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第22話 リベル・ダ・ヴェントの望むもの

 結論を言おう。

 その能力で、俺は、復生体(おれたち)は、幾人もの神能者を殺し、その果てに世界の敵となった。


 「これが前時代の大悪党の話だ。長話をしすぎたな……」


 いろんなことを久しぶりに思い出した。伏せるべきところは伏せて話した。大昔の恋愛の話なんて他人に聞かせるものではない

 少しだけ茶化すように締めたのも自分語りをしてしまったことへの気恥ずかしさからだ。


「……貴重な体験だな」


「そう言ってくれてありがとう。というか、前の俺は言ってなかったか? 話してて心配だったんだけど……ほら、昔話を何度もする老人は嫌われるのが世の常だろ?」


 そう言って笑うと、二人とも吹き出した。


「老人って自覚あったんだ。おじいちゃん」


 吹き出したグレースが、上目遣いでそう言った。


「おじいちゃんは言い過ぎだろ!」

「自分で行ったんじゃん?」

「自分で言うのと他人に言われるのはまた別なの!」

「繊細だな」ヘンリクが呆れたように笑った。

「うるせー。ところで……」


 二人の笑顔を見た満足した俺は話題を変えた。


「うん?」

「俺の他に、復生体でレーミアのことを知っている奴はいるか?」


 大事な質問だった。

 この質問の答え如何によっては、重大な出来事へと繋がってしまうだろう。


「もちろんいるぜ。お前を治療するために運ぶときも、あの子を収容するときも、復生体に手伝ってもらったからな」


 その言葉を聞いて俺は下唇を噛んだ。


「すぐに復生体の人数を確認してくれ。頼む」

「どうして?」

「さっき、二人に自分のことを話していて思い出したんだ。俺が世界を支配しかけたイカれ野郎だって事実をさ」


 それは、刺激のない人生の中で忘れていたことだった。

 復生体(おれ)が、あの子の容姿を見て行動に移さないわけがない。

 様子見をする個体もいるだろうが、確実に何かしらの行動を起こすはずだ。


「復生体なら、あの娘を一目見たら」ヘンリクが呟く。

「ああ」

 俺は半ば確信して頷いた。

 

 人数を調べる必要はなかった。車両が一台消えていたから。



 雪原の中、軍用車を走らせる。タイヤが雪を巻き上げるせいで、屋根のない車内は悲惨だ。

 あの子を見たとき、長らく靄がかかったような頭が、痛みとともに冴えた。

 同一人物かと一瞬思ったほどだ。それほどまでによく似ていた。


 けれども、あの娘はもういない。千年経ったのだ。しかし、それでもあの子の尊厳が消えたわけではない。レーミアは生き、そして死んだ。それはあの子だけのもので、誰かが手を加えて穢していいものではない。たまたま似ているだけ、忘れようなんて思えるはずもなかった。


 なんとしてでもジェロンに行って真実を聞き出す必要がある。

 俺の予想通りなら……。

 雪で車体が滑らないよう慎重にブレーキを踏んで車を止めた。


「車の前に立つなよ。死にたいの?」

「ぼくは本当に運がいい……」


 返答が質問にあっていない。おかしなやつだ。

 そのおかしな野郎は、この寒さの中、驚くほどに薄着だった。そもそも上半身が裸だ。奇妙に長い髪は、暗くて色まではわからない。

 その長い髪をかき上げる仕草がやけに鼻につく。


「長話はジジイの特権だぞ? 長生きした人間の有り難い言葉を聞くか?」

「お年寄りには、若者の長話を聞く寛大さも欲しいな」

「まぁいい。聞いてやるよ。お前が持っている情報が、俺が欲しいものの可能性もあるからな」

「ありがとう、初めて相まみえる宿敵よ」


 男は笑みを浮かべ、一呼吸の後、続きを話し始めた。


「その前に一つ言っておく。ぼくは君をいつでも殺せる。そういう能力を持っている」

「能力? 神能か」

「そうだ。あの国が僕たちを創った。君を捕らえるためにね。そこでだ、いくつか聞きたいことがある」

「なんだ? 質問する若者は嫌いじゃないぞ」

「あなたの肉体年齢は僕と同年代に見えるが。まぁいい。一つめの質問だ——「その前に。乗れよ。ドライブしながら話そうぜ」

「は?」


 男は呆気に取られたようで、口を少しだけ開いた。


「長くなりそうだ。立ち話もなんだろ? あ、運転技術の方は期待すんなよ。何しろ歳を取ってから初めて乗ったからな」


 笑うと、男の口からもかすかに乾いた音が聞こえた。


「面白い男だ。嫌いじゃない」


 男は飄々とした様子で助手席へと乗り込んだ。助手席側が一瞬、思いの外大きく傾く。

 素直に従ったのを見ると、神能の発動には影響しないらしい。

 まぁどうでもいいことだ。


「よし」


 アクセルを踏んだ。寒空の下、ヘッドライトが映すのは一面の銀世界。屋根もない車だが、その分星空が見える。ちと寒いが、悪くない。

 俺は景気よく吹かし気味に車を発進させた。


「それで? 聞きたいことって?」

「ああ。あなたは何故神能者を殺して回ったのだ?」

「なんだ。知りたいのはそんなことか。その理由っていうのは、本で読めば出てくると思うぞ」


 男は苦笑した。どこか自嘲めいた苦笑だった。


「聴きたいのはそういうものではないのだ。後世のものが語り継ぎ、世代ごとの解釈を重ねて、手垢をつけたおとぎ話ではない。ぼくが知りたいのは、純然たる生きた歴史の話だよ」


 生きた歴史ね。頭の中で、男が言ったその一言を呟いてみたが、いまいち実感が湧かなかった。


「神能。人には過ぎた力だったというのが世界の常識だ。しかしだ、彼らにも命があった、それだけを理由に殺された、というのは些か疑問が残る」

「なるほど。ちなみに教科書ではどんなふうに習った?」

「あくまでぼくらの国々ではだが……神能者の行いがそうではない者たちの害となり、それをあなた方が阻止したと」

「間違いではないよ。結果だけ見ればね。でも殺して回った根本的な理由はそれじゃない」

「というと?」

「奴らは、神能を持っておかしくなった訳ではないんだ。最初から常識とかけ離れた精神性を持った奴らの一部が神能を手にしている。ずば抜けて優しかったり、冷酷だったり、臆病だったりな。心が先なのさ。だから力を手にしたとき、自分なら世界を変えられると思い上がる」

「……臆病であってもか?」

「そうだ。臆病さというのは自己防衛の速さを意味する。神能を持った人間が自己防衛をしたら、わかるだろう?」

「なるほどな」


 男は低く唸った。納得したようだ。


「俺が殺した奴らは、もし仮に神能がなくても同じようなことをしただろう。それが神能の力でより過激になっただけだ」

「心が先と言ったな。それはぼくもか?」

「さあな。お前が言っている能力が、俺が神能だと思っているものかはわからない。でも、もし同じものなら、お前の中にもあるんだろう。他を圧倒する激情が」

「そうか」


 横目で見る。男は夜空を見上げていた。


「最後に一つ。金属を操る神能者は、あなたの覇道を止める程に強かったのか?」

「そんなことまで気になるのか?」

「そうだな。千年前の出来事だ。その間に膨大な解釈が入ってしまう。真実を知るのはルーンディア王国の初代国王と、それに敗れ隷民となったあなただけ。そして、世界が変わる転換期となった出来事だ。誰でも興味はある」

「勉強熱心だな」


 呟いて、考える。思い出すのは千年前の記憶だ。

 男は言葉を続ける。


「金属を操る神能〈巨神の石〉は、国を運営する能力としては有益だ。剣も銃も、田畑を耕す農具すらも、今となっては戦車や軍艦などの兵器すらも金属製だからな。だがしかし、個の強さとして他の神能よりも強力だったかは疑問だ。それこそ自然現象を操るといった神能の方が強力であったのではないか。金属を操る程度の神能で、あなたたちを下し、隷民にまで落としたという記述はおかしい。僕はこう考えるわけだ」

「……本当に勉強熱心だな」


 ドライブ中でよかった。俺は他人の長話が苦手だ。


「力に目覚めたことで、より深く物事を考えるようになっただけだ。神能については特にな」

「答えを言うと、強かったよ。そこらへんは結果を見ればわかることだ。神能っていうのはあくまで手段だ。それこそ当人の発想力や器用さで同じものでもできることに差が出てくる」

「やはりそうか。今では神能者の数は千年前よりもさらに希少だ。わからないことは多い。有意義だな」

「そりゃどうも」

「最後の問いだ」


 まだあるのかよー。


「そんな顔をしないでくれ。長らく自由が効かなくてね。人との会話に飢えているのだよ」

「ああ、なるほどね。その気持ちはわかるぞ」


 笑う男に俺も笑みを返す。


「だろうな。千年も隷民として労働を担ってきたのであれば、当然だ」

「まあな。それで最後の質問ってのは?」

「リベル・ダ・ヴェント、あなたは何を成したかったのだ?」


 その言葉を投げかけられて、俺は自然とブレーキを踏んでいた。考え込む必要があると思ったからだ。先程までの質問とは違う。

 俺はこれに真剣に答える義務がある。


「先程、神能者を殺した理由について問うたが、今回は質問の仕方を変えてみた。数多の命を奪う必要があるほどに成したかったこととは何だったのだ?」


 目を向けたとき、男は真剣な瞳で俺を見ていた。

 先人として、俺はこの瞳をしっかりと見つめ返し、言葉を紡がなければならない。


「何を成したかったのか……目指したのか……そうだな」


 考えるふりをした。それを言語化できる月日はとうに流れている。意味のない間だ。本当に、意味のない時間だった。


「神能を持っていようがいまいが、全ての人間が目指すべき天の御国。それを、この世界に実現させたかった。天国にたどり着きたかった。つまるところ、絵空事だと思えるほどのいい国が作りたかったんだ」

「天の御国……存外信心深いのだな」

「神様はいるさ。俺に幸福が舞い降りたこともあったように、神能に目覚める者もいるようにな。けれど全てを神様に頼ることはない。それを理由に人を傷つけるのも言語道断だ」


 男は少しだけ笑った。それもすぐに寂しげなものに変わる。


「……そうか。それは、天国は見つかったのか?」

「……近いものは」


 言ってみてかすかに頬が緩んだ。

 千年経って、未だたどり着けていないもの。


「なあ」

「なんだ?」

「ジェロン連邦は、どういう国なんだ?」


 知りたかった。今戦っている国がどういう存在であるのか。

連続投稿4話目になります!

是非次も読んでください!



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