月とあなたを捕まえたい
最後まで読んでいただければ嬉しいです。
ただ淡々と月を眺めていた。
寂しいと言う言葉を言う勇気なんて私にはないことにとっくに気づいていた。
ただ遠くに触れられないものがあった。
私は7人家族だった。
お母さんとお父さん、おじいちゃんそして歳の離れたおねいちゃん。2人のお兄ちゃんがいた。
父は単身赴任で日本に帰ってくる日は片手で数えられるほどだった。
家族仲は比較的仲がいい方だと思う
親ガチャも兄弟運も100点を叩き出していたことをよく心の中でガッツポーズしていた。
私の誕生日にはよく兄弟旅行に行っていた。
長崎に連れてってもらって海上アスレチックしたり、和歌山でパンダ見たり、名古屋で味噌煮込みうどん食べたりした。
記憶力がそこまで言い方ではないがしっかり覚えている。
こういう思い出があったことが兄弟運がよかったなっとふと思う要因である。
そして私は俗にいうシスコンブラコンと言われるやつな気もしてる。
お兄ちゃんたちにベタベタしたいという気持ちは微塵もないただただ好きだった。
一番近いお兄ちゃんでも5個、おねいちゃんとは10個離れていた。
だから私目線でみる3人はとてつもなく大きく背中が見えないほど先にいた。
一番近い憧れの人であり、尊敬に値していた。
兄弟喧嘩や家族喧嘩を私はしたことがない。
どんなに頑張っても兄弟で喧嘩する人たちの話についていけないのである。
そんな話をクラスメイトにすると大体「いいなー」とか「羨ましい」とか何も考えずに脊髄で会話しているのがよくわかる回答が返ってくる。
私からすると喧嘩できる人が羨ましくて羨ましくて仕方ないというのに
兄弟の悪口を軽く言える関係が羨ましくて羨ましくて仕方ないというのに
兄弟の悪口を言うなんて火山が何億回噴火しても言うことがないと思っている
私にとって兄弟を筆頭に家族というものは世界で一番尊重する人であり幸せに暮らしてもらわなければならない人なのである。
私が特別優しいとかそんなことではないただ家族だから分かり合えることもなく兄弟だから距離が近くなるということもないのである。
家族というものは一番近い雲の上の存在なのだと心底思うのである。
だが心底好きで仕方ない。
なんていうのだろうか今でいう推しという言葉にも近いのかも知れない
もともと気を遣う性格で尋常ではないほど心配性の性格であったと自負している。
この性格のせいかおかげか人生はもうすでに狂いまくっている。
私には家族は誰も覚えていないだろうが私の脳には焼きついた記憶がある。
そうだな。あの日は夏が終わり秋服なんて着る間もなく冬用の上着をきた日だった。
「今日は外食しよっか。」
そんな母の言葉が私の耳を通った。
おねいちゃんとお兄ちゃん2人そしてお母さん、5人で居酒屋に行った。
おじいちゃんは留守番していたのだろう。そこまでは覚えていない。
やってきたのだ。私が一番気を遣い一番頭をフル回転させる時間が
「何飲むー?」
メニュー表を私に見せてくれるお兄ちゃんに
「コーラで」
とメニュー表をほぼ確認せず答えメニュー表を即座に回転させる。
コーラという大体80%はあるものを注文する。
「何食べたい?」
優しく聞いてくれるおねいちゃんに
「だし巻き卵」
と再放送かと思うようなやり取りをする。
そこからの会話は覚えていないでも慣れた手つきで無難な返事をしていた。
「お待たせしました。こちら焼き鳥5種盛りでございます」
アルバイトの大学生が持ってきてくれた。
この人にも家族と人生があるんだなーっとあまり膨らまないことを考える。
「ずり、かわ、もも、はつ、つくね、せせりだって1人一本ね」
そうおねいちゃんが言った。相変わらず世話焼きの人である。
「どれがいい?」
おい一番最初に聞かないでくれそう思いながらここは正直に
「ずりかなー」
そう答える
「俺もずり食べたいなー。じゃんけんする?」
お兄ちゃんがそう言った時にふと考えた。
いつもならすかさずでもつくねがいいかもとか言って第一候補を私は食べたことがないじゃないか
ここは少しわがままになってみるのもありなのかも知れない。
一生成長の機会がなくなってしまうのではないか。
私は必死に口を開いた。
「ずりは四つ刺さってるんだから半分こしよ。最初に2個食べちゃうね」
そんな言葉を発したのち私がずりを手に取った瞬間に衝撃的な言葉が入ってきた。
「なんでお兄ちゃんも食べたいって言ってるでしょ」
え、嘘だろ
私の言葉はしっかり届くことがなかったようだった。
「別にいいよ。食べな。もう一個頼めばいいしね」
あーあーほらないつもと違うことするからだよ。
挑戦なんてしなくていいんだいつも通り自分の意見なんてものは主張する必要はないんだ。
そう心に刻みながら「ごめん」そう小さく少し不満そうに言う。
私に反論する勇気も強く言う勇気もあるはずないのだ。
お母さんが、おねいちゃんがそしてお兄ちゃんが絶対なのだから。
揺るぎない事実なのだから。
この関係にこの思いに不思議に思ったことはない。
当たり前すぎたみたいだ。
お兄ちゃんが家を出て行った。
8個も離れているんだ一人暮らしするに決まっている。
私が気を遣う負担が数十%減った。
そして数%の寂しさ襲ってきた。
あの日は夏だったけな
こちらも外食に行った時の出来事だった。
この日はお母さんとおねいちゃんと3人でご飯に行った。
3人でご飯に行くことはそこそこあった。
2人とも面倒見がいい性格であった。
「うちの兄弟だったら上2人は鬱になりやすいよね。気使うというか暗くなりやすいというか
下2人はポジティブで凹まそうだもんな」
そうおねいちゃんがなんの悪気もなく言った
「たしかにそうだね。でもこの子はまだ若いからわかんないけどね」
お母さんも共感したようだった。その上私の目を見ながら付け足した
「でもさこの子絶対鬱とかにならないよ」
「わかる、なんも考えずに生きていけそう」
そんな会話を淡々と受け流す
ほらなやっぱり何もわかっていないんだな
だから家族だから分かり合えると言うことは一切ないんだ
もうこの16年の人生で抉られるほど実感した思いじゃないか。
でもいいんだ私が家族を兄弟を嫌いになる瞬間なんて一瞬たりとも訪れない
どこかで信用も期待もしていないからなのかも知れない。
私は小学校の頃からソフトボールをしていた。
お兄ちゃんが2人ともしていたからという完全な成り行きの理由である
男子が多かったから私の話し相手はお母様たちだった。
私が気遣いの性格になる一つの要因として大人と関わる機会が圧倒的に多かったこともあげられる。
OBとなってお母様たちにおねいちゃんと会いに行った
少し遠くから皆様の会話を盗み聞いていた。
この技術も小4くらいには身についていた。
「彼氏はいるの?」
私がおねいちゃんに絶対聞けない質問である。失礼だと感じてしまうから
「いますよー」
まあそうだよな私の10個上のおねいちゃんだ私の倍以上の恋愛経験があるだろう
「そうなの!結婚とかは?」
「考えてますよー」
私にはきっとできない結婚と言う行為
でもまあ某結婚情報誌でも
「結婚しなくても幸せになれるこの時代に私はあなたと結婚したいのです」
と言う素晴らしく頭のいいコピーライターさんが考えたであろうキャッチコピーを掲げているが
私は結婚しなくても幸せになれると再確認察せてくれた言葉である。
そんな出来事があって何ヶ月経ったかは覚えてないが
おねいちゃんが結婚するという人生の中だと大きい方に分類されるようなニュースが入ってきた
結婚して実家を出ていくらしい
私だけ兄弟でだいぶ歳が離れているからまだ思春期なのに別れが早かった
もう1人のお兄ちゃんは学校とバイトが一気に忙しくなり家にいることなんてほとんどなかった
会えると少し嬉しくなった
賑やかな食卓は帰ってこないのである
時々大いに寂しくなる
いたら気を遣うがいなかったら寂しくてたまらないのだ
ただ淡々と月を見ていた。
私の兄弟像は月と似ていた。
いつかフラット消えてしまいそうな儚さと
絶対に届かないが近くにあるところが似ていた
だから見ていたいのかも知れない
兄弟に恵まれていると思っている
優しくて誕生日プレゼントもちゃんとくれて旅行に連れてってくれて
誰にもあげるつもりなんてないのである
でも多分私のお兄ちゃんにもおねいちゃんにも向いていなかったと思う
もっともっとできいい妹がよかっただろうに
私の家族は兄弟運が悪いのかも知れない
ただただ私はあなたたちをずっと気を遣い続けてあげるんだ
家族とは兄弟とはなんなんだろうか
喧嘩する兄弟が理想の兄弟なのだろうか
私の兄弟は正統派ではないのだろうか
正解なんて出ることは一生ないのである
ただただ何も不満なんてない
気を遣うことは私にとって人生の大きな核でありもう何も感じることなどないのである
本当に遠い人すぎる。
私は必死に追いかける
きっと触れることもできないだろうに
そう月に向かって話し続けた
私はだいぶ寂しいと感じていたのかも知れない
ただ月は優しく微笑んだ
おねいちゃんとお兄ちゃんの優しさが静かに重なった。
やっぱり背中は遠かった。
どこかで共感していただければ嬉しいです。