第25話 最高顧問の望むもの
「……予想はつく」
「それは話が通じやすくて何よりだ。まずひとつ、レーミアにそっくりなあの子はなんだ? とぼけるなよ? 千年前に生きていた人間の容姿をあそこまで再現できるのは復生体だけだ」
調節はしようとした。それでも抑えられない怒気が、俺の表情を険しくさせる。
「あの子を作った理由か? それとも正体が知りたいのか?」
「両方だ。死にかけ」
「理由はふたつ、復生体を最低一人、この地へと連れてくるためだ。自分のことは自分がよく分かる。復生体は強い。連邦の軍事力と拮抗できるくらいには。だが弱点はある。わたしはそれをよく知っていた。だから、そこを突くことにした」
「……ずいぶん遠回りな言い方だな。レーミアとそっくりな子供を使えば、復生体の油断を誘えるからだろ? 効果覿面だったぞ。クソが」
「……であろうな。そしてもう一つは、もう一度あの子に逢いたくなったからだ」
苛立ちが霧散した。その言葉は、それほどまでに俺にとって強烈なものだった。
無意識に、レーミアとの思い出が脳を刺激する。
「なにも……あんなことしなくたって。それにあの子はレーミアじゃない。同じ顔をした赤の他人だ」
「わかっているとも。わかっているのに、レーミアと名付けてしまった」
名前も。
ビリーの名から、俺は薄々そのことに気づいていた。
レーミアとそっくりな少女を作り、レーミアと名付けた。
眼の前の復生体の心根が、俺には痛いほどわかった。
「……気持ちはわかるよ。……それで、正体の方は?」
やっとのことでそう吐きだし、続きを促す。
正体とはなんなのか。ビリーは神能者ではなかった。
そして、ジェロンに行くまでの道中の手合わせで、ビリーの能力は知っている。電撃だ。
彼の電撃は科学の力によるものだ。いや、昔、それこそ千年前であれば、神能者と同じ扱いを受けただろうが。
「考えていることはわかる。そこにいるウィリアムも、レーミアも、同じ機械だ」
「それは、一度戦った時にわかった。連邦は進んでいるんだな。ここまで性能の良い義手と義足を作れるなんて」
ビリーは手から電撃を出している。義手だろう。
「少し違うな。全てだ。ウィリアムもレーミアも、全てが機械だ。レーミアは人工培養した生身の体をベースにしているがな。人工という意味なら同じことだ」
思わずビリーの方を向く。今まで黙っていたビリーが肩をすくめた。
「とっくにお見通しだと思ったよ」
そんな反応をされては、老いた復生体の方に向き直る他ない。
「全てが機械だって? どういうことだ? 物体に心をなんて、そんなのルーンディアの初代国王くらいなものだ」
老いた復生体は静かに笑った。年相応に控えめながら、心底愉快そうだ。それが無性に鼻につく。
「すまない。少し驚かせようと思ってな、正確には、全てではない。ウィリアムも含め、どうしても生身の部分が必要だ。現段階では、な」
ビリーを見る。彼の中で一つだけ生身の部分。答えにはすぐにたどり着いた。
「脳か……。もしそうじゃないなら、ちょっと怖いな」
ビリーと話していて違和感はなかった。もし連邦が心すらも作り出せるというのなら、それは酷く恐ろしいものだ。
「そうだ」
返答は端的だった。それに少し安心する。ここに来るまでにビリーとは少なくない会話をした。それが作り物から生み出されたものだと知ったら、今この場で怒鳴り散らしていただろう。
「連邦では、神能を科学で克服する研究を長年してきた。電撃を出す機械の体は、その賜物だ。そして。その体に人の脳を入れ込むことに成功したのが、そこに存在するウィリアムだ」
「……その科学力に今更驚くことはないか。なるほど。でも、復生体は、俺たちは神能者との戦いに慣れている。小さな電撃を出すだけじゃ効果はない」
それはこいつもわかっているはずだ。
「誤解があるな。その効果がほしいのは今すぐにではない。復生体は半永久的に生まれ、存在し続ける。そして、ルーンディアの王族の神能、〈巨神の石〉は、ほぼ確実に遺伝する得意な神能だ。それらに、あらゆる面で対抗するため、我々は、科学で作った機械の体を作った。人間の肉体を超えて成長するウィリアムたちに成長限界はない。私たち復生体の性能をもいずれ追い越すだろう。その頃には大量生産も可能になる」
つまり、ルーンディア王国が、復生体を下した強力な神能でこの世の覇権を獲ったように、ジェロン連邦は、科学の力で生み出した機械の体——その限界のない成長を持ってして、次代の覇権国家の座を狙っている、ということか。
一見すれば、軍事力の強化が主だが、これは、産業にとっても大きなアドバンテージとなるだろう。国家は鉄だけで成り立つものではない。
人も重要だ。
こいつは先程、現段階では、と言った。それは、脳すらも人工的に作り出そうということだろう。あらゆる思考パターンや、無意識に人間が行っている脳の処理を、科学的に実現させるということだ。それはすなわち、無限の可能性を秘める感情や知性すらも。
本来の目的はそれだろう。なにより、体の大部分が金属だと、〈巨神の石〉の格好の餌食だ。
それに千年にひとりの逸材を、絶やすことなく生み出せるというのなら、それは十分に覇権国家となり得る。
「お前の向かおうとする先はわかった。それで、その先に何を見たい?」
老いた復生体は静かに口角を上げた。数回の咳のあと、顔を歪めながら言葉を紡ぐ。
「まさか、自分自身がそれを問われるとは思わなかった。その質問は千年前にルーンディア王国を築いた男に、我ら復生体が問うたものだ」
「大切なことだ。その向かう先には多かれ少なかれ犠牲が生じる。それらを生み出して、それでも見たい景色は何なのか。それが犠牲になったものの価値を決めるのだから」
「復生体よ、知れたことだ。楽園だよ。昔、私は奴隷であった。皆に連れ出され、目にした朝日の光景が今でも忘れられぬのだ。あれこそが楽園であったのだと、寿命が尽きようとしている今でも思う。そしてその朝日は、炭鉱から逃げ出したときにも見た。何者にも理不尽に縛られることなく見る朝日こそが、楽園の景色なのだ。そのために私は、連邦に身分階級を捨てさせた」
「……そうか。わかった」
俺は深く頷いた。俺は、目の間の老人が浮かべる景色を知っている。
目頭が熱くなり、想いが水分となって溢れてくるのを堪えることができない。
目を擦るふりをして、それを拭い、目の前の男にはわかってしまうだろう下手くそな笑みを浮かべた。
連続投稿7話目になります!
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