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第17話 鉄壁のフォルニス・月下のランティノヴァ

 夕焼けが夜を引き連れてくる。家屋から拝借した松明を一本腰に括り付けそれに備える。

 夫婦を連れてメルサたちの元に戻ると、フォルニスが亜竜の尾を掴んでぶん投げていた。

 俺はすかさず地面に叩きつけられた亜竜の喉に切っ先を突き入れ抉った。関節が外れた嫌な感触で生命活動が終わったことを認める。

 老夫婦と幼い子どもを背中にしたランティノヴァに駆け寄る。


「フォルニス張り切ってるね」

「そうだね。それに比べて私は……」

「気にすることないのに」


 ランティヴァは満月の夜に狼のような姿になる特異体質を持っている。外見的には耳と尻尾が生えるのだ。ヴェント村ではその姿が可愛いと評判だったが、ランティノヴァはその姿に長らく不満を持っていたようだった。

 彼女はいわゆる亜人と言われる存在だ。


 とても希少な存在で、俺は彼女以外出会ったことがない。

 人間とは基本、肉体的には弱い生き物だ。鍛えたとしても大型の他の生物には歯が立たない。

 亜竜に飛びかかるフォルニスを横目に見る。そう、基本的には。


 しかし、亜人は違う。人間の知性に肉食獣を超える身体能力を有しているのだ。ランティノヴァも、満月の夜なら亜竜を殴り殺せるほど強くなる。

 使徒の仕事をしている中で、夜の戦闘はもっぱら彼女の役割だった。


「子育て大変でしょ?」


 ランティノヴァは結婚していた。亜人としての姿に不満を持っていた彼女は、仕事中その姿に一目惚れした男性と恋に落ちた。彼女が自らの体質が少し好きになったと口にしたとき、メルサは泣いて喜んでいたっけ。

 ランティノヴァは旦那さんとヴェント村で一緒に暮らしている。子供が出来てからは使徒としての仕事はほとんどしていない。


 非常時でも、仲間の心情は確認しておきたい。育児中なら尚更だった。

 俺は仲間に甘い。それに、使徒の仕事は今回で終わりではない。ほんの少しの仲間の動きの機微が、その時その瞬間の生死を分けることもある。少しの会話でそれを把握できるのであれば安いものだ。

 ランティノヴァの精神は落ち着いている。ウィリアムほどでないが、俺もひとの心情を推し量ることは可能だった。


「少し歩けるようになったし、言葉も話し始めたの」

「それはいいね」


 笑っているランティノヴァを見ると、こっちまで心が暖かくなった。

 昔なじみが結婚して子供を育てているのには時の流れを感じさせる。


「あ、もう一体来たな」


 遠くから飛びかかるように走ってくる亜竜を見つける。今まで、フォルニスの戦いの邪魔をしてしまうことがないように下がっていた。何より武器の消耗を抑えることは大切である。しかし、もう一体来たなら話は別だ。

 剣を軽く振り、慣性による重みを利用して掴み直す。

 飛びかかってきた亜竜の頭を体勢を思いっきり低くして避けると、その真下から真上へ飛び上がりながら切り上げた。亜竜の頭だけが俺の後方へと飛んでいき、地面へと鈍い音と共に転がった。


「流石」そう言ってランティノヴァが拍手をしてくれた。嬉しいが場違いである。

「すみません。他に助けが必要な方の居場所はわかりますか?」


 それでしたら、と夫婦の話を聞いてその場所へと向かう。その場所には三人分の足が落ちていた。女性と男性と、多分の女の子のものだ。間に合わなかったのだ。

 感覚に任せて村を走り回り、目についた亜竜を殺していく。

 随分と暗くなった。まだ少しだけ太陽が稜線に掛かっているが、それも後十数分。

 完璧に暗くなる前にフォルニスたちの所に戻るべきか。メルサも毒矢を何本か用意できているはずだ。踵を返して仲間たちの元へと戻る。その頃には辺りは真っ暗になり、闇が支配する時間帯へと世界は切り替わっていた。


「毒は余ってる?」

「ええ」


 松明をフォルニスへと手渡し、空いた手で小瓶を受け取る。蓋が開けられたまま渡された小瓶には緑色の液体が少しだけ入っていた。それを剣の刀身へと垂らして刀身全体へと傾けながら行き渡らせる。これで、致命傷を与えることができなくても亜竜はいずれ死ぬ。そうでなくても動けなくはなるはずだ。

 本来、俺は武器に毒を盛ったりはしない。持てる箇所に制限がかかるからだ。特に剣は場合によっては刀身を持つこともある。気を付ければ問題ないが、咄嗟に毒のある箇所を持ってしまうことを恐れてというのもあった。


 しかしこの暗闇だ。松明一本の光が届く範囲以外は何も見えない。仕損じて後ろの仲間と村人に危害が及ぶことがあるのなら、受け入れられる懸念点だった。

 そして、暗闇の中で亜竜に対抗するにはもう一つやっておきたいことがあった。


「すみません。家に火を付けてもいいですか? できるだけ大きな灯りが必要なんです」


 俺がこう訊くと、村人たちは一様に考え込む仕草をした。暗い中で全員の顔が見れるわけではなかったが、動揺しているのが、各々が踏んだ砂利の音だったり、飲む息の音だったりでわかった。やがて、(しゃが)れ声が答えた。


「お願いします。それでこの場の者たちを救ってくださるというのなら……」

「ありがとうございます。辛い決断をさせてしまい申し訳ありません」


 一軒の家に火を付ける。木でできた家はやがて大きな炎となり、辺りを煌々と照らす。先程までとは違う、力強い光が闇と戦っていた。少々煙が気になるが、問題にはならない。

 唸るような遠吠え。群れの主のものだろう。

 自分たちの味方であるはずの闇を脅かす一つの灯火。そのイレギュラーは慎重な主にして看過できるものではなかったようだ。

 この種の亜竜の主は、異常なまでに警戒心が高い。自身の驚異となり得る存在を前では極力遠吠えで群れに指示を出すことはない。居場所を教えることになるからだ。


 しかし、群れの主は遠吠えをした。多少居場所を知らせても、夜が味方をするとでも思っているらしい。もしものことがあったとしても、自分だけは闇に乗じて逃げ切れると思っている。

 本当に間抜けなことだ。

 そんなこと許されるはずがないのに。

 亜竜が人を食うのは生きるため、そこに悪意は無いのだろう。だからこそ、それを(ゆる)さない人間にも悪意はない。


「群れの主が鳴いた、メルサ!」

「わかってる!」


 メルサが駆け出すのを見送る。これからは耐久勝負だ。メルサが群れの主を仕留めるまで、ここで村人たちを死守しなければならない。敵である暗闇も、家一軒分の燃料からなる火柱で周囲は明るい。これで視界の条件は同じ。だが、物量は桁違いだろう。質量とその数では圧倒的な開きがある。それに任せて突っ込まれれば、フォルニスと俺だけでは守り切ることはできない。


「ノヴァ、月の石は持ってる?」

「わかった。時間をちょうだい」


 俺が頷くと、ランティノヴァは胸元から白く輝く輝石を取り出した。首から下げ、衣服の中にしまってあったものだ。

 月の石とは、古来より、ランティノヴァのような亜人たちが用いていた道具である。本来であれば、月が出ている夜の間でしかその真価を発揮できない亜人は、普通の人間と比べて安定性に欠ける。

 特に、知識に富んだ相手では分が悪い。月が出ていないときを狙って攻撃を仕掛ければよいだけだからだ。

 だから亜人たちは、長い年月をかけて、己の欠点を克服する道具を生み出した。ラ

 ンティノヴァの持つ月の石もそれにあたる。

 月の満ち欠けの間、月光に晒し続け波長を吸収し、亜人の血によってそれを開放する。輝石が放つ輝きを見続けることで亜人は他を凌駕する力を発揮する。


 だが月の石のような道具にも欠点はある。姿を変えるまでに時間がかかるのだ。その間、決して月の石から視線を逸してはいけない。月の石を使うときは己や仲間に危険が迫ったときだ。そんな状況下で、輝石から視線を外さないでいることは難しい。


 ノヴァの場合であれば、およそ十分。

 その時間、俺とフォルニスだけでランティノヴァと村人を守る必要がある。

 正直、その間ランティノヴァの援護が期待できないのは痛い。亜人としての真価を発揮しなくても、訓練と経験を積んだ彼女は十分な戦力だ。

 そのデメリット以上に、彼女の亜人としての能力が絶大なのだ。

 識者は言う。人間が武器に毒を用いるのよりも先に、亜人が月の石を生み出していたら、人類は生存競争に負けていた、と。

 それほどまでに、亜人と普通の人間とでは純粋な力に差が出る。

 亜人の中にはドラゴンに姿を変えることができる者もいるとか。


「グルルルゥゥゥ!」


 亜竜の鳴き声が遠くの暗闇に響き渡る。四方から、燃え上がる家を囲むように広がる亜竜の獰猛な鳴き声には流石に肝が冷える。ちらりと、ゆらめく火の光で鱗と巨大な輪郭が見えた。

 俺とフォルニスは亜竜を何体も殺した。群れの主としてもいたずらに群れを削られるのは避けたいはずだ。それにも関わらず兵隊を寄越すのは、この村にそれだけの価値を持っているということなのか。もしくは、大量に確保した食料を奪われないための本能か。


 まさか、人間が遺体を放置しないことを知っている? 

 死者を弔う人間の文化を、亜竜が理解しているのか。ここを明け渡してしまえば、せっかく得た食料を持っていかれてしまうとわかっている?

 そんなはずはないとは言い切れない。ウィリアムは言っていた。何時いかなるときでも人間の知恵が勝っているとは思わない方がいいと。肉食獣の中には、自らの足跡を踏みつつ後ろに下がり、狩人の追跡を振り切るものもいる。そうして、後ろを取られた狩人がどうなったか、想像は難くない。


 押し寄せてくる。亜竜の群れが。

 炎で照らされた範囲外から、突如として出現してくる亜竜の数々に俺たちは翻弄されていた。

 前に俺。斜め後ろにフォルニスの陣形で村人たちを守るが、それもいつまで持つか。

 一応、拾ってきた替えの武器はいくつかあるが、心もとない数でしかなかった。

 長い時間が経ったと、体感的には断言できるのに、ランティノヴァの獣化が終わっていない。

 十分経っていないことに内心驚く。


「フォルニス!」


 仕損じた一体が、俺の脇を抜けてフォルニスへと疾走していく。

 それに反応したフォルニスは隙を突かれ、対していた亜竜から丸太のように太い尾の一撃を受けてしまった。見上げるような巨体が吹き飛び、民家の壁へと激突する。地面が僅かに揺れた。


「大丈夫か!」

「大丈夫!」フォルニスはすぐさま起き上がり、果敢に亜竜へと向かっていった。


 フォルニス・ダ・ヴェントは、恐ろしいほど頑丈な男だ。

 昔、ヴェント村の近くの森で一緒に遊んでいた時、調子に乗って、とても高い木に登った事があった。フォルニスと二人、どちらが早く登るか競争していた記憶がある。木登り自体は無事に終わり、帰ろうとした時、大きな肉食獣に出会ってしまった。

 力を持った今であれば、取るに足らないクマが一頭。

 しかし、子供の頃は絶対に勝てないと感じる畏怖の対象だった。

 フォルニスが熊の前足を側頭部に喰らったことは覚えている。次の瞬間には俺も意識を失っていた。

 フォルニスは無傷だった。正確には、薄皮が剥がれたような跡が残っていただけだった。

 その時は信じてもらえなかった。直後に意識を失ったこともあり、軽く掠めた程度で見間違いだろうと村人たちは言っていた。


 使徒となった現在、俺の見たものを否定する村人は存在しない。

 先程の亜竜の一撃は、普通の人間なら怪我では済まない。確実に即死する。あの衝撃は、どれほど頑丈な鎧を装着していても関係ない。内蔵は潰れ、骨が砕ける。生きているだけで奇跡で、立ち上がることなど、人体を作った神は想定していないだろう。

 だがフォルニスは立ち上がる。

 ウィリアムが言うには、フォルニスは特別な体質ではないらしい。神話やおとぎ話、亜人のような特別なものではない。ただ、厄災から人を守る頑強な肉体が事実存在しているだけだ。

 いつの日か、フォルニスは鉄壁と呼ばれるようになった。

 優して頑丈な彼に似合った呼び名だった。


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