第15話 強さの秘密
「リベル!」
昔、ウィリアムの気まぐれで出会った幼馴染の青年。出会った当初はこんなふうに柔らかい笑みを浮かべるなんて想像できなかった。
「怪我はない? 君も大丈夫かな?」
「大丈夫。ふたりとも大した怪我はない」
そう言うと、リベルは安心したようにため息を吐いた。
「ノヴァとフォルニスは?」
「わからない」
「あの二人なら大丈夫だとは思うけど……とりあえず俺が来たからには安心だよ」
リベルが男に子に下手くそな笑みを浮かべる。
何故だかそれがとても嬉しくて、わたしは無性に何かを言いたくなった。
「調子のんな! ってか前!」
突然の仲間の死に混乱していた亜竜の一体が、正気を取り戻したかのように突進してきた。目で追えるが、避けられる速度と距離ではない。それにこの屋内。先程までであれば詰みだ。
そう。先程までであれば。
凄まじい速度で剣を振るう背中を見て、メルサはリベルについて自然と考えていた。
言葉も知らなかった見窄らしい奴隷の男の子は、強くて勇敢でユーモアのある青年へとなった。かつての彼を知っているヴェント村の住人からすれば、驚くべき変わりようだ。たまにそのことで彼をいじることが村人の一つの娯楽でもあった。
言葉を話せなかった彼は、他人によく冗談を言うようになった。
およそ優しさというものを与えられなかったはずなのに、他人に優しくできる人間に成長した。そんな彼の他を圧倒する長所は、およそ神に愛されたかのごとき強さにあった。
大勢の傭兵が徒党を組んでやっと殺せる亜竜を、彼は一人で易易と討伐する。
体格は平均的で、見上げるような大男のフォルニスのように見てわかる強さはない。
しかし、さも当然かのように亜竜たちをその強さで蹂躙している。
四肢を断ち、止めに首を落とすその様は人間技ではなかった。四肢も首も、硬い鱗で覆われ、その下には筋肉と頑丈な骨がある。剣で両断できる柔らかさではない。そして、切ったら亜竜の体液や脂で切れ味が落ちるし、刃こぼれもする。
「この剣もだめだな……」
だから、リベルはいつも剣や槍を駄目にする。修理不可能なほど壊してしまったり、修理するのに時間がかかるので新しい物を買った方が早かったりして、その度に小言を言うのがメルサの役割だった。
リベルの強さの根幹は、長く一緒にいてもわからないことだらけだ。
随分前に訊いたとき、彼は「みんなを大好きだからだよ」なんて、こっちが頭を抱えたくなるほどの恥ずかしいセリフを言っていた。気持ちの大きさで物理的な強さが変われば誰も苦労しない。と、思わずツッコミを入れるくらいには動揺したものだ。
しかし、仲間たちの中で一番頭が良いウィリアムに言わせれば、あながち間違いでもないらしい。歴史や伝承を辿れば、感情の大きな高ぶりで力が向上したり、稀に何かしらの能力を発現したりするケースが見られるそうだ。そもそも、満月になると狼人間になる特異体質をもつ、ランティノヴァのような事例を知っている。
神様がいることを信じているメルサたちからしてみれば、そこまで突拍子もない仮説ではないが、それを認めてしまうと気恥ずかしい。
目の前のこの男は、どれだけわたしたちのことを好きなのか。
気恥ずかしさの中に嬉しさもある。
そして胸のもっと奥の方に、毎夜、胸を疼かせる感情があることも、メルサは自覚していた。
きっと、リベルの好意は友人と村の住人全員に差が無い、フラットなものだ。
だから、全員に平等に優しい。
わたしにわたしだけに、少しでいいから他の人とは違う、強い想いを向けて欲しい、特別な感情を向けて欲しいと、何度心の中で願ったのか覚えていない。
いつからか、リベルのことをわたしは愛してしまった。
伝えられない。伝えられても困るだろう。リベルは呑気な様子で、でも真剣に聴いてくれると思う。しかし、その先が想像できない。
彼はなんて言うのだろう。その答えにわたしは喜びと悲しみのどちらの感情で涙を流すのだろう。
そんなことを考えると胸が傷んだ。
いつか伝える。その時がきたら、彼はさらに強くなってくれるだろうか。
「メルサ、これ」
亜竜を殺しきったリベルが放ってきたのは、小さな袋二つ。
「何?」やけに軽い。感触からして、入っているのは鷲掴みしたくらいの量の葉っぱのようだ。
「それで毒矢を作れる。途中で採ってきた。気をつけて、亜竜に効くやつだから人間だと触れただけでも危ないよ」
「なるほど……つまり、これで群れのボスを狙撃しろってことね」
「そういうこと。それと、もう一つはニオイ消しね」
だが、懸念点がある。メルサは、遠くの稜線を睨みつけた。オレンジ色の太陽を尾根が半分ほど隠していた。
あと少しで日が暮れてしまう。メルサは鍛えているが故に夜目が効く。そしてそれ故に、己の視力の限界を完璧に知っていた。今夜は月も出ない。もう少しでこの地は暗闇に包まれる。
メルサたちは暗闇に翻弄されるが、亜竜たちは違う。人間だと真っ暗だと感じる夜でもはっきりと獲物の姿を捉えることができるのだ。いくらリベルとフォルニスが強くても、夜は亜竜たちのフィールドだ。圧倒的な数の差が、そのまま私たちを守る二人を苦しめる。
そもそもわたしに群れのボスを見つけることはできるだろうか。
そこまで考えて、気づけばメルサは頷いていた。
「わかった。時間がない。フォルニスたちと合流する」
懐から笛を取り出し吹く。涼し気な音色が村全体に行き渡る
無論、これは仲間たちだけでなく亜竜にも聞こえてしまう。先程までの自分しかいない状況であれば使えなかった手段だ。
「亜竜たちが来る。フォルニスが来るまでお願い」
「よし。わかった!」
男の子の手を握る。先ほどよりも強張りが解けていた。
よかった。いくらか安心できたようだ。
リベルが剣についた亜竜の体液を振い落すのと、数件先の家の影から亜竜が顔を出すのは同時だった。
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