第10話 捕虜の少女
捕虜収容棟へと来た。
自然とその入口で俺たちの足が止まったことも、先程までしていた雑談が止まったことも、きっとこの建物が醸し出す異様な雰囲気にあてられてだろう。
見た目は、ただのコンクリートの建物だ。
扉に血痕が付着していたり、中から悲鳴が聞こえるといったことはない。
本当についてないよな。大丈夫か。
悲鳴は……聞こえない、大丈夫だ。
扉の前にいた兵士に軽い挨拶をしたヘンリクが扉を押して開く。俺たちは捕虜収容所へと足を踏み入れた。
中は薄暗かった。月明かりで照らされた外よりもだ。その暗さが不安を言いようもなく掻き立ててくる。
薄暗い廊下。その突き当りの右手には階段。廊下には等間隔に部屋があり、そのいくつかには鍵がかかっているようだ。
二階へと上り、廊下を歩いていると、前を歩くヘンリクがある部屋の前で止まった。
「ここだ」
ヘンリクはノックをせずに扉を無造作に開けた。
その勢いのまま俺とグレースも中へと入る。
部屋の中には窓がなかった。背の高い男でも届かないほど上に格子状のものがあるが、あれを窓と呼ぶには文化的な価値観が足りないだろう。
部屋の隅には衝立で目隠しされたトイレがあった。
そしてその反対側にベッド。件の人物はそこに座っていた。背中をコンクリートの壁に預けて、毛布に包まって、足を抱えるように座っている。毛布で隠れた足から鎖が伸びてり、ベッドの下を流れ、部屋の中心部の杭に繋がれている。
部屋の中だけは自由に行動できるようにする拘束具だ。
膝に顔を埋めているせいで、その顔立ちは見えない。
寝ているのか。
それなら出直すべきだろうか。
そう思っていた矢先、少女はふと何かに気付いたかのように顔を上げた。
怯えている。この暗さでそれがこちらに伝わってきた。少女の引きつるような吐息。
俺は子供のこの反応に弱いのだ。
もちろん、復生体全てがそうではないだろう。千年以上という長い年月は、オリジナルの記憶を枝葉のように別れさせ、その記憶ゆえに、俺たちにそれぞれの感性を与えた。
だから。
「大丈夫だよ。何もしない」
できるだけ優しく声をかけた。
ふと蘇るのは、十年前の記憶。炭鉱の中、今の少女のように蹲り、怯えていた女の子。
振り返ると、記憶の中の少女は成長していた。心配そうに腕を控えめに腕を組んでいる。
俺の肉体年齢は変わらず、十年という時間だけが過ぎた。
死因はわからないが、きっと俺はあの炭鉱での出来事の後死んでいるのだ。
記憶の霞を振り払い、俺は少女へと向き直る。
「わかった……」
「うん。聞きたいことがあるんだ」
その言葉が聞けて安心した。
聞きたいこと。自分で言ったもののまとめきれていない。
ジェロンには君のような子供の兵士がたくさんいるの? とかだろうか。いやまて、気遣う意味でも体調について聞いておくのがベストか。ここは冷える。復生体の宿舎に比べればましだが、毛布に包まっていることからも寒いのだろう。
彼女は敵意を持って俺に攻撃を仕掛けてきたが、それについて責める気はなかった。
それよりも同情の方が大きい。
昔から、子供の兵士というのはどこにでもいた。多くのメリットがあるからだ。子供だから懐柔しやすいとか、敵の油断を誘い易いとか、様々な理由だ。
しかし、俺が記憶しているなかで、自分から進んでその道を歩いていた者はほとんどいない。
自分から、という意味は、健全にという意味だ。つまり、お金がない等の切迫な理由ではなく、健全に、自らの意思のみで戦いの道へと進んでいるという意味だ。
一部、そんな子供たちがいたが、あえて言わせてもらおう。
狂っている。
本来であれば、戦いと子供は対極的な存在だ。
助けてあげたいと思った。
「あそこで、雪の中で何をしていたの?」
余計なことを頭の隅で考えているうちに形作った言葉を、少女へと投げかけた。
少女はこちらを見ている。暗いせいで顔立ちは未だ判然としないが、瞳がしっかりと俺を見ているのだけはわかった。
少女は毛布の端を握りしめている。
少女は己の立場がわからないわけではないだろう。自分が攻撃して、そしてそれに失敗して捕まっているこの状況。不安なはずだ。あれやこれやと良くない想像をして、もしくはそれ以上の悪いことがあるのではないかと恐怖に駆られている。
今、この少女は恐怖に立ち向かっているのだ。
「あなた、たちのうちの一人を、気絶させろって」
少女の中でどんな葛藤があったのかはわからない。だが少女は、そう、拙い言葉で話し始めた。
どうやって? 教えてほしいな」
「電気で、ビリビリさせる」
「電気か、どうやって出すの?」
「でも、焦って、間違えちゃって、その」
少女はそこで言葉を止めた。
俺は頷きながら聞いた。会話のテンポなどどうでもいい。少女のペースでいいのだ。
「動かなくなっちゃった」
その言葉に、俺は微かに息を飲んだ。
持っていた兵器の出力を誤って殺してしまったということだろう。
「最後の一人は、めいっぱいビリビリ、させちゃった」
「最後の……?」
「お前のことだ」
後ろで俺と少女の話を聞いていたヘンリクが付け足した。
そういえばミクシアも言っていたな。人間が死んで当たり前の電力だったと。俺はこの通り、気絶しただけでなんともないが。
「それで、どうやってビリビリさせたのかな?」
「それは……」
少女はちらりと俺の後方に目を向けた。正確には、ヘンリクに。
「おれが話す……結論を言うと、そのガキは何も持っていなかった」
俺はその言葉に静かに頷いた。
見立ては、ジェロンがほぼ無傷で無力化するための新兵器を作り出したと、というものだった。しかし、無駄が多い。電気を使う兵器は、この寒冷地ではバッテリーの消耗が激しく。最悪機能しない。
「察したか?」ヘンリクの苦笑が、やけに印象的だ。
「神能者か」
「だろうな」
それなら、この拘束に対して意味はないかもしれない。
「大丈夫なのか?」
「安心しろ。そのガキは捕虜になってからなにもしていない。自分の状況がわかる利口なガキだ」
「そうか……」
神能は、時に一騎当千の力を人に与える。危険は多い、今殺してしまった方が後々のためになるだろう。
それでも子供であれば話は別だ。
もしこの少女が大人で、自分でこの道へと進んだ兵士であれば、俺はこの場で殺していた。
子供相手にそれはしたくなかった。
「そうだ、名前を聞いてもいいかな?」
そういえばと名前を聞いた。
別に大した意味はない。間を持たせるといった意図が大きい。
別にこの場で聞かなくても、後でヘンリクに聞けば済むことだしな。
「レーミア」
「え」
俺はその言葉に絶句した。
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