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第16話 最上の価値

 何体かの亜竜を仕留めて一息ついた後、鎧が擦れる音が聞こえた。横を見ると大男がこちらに走って来たところだった。


「フォルニス遅いよー」


 フォルニスが足を止めて兜を上げた。

 兜の下にあったのは困り眉を引っ付けた青年の顔だった。フォルニスはその巨体に似合わないあどけない顔をしている。


 頭三つ分は高いその顔を見上げると、彼が自分と同じ背丈だったときのことを懐かしく思う。

 フォルニスは傍らの亜竜たちの亡骸に視線を向け、ちょっぴり顔を顰めた。


「また随分と派手にやったね。二人とも遅くなってごめん」


 いつも思うのだが、なぜこうもフォルニスは声が爽やかなのだろう。

 盗賊たちが震え上がるような体躯をしていても、彼は昔と変わらずとても優しい。謙虚で他人を思いやることのできる真っ直ぐな心根を持っていると、友人の俺でも声高に証明できる。いや、友人だからこそかもしれない。


「メルサが毒矢を作るまで守ってやっていて。俺は村を回って亜竜から村の生き残りを助けてくるから」


 フォルニスは少しの間黙り、そして爽やかな笑みを浮かべた


「わかったよ。気をつけて」


 一緒にやってきたランティノヴァの影にいる老人ふたりに目をやる。

 流石。メルサと同じように、今まで誰かを守っていたようだ。


「すみません。他に居場所がわかる人はいますか?」

「ありがとう。娘夫婦が心配なんだ……」


 男性の方が震える手付きである方向を指差した。

 俺は敢えて生き残りの居場所については訊かなかった。誰が無事で誰か死んだかなんて、この村の人達がこの状況で知りようがないからだ。

 男性が指差した方向を見つめて俺は頷いた。もう少し場所について情報が欲しいが、気が動転している様子の老人に質問を重ねずとも、情報としては十分だ。


「わかりました。様子を見てきます」

「これは……あなたが?」


 踵を返したところで、老婆の方に唖然とした声を投げられ振り向く。老婆の瞳に、横たわる亜竜たちの骸と俺の顔が交互に映っていた。

 瞳から向けられるものの意味を俺は即座に理解した。

 しかし、それには既に慣れている。だから、強く、不安を吹き飛ばせるような口調で言った。


「はい。だから……任せてください!」


 返事を待たずに俺は走り出した。時間が惜しい。すぐにでも駆けつけて助けなくてはならない命がある。

 俺には幸運にもそれを救える力がある。

 助けたい人を助けられるのはとても幸福なことだ。力を持っていることよりも、それを発揮できることこそが幸福なのだ。行使することのできない力など無意味だ。無論、悪事を働いて言い訳ではないが。

 大切な皆のことを考えると、不思議と力が湧いてくる。自分のことながら馬鹿げた体質だと思う。でも実際にそれが物理的に発揮されるのだから仕方がない。


「どこかで剣でも拾わないと……」


 亜竜の赤い血に塗れ、刃こぼれが酷くなった剣に目をやる。

 借りた物だから、邪魔だからとその辺に捨てるわけにはいかない。

 どこかで剣か槍の換えを拾わなくては。

 武器が無くては、俺は戦えない。

 自分よりも頑丈な物を振るえることは、人間の生物として優秀な特性だ。俺も素手で亜竜を相手にしたら流石にてこずるか、運が悪ければ死ぬ。普通の人間より力が強くても、耐久性が飛び抜けていいわけじゃない。このまま剣を酷使して思わない所で砕けでもしたら、亜竜の突進の不意打ちを喰らってあの世行きだ。

 物事には例外が存在するが。


「あった!」


 道端に土埃と血に塗れた剣を見つけた。鞘に収められてはいない。

 同時に、傍らの死体も、いや、その腕だけを。胴体含めた他の部位は周囲には見当たらない。亜竜たちに貪られたのだ。きっと剣を食べないように握っていた腕は避けたのだろう。


 取り残された右手には小手が嵌められており、抜身の剣から見ても戦闘の痕跡があった。

 兵士だ。傭兵か駐在していた衛兵かはわからないが、きっと彼は立派に戦った。亜竜を殺すには数がいる。そんなことも知らない兵士はいない。けれどこの人は独りで立ち向かった。背中を向けているところを襲われたわけではないことを、亜竜の粘度のある血液が付着した剣が伝えてきている。

 勇敢な最後だったに違いない。


 この仕事をしていると、もう顔を見ることもできない人物に尊敬の念を抱くのは初めてではない。しかし、そこには確かな充実感と、言葉にできない哀しみがあった。


「この剣の役目は俺が引き継ぎます」


 祈り、握っていた剣を腰の鞘に納める。落ちていた兵士の剣を丁寧に握ると、一度奮って土埃と血を落とした。

 老人が指差した方向に進むと、家屋の一軒から物音が聞こえてきた。

 遠くに、家屋の扉を破壊して体をねじ込もうとしている亜竜が見える。

 大きな亜竜だ。どう考えても入れないのに、獲物を目の前にすると本当に愚かだ。

 しかし、ゆっくりと背後を狙う時間もない。亜竜の力ならば、木枠ごと破壊して中へと入れる。速度を上げ、そのままの速度で首を落とす。


 死んだ亜竜の肩に一太刀の傷があるのが目に入った。

 破壊された扉を放って中へと入ると、そこには若い男女が放心状態でしゃがみ込んでいた。男の方が僅かに前にいて、後ろの女性を庇っていた。

 この人達が老婦人が言っていた娘夫婦だろうか。


「お怪我は?」


 簡潔に訊くと、男の方が口元を震わせながら答えた。


「大丈夫……です。あの……彼は?」

「彼とは?」


 男は震えた声で言葉を重ねる。掠れて微かな声だ。


「……俺と妻を守ってくれた衛兵です。彼以外の衛兵は皆逃げたようですが、彼は残って僕たちを守ってくれました。ここに隠れていろと……」


 先程の。


「わかりません。しかし、これはきっとその人のものだと思います」


 握った剣を差し出す。

 男はそれを見て僅かに目を細めた後、口元を引き結ぶ。


「それにきっと、俺が間に合ったのは彼のおかげです」

「どういう意味でしょう?」

「いえ……」


 亜竜の肩に剣の切り傷があった。本来なら木枠ごと扉を壊せる亜竜が、なぜ不自然な動きをしていたのか。それは、傷に障るのを嫌ったのだろう。

 兵士の一太刀が無ければ、俺は間に合ってはいなかったのだ。

 自分よりも強いものに立ち向かうことができる人間が、この世界にどれほどいるだろう。逃げろと、警鐘を轟かせる本能を理性で黙らせて、他人の盾になれる正義の心は、この世界の最上の価値だ。


「行きましょう。俺の仲間がいるところに」

「ありがとう。彼にも伝えたかった……」


 背中から聞こえる嗚咽に、俺は振り向かなかった。

 どうしてか、その姿を目に捉えることに引け目を感じたのだ。

 男と兵士は、良好な関係を築いていたのかもしれない。その涙を見ること資格は俺には無い。

 だからしばらく立ち止まって空を見上げた。時間はない。けれど、あと少し、男に涙を流す時間を与えたかった。


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