第21話 ウィリアム
その後、しばらくしてウィリアムが目を覚ました。
俺とウィリアムは、今の状況と今後の方針について話し合った。
なによりも優先すべきはレーミアだ。
ランティノヴァの忘れ形見。
彼女と彼女の夫の代わりに育て上げる必要があった。
それからはあっという間だった。
いくつかの村を転々とした後、三人で、ある村に住むことにした。
俺たちは使徒としての仕事を再開した。ウィリアムは祈祷と、主にレーミアの面倒を見た。俺は仕事で遠くにいることが多かった。
忙しなく、お互いの寂しさを埋めるような日常が続いた。
思い出はいくつもある。
その全てはレーミアが中心だったと言っても過言ではない。
三人とも、大切なものを失った、その中でもレーミアの心の傷は深かった。
レーミアは毎夜、ベッドの上で泣いていた。
出先で聞いた吟遊詩人の話の中から、レーミアが好きそうな話を見繕って、夜に聞かせるのが日課になった。自作の話もあった。どれがそれとは言ってはいないが。
時が経って、俺とウィリアムは歳を取り、レーミアは成長した。
俺の黒髪に白髪が生え始めた頃、大切な人だと、レーミアが青年を連れてきた。やさしそうな奴だった。なんとなく気に入らなくて追い返してしまい、レーミアに文句を言われた。
トントン拍子で話が進み、式はウィリアムが執り行うことになった。
二人の誓いを一番近くで見守るウィリアムを少し妬んだ。
そんな時だ。
ああ、今でも鮮明に思い出せる。
あの娘が言ったのだ。
お姫様抱っこで一緒に登場して欲しいって。それで青年に大事に渡すのだ。大事に育ててきた娘だから、大事にしろという意味を込めて。
素晴らしい演出だと思った。本人はなんとなく素敵だから提案したのかもしれないが、俺はそこに勝手な解釈を付け加えた。
金の蓄えはたくさんあったから、俺もウィリアムも喜んで金を出した。
レーミア側の親類は俺とウィリアムとレーミアの友人の数人だけ。それでも、大切な娘の肩身が狭くならないように、出先で知り合いになった吟遊詩人を招待した。催し物もばっちりだ。
式で泣いたのかって?
そんなことはどうでもいいことだ。
レーミアが家を出て言って、家が少し広くなった気がした。
あの娘の部屋はできる限りそのまましておいた。
寂しいと感じていることに気づいたのは、割と早い段階からだったな。
ここからなんだ。
ここから、俺は歴史に名を深く刻むことになる。
レーミアが家を離れてから、しばらくしたある日。
俺は、ウィリアムに頭を下げていた。
使徒の仕事の傍ら、俺は、ヴェント村の悲劇に関する調査を行っていた。長い月日の中消えることのなかった想いがある。
すべてを奪われた憎しみだ。
身を焦がすほどの激情が、決して色褪せることなく俺の中で滾り続けていた。
その時、ウィリアムに何を願ったのか、俺はよく覚えていない。
ただ、頼む、頼むと、うわ言のように言っていた気がする。
ただ必死で。
手に入れた日常を彼から奪うことへの後ろめたさはあった。
それでも、子育ては終わった。レーミアは成長した。あの娘と結婚した青年はいい奴だ。最初は気に入らなかったが今では認めている。
幸せにしてくれるはずだ。
だからこそ、今度は俺だ。あの日の悲劇に終止符を打つ。
そのためにはウィリアムの力が必要だった。
みっともなかったと思う。いい歳をした大の男が、昔のことで今更。
下げた頭の上から聞こえたウィリアムの声が掠れていた気がした。
ウィリアムは一言「わかった」と頷いた。
一年経ったら、ここに来てくれ。
一年後、そう言われた場所へと俺は向かった。
野を超え、山を超え、谷を渡り、森の中。そこには遺跡があった。古い遺跡だ。
なぜ、こんなところを?
疑問と疲労が同時に俺の頭を支配していた。
強大な遺跡の中央部。そこにウィリアムはいた。
干からびていた。片腕で祈るような姿勢のまま。
後から知った。即身仏というらしい。
飢えに耐えながら祈り続け、最後は死んでしまう。残るのはミイラのようになった自らの体と、この世に残した祈りだけ。
祈り。
ウィリアムは、祈ることで神能を操る。
そんな特別な人間が、死と引き換えに祈ったことは何か。きっと、俺風情ではわからない。
違う。俺はこんなことを望んだ訳では無い。最後に残った親友に俺はこんなことを願った訳ではない。
俺はウィリアムに縋りついた。
違う違うと、それだけをうわ言のように言い続けて。
ウィリアムが俺に残してくれたのは、遺体に触れることで記憶を保存し、死んでも復生する、という能力だった。
この力で俺は世に仇なすと断じた神能者たちを殺して回ったのだ。
あの時の俺は、きっと魔王のようなものだった。
連続投稿3話目になります!
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