の消去ができることに、俺は驚かなかった。そして、連邦が何を求めているのかも理解した。
「話によれば、リベル・ダ・ヴェントは想いの強さによって強力な身体能力を発揮したという……想いとは記憶だ」
そう。そして記憶とは薄れてしまうもの。今が積み重なって、どれだけ強固な記憶でも、過去へと追いやられてしまう。きっとそれは、その時の感情も含めて。どれだけ記憶を受け継ごうとそれは変わらない。
それならば、記憶を過去に戻せばいい。
そこまで考えて、俺は言う。
「それなら、少なくとも今の復生体たちに負けることはないな」
「ああ、そうだとも。想いが違うのだから」
ビリーは俯く。
「この戦争が終わったら……必ず、君の記憶を——」
「できたらでいいよ。無理はしなくていい」
それがどれだけ困難なのかはわかる。千年も生きた人間の記憶は、それこそ膨大なデータだ。何かが欠けたり、違ったりするだけで、それは別の人間。
消すことはできたとしても、複製することなど無理に等しい。
それが可能なのは〈ウィリアム〉ともうひとりだけ。
それを頭ではわかっているから、ビリーは、君は死ななくてはならないと言ったのだろう。それが決して目が覚めることのない眠りであると知っているから。
「……すまない」
だから、そんな顔しないでくれ。
「気にするなよ? 本当に」
そこでふと、疑問がよぎる。
「あ、それで、どの時点の俺が戦うんだ?」
「それは……一番神能者を憎んでるときの君だよ」
「そうか……」
その話を聞いて、俺は戦争の勝利を確信した。
「ところで…今日の泊まるところどこ?」
連続投稿8話目になります!
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