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第19話 告白

 遠くで動物の鳴き声がするのを少しばかり耳を済まして聞く。

 俺は約束通りメルサの住居へと足を運んでいた。

 教会にいる子供たちにお土産話を少しして、ウィリアムの勧めで水浴びをして向かった。


 木張りの扉をノックすると、中から出てきたのは無論メルサだった。

 赤い髪を後ろで結っており、いつもより表情がよく見えた。

 服装もなんかワンピースというのか、都の方で流行っている服装だ。行商人から購入したのだろうか。とても似合っていた。

 この雰囲気は、どうなんだ?

 出されたぶどう酒と燻製肉をちびちびと口に含みながら、そう頭の中で呟いた。


「どうしたのよ?」


 メルサが俺を見た。薄い唇がすこしだけ赤い。彼女は化粧をしているようだ。


「どうって……」


 どうなんだ? 自分でもよくわからない。


「えっと……いつから?」


 それでも、自然と訊いていた。口が無意識に動いたのだ。


「いつって……ああ、そういうことね」

「うん」

「三年前だったかな、わたしが攫われたときがあったでしょ?」

「ああ、あれか」

「あのとき、この村からすごく遠くで心細かったときに、助けてくれた」

「それだけ?」

「そうよ。悪い?」

「いや悪くはないけどさ」


 杯を煽って誤魔化す。言葉を間違えた。少々居心地が悪い。

 あの時のことはよく覚えている。


 仕事で遠征に行っていたメルサが消息を絶ったのだ。たしか、臨時の協力者に裏切られたのだったか。そのあたりの事情はよく覚えていない。

 ウィリアムが調べてくれたおかげで、メルサの居場所が盗賊団の拠点ということが判明し、何頭もの馬と剣を使い潰して、ほぼ休みなしで二週間の道のりだった。


 間に合ったが、あとちょっとでも遅れればメルサは奴隷になっていただろう。


 そうすれば、きっと誰もが受け入れられない結末になっていたはずだ。


 数百人規模の盗賊団の拠点に乗り込み、目についたやつは皆殺しにして、盗賊たちが持っていた槍で串刺しの案山子を作って置いて帰った。


 ヴェント村に手を出したらどうなるか知らしめるためにできるだけ多く作ったのだが、効力はあったようで、この村に悪さをする盗賊はもういない。

 できるだけ早く向かうために一人で行ったのだが、それをメルサは好意的に解釈してくれているらしい。


「あの時、かっこいいなって。ほら、昔のリベルを知ってるからさ、だからかな」

「けっこう悪いことしたよ? 命乞いだって無視したし」

「いいのよ。盗賊なんだから」


 その言葉には苦笑で返す他なかった。盗賊じゃない人もいたのだ。協力者だから仲間とみなして殺したが。


 そこまでするつもりはなかったが、身ぐるみを剥がされて口から血を流し、鎖で繋がれたメルサを見て考えが変わってしまった。


「そこからリベルをよく見るようになって、リベルの良いところがさらに好きになったのよ」


 メルサの顔は赤かった。酔っているのもあるのだろう。

「……そっか、ありがとう」

「それで? どうなのよ? わたしのこと」

「どうって? 好きだよ」


 その場しのぎの言葉だ。この場に適していないことはわかる。

 案の定、メルサは口元を尖らせて睨んできたから。


「違うわよ。そういうのじゃないの」


 メルサは大きな声を出さなかった。いつもならこういうときの彼女は厳しい。酒が回っているのだろうか。

 ここまでのもの向けられて、俺は戸惑っている。

 メルサから突然。まだ自分の中でこの出来事を消化しきれていない。しかし、ウィリアムたちは違ったようだ。きっとずっと前からメルサの気持ちに気づいていたのだろう。もしかしたら相談を受けたりしたのかもしれない。ランティノヴァは旦那さんも娘もいるし、適任だろう。 


 知らなかったのは俺だけということだ。なんとも間抜けな話だ。

 だから、思い返してみる。

 メルサとのこれまでを。

 そういえば、言葉の練習に一緒にままごとをしたな。村に一つしかない本の内容だった。どこそこの英雄譚だったか。神話だったかもしれない。今では、俺たちの稼ぎのおかげで本も増えたが、昔は違った。ウィリアムはどうやって勉強していたのだろうか。


 そういえば、一緒に料理を作ったことがあったな。都の方で流行ってるらしい料理だった。シチューだ。たしか、最初の一回は失敗した。あとからレシピが手に入って皆で作った。


 そうだ、任務中、深夜に見張りの当番を一緒にやったことが何回もあるな。見張りの緊張感はほどんどなくて、星空を眺めて二人で過ごした。焚き火でお湯を沸かして、何を飲んだんだっけ。たしか、行商人から購入したお茶だ。発酵させていて香り高く、とても美味しかった。


 その時の話の内容はどんなものだったか、ちゃんと覚えてはいない。

 それでも、居心地のいい時間だった。

 今はどうだろう。

 俺はメルサの顔を見ながらそんなことを考える。メルサは何も言わない俺を見つめている。それだけじゃない。待っているのは俺でもわかる。


 メルサが望む答えを言うことは、きっと、こんな時間が増えるということだ。

 あのときの見張りの時間のように、二人だけの穏やかな時間が流れるということだ。

 情欲的な夜ももちろんあるだろうが、長い日々、割合として多いのはこういう時間だろう。

 俺は考える、自分がそれについてどう思うか。


 ふと、視界の中のメルサが微笑んだ。いつもの快活とした笑みではない。

 いつもの彼女がしない、慈しみを感じる微笑みだった。

 その微笑みに、俺の意識は一瞬吸い寄せられた。

 また見たい。

 綺麗だと思った。


 顔の作りが良いのは知っている。任務中、数多くの男に言い寄られている。実際、メルサは美人だ。ぱっちりの切れ長の目、小さい鼻、薄い唇。そして特徴的な赤い髪と瞳。

 それを今、心の底から綺麗だと感じた。


「……好きだな」そう、口がひとりでに呟いていた。

「え?」


 メルサが驚いた顔をした。俺も内心驚いていた。


「えっ……」


 メルサはそれだけを繰り返して、目の端に涙を溜めた。


「考えてみたんだけど、俺はメルサのことが好きなんだと思う、それでこれからもっと好きに

なれると思うんだ」

「うん……」


 メルサの声は震えていた。

 それほど長い期間、俺は待たせてしまったのだろう。


「だから、これから一緒にいたいな」


 一緒に。

 仲間として、という意味ではもちろんなかった。別の存在として、メルサと日々を過ごしたい。


「うん、うん。……わかった」


 メルサは満面の笑みで涙を流していた。

 その顔が、姿が、俺はとても愛おしく感じた。


「よろしく、お願いします」


 そう言ってメルサがこちらに頭を下げた。

 以外だったからちょっと笑ってしまった。


「何、笑ってんのよ」


 下から突き上げるような睨みを聞かせられた。


「いやなんにも」


 大げさに両手を顔の前で振って、適当なことを言って誤魔化す。


「そう」


 メルサは頷き、一度言葉を切った。悩むように、口をもごもごとした後、引き結ぶ。

 その赤い瞳には、少しだけ迫力が混じっていた。しかし、そのほとんどは決意だろう。


「それで? どうするの?」

「どうするって?」

「それは、さ……好き同士でしょ? 夜にすることよ」


 決意を秘めた瞳が、自身のないものにしゅんと変わる。

 ああ、そういうことか。

 そう言われて戸惑いを隠せたのを褒めてほしい。

 いくら俺でも、この場で戸惑いを相手に見せることが論外であることはわかる。


「わかった。しよっか」

「え? いや、いいの?」


 メルサは呆気に取られてような表情を見せた。口が半開きだ。


「いいのって、こっちのセリフだよ。想いを伝えあってすぐなんて、メルサはいいの?」

「え!……いいわよ。当たり前じゃない!」


 彼女の頬が髪と同じ色になった。

 俺は、どうだろうか。

 平静を装えていると思いたい。もし赤くなっていても、ランプの灯りのせいだ。


「そうだ。言っておくことがあったわ」

「なに?」


 やさしくしてとかだろうか。

 こっちには、好きな人を雑に扱うことなんてできないけどな。


「攫われたとき、わたし、何もされてないから……だから、その、初めてよ」

 吹き出すのを堪える。

「ぶはっ! ははははっ!」


 無理でした。


「な、何よ! 勘違いしてると思ったのよ。手を出されそうになったときに舌を噛んで死ぬって、盗賊たちを逆に脅してやったわ!」

「心強すぎない?」


 あの状況で。


「そう? ていうか、自分から言うのも変だから、訊かれるのを待ってたら三年も経っちゃったじゃないのよ」

「いや、聞けないよ」


 裸で鎖に繋がれている幼馴染を見て、状況がわからないほどじゃない。

 でも、そうか。口から血が出ていたのはその時のものか。


「聞きなさいよ。そのせいで今言う事になったじゃないのよ。ムードが……」

「別に雰囲気壊れてないと思うけどな」

「そうかしら?」


 メルサは自信なさそうに俯いた。

 俺は優しくメルサの頬に触れた。熱い。俺も体温は高い方だと思うが、メルサはそれよりも熱かった。

 何も言わず、メルサに顔をあげるように促す。

 目が合う。


 赤い瞳は潤んでいて、俺の顔を映している。

 俺は何も言わなかった。何も言わずに、視線を彼女の口元へと移動させる。

 メルサの口がほんの少し開いた。


「うん。いいよ」


 メルサが可愛らしい声でそう言った。聞いたことがないくらい色っぽい声で。

 迷いはもう消えていて、俺の中で欲が出てきた。

 これではもう、大切にしたいとは口が裂けても言えない。

 俺は彼女の唇に自分の唇を重ねた。

次回の更新は8/8の午後22時5分頃を予定しています!

と言いましたが更新しました!


今夜も連続投稿するので、各々のタイミングで読んでいただけますと幸いです!


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