8. ユミル編 ⑦ 初めての劇兼デート(?)
「う、わあ……」
馬車から降りたユミルは入り口から入ってすぐのエントランスホールで圧巻にとられる。外観は石造りに彩色豊かに飾られていたが、その内部もまた豪華。石は石でも高価な大理石が敷き詰められた床にアンティークの品が所狭しと飾られている。中でも天井に吊るされた巨大シャンデリアが圧巻の一言に尽き、そのシャンデリアによって照らされた内部がより一層美しさを引き立たせているかのように映る。
「す、ごい……」
「流石王都どころか国一番の劇場と言われるだけのことはあるだろ?」
キョロキョロと思わず見回すユミルに笑って説明するレイクリウス。事実その通りだが完全に御上りさんである。
「わ、あー……」
辺りを見ていると劇の原作の小説やパンフレット、その他グッズを販売している売店を見つけ覗くユミル。
(あ、グッズとかパンフレットや原作小説の値段は普通だ。これなら私にも手が届くな。物価は王都だから格別高いって訳じゃないんだ)
やはりさっきの服屋は特段高かったのかと納得し、ほっと安堵する。仕事にもよるがこれなら王都で生活していけそうと算段する。
「っと。そろそろ開幕の時間だ。席に行こう」
「あ、はい。分かりました」
レイクリウスが先にチケットを持ったまま歩いて行き、その後をユミルが付いて行く。巨大な開けっぱなしの防音扉をくぐる二人。
「………………」
その後ろ姿を、フードを目深に着込んだ人物が凝視しているのを二人は気付いてはいなかった。
◇ ◇ ◇
劇が始まると共に照明が落ち、同時に舞台が照らされる。
(ふむふむなるほど。恋人だった二人が戦争で引き離されるのね……)
ただでさえ人気の舞台、その中でもかなり良い席を用意してもらったユミルはじっと劇に見入ってしまう。
内容はある恋人が幸せに暮らしており、そろそろ結婚かという時期になって戦争が勃発。男は徴兵され戦争に向かい、女は男との約束した馬車の停留所近くの公園でじっとその帰りを待つ。
しかし男は戦争の最中崖から落ちて川に流されてしまう。そこで敵国の女性に拾われ、もう戦争にうんざりしていた二人は一緒に暮らすことに。
一方女の方も公園に毎日通う内に戦争で恋人を亡くした男性と知り合い、仲を深めていく。
戦争が終わったと知らされ、男は敵国の女の家を去って女の下へと向かう。馬車の中男は女と敵国の女との思い出を振り返る。馬車の停留所に着いて公園に
向かうとそこには変わらず待ち続けている女の姿。声をかけようとしたところに女と親しくなっていた新たな男性と談笑している所を目撃する。男は飲み物を買いに離れたところを狙い新たな男に声をかけ、話をして状況を察する。
男は新たな男に手紙を託し、停留所に行って敵国の女の下へと戻る。そして女は新たな男から手紙を渡されるとすぐに馬車の停留所に向かうも馬車はすでに出発した後。
女は新たな男に抱きしめられ、また男は敵国の女と再会してこちらも男が敵国の女を抱きしめて終わる……というもの。
「………………っ」
無言で劇を凝視するユミル。流石、王都で話題の劇だけはあり、役者の演技、小道具に照明に至るまで超一流というほかない出来栄えに圧巻される。
何よりもその内容。男と女、好いていたもの同士が戦争によって引き裂かれ、時が流れるに連れて互いに別の相手を見つけて惹かれ合っていく様。同時に結婚の約束をしていながら別の相手に惹かれることへの罪悪感。そして約束通り再会出来たものの、戦争前と後の相手との間で揺れる葛藤が、これでもかと演者の熱演によって描写されている。
(すごい……!)
あまり発展していない村で育ったユミルは劇等見たことは無い。あっても子供達や村人の有志による素人演技の出し物程度だ。
それと比較することすらおこがましい圧倒的な演技力と設備の差。それによって起こる、創作とは思えない内容のリアルな描写。
(アルバス………)
ぎゅっと手を無意識に握り締める。創作だと分かっている。この劇が催されているのもただの偶然でしかないと理解もしている。
だがしかし。この劇と自分とアルバスとを、どうしても比べてしまう自分がいる。
(戦争さえ、なければ……この劇の男女も私もアルバスも、くっ付いたままだったんだろうか?)
想像したところでどうにもならない無駄な『たられば』の話。しかし考えざるを得ない生々しさ。
(アルバス……)
「大丈夫か?」
「っレイクリウス、様……」
そっと手を握られ、はっと我に返るユミル。手を握り締めてくれた相手、レイクリウスと目が合う。
「大丈夫、です……」
ユミルはどうにか笑顔を作り笑いかける。
「……そうか」
それが作り笑いだと理解しているが、それしか返す言葉が見つからないレイクリウス。そこに万雷の拍手喝采が沸き起こる。
「っこれは……」
「カーテンコール。劇も終わりだな」
劇が終わり、最後に役者達が集まり別れの挨拶を行う。舞台の裏話などを面白おかしく話す役者達に知らず意識を持っていかれる二人。
◇ ◇ ◇
「………………」
そんな二人を、離れた所からじっと見つめる影。
影は劇の役者達の声を意にも介さずユミルとレイクリウス、二人の方に視線を向ける。
「………………」
ローブ姿の男は微動だにせず、しかし何かすることも言葉を発すること無く二人の方を淡々と向いて見つめるのだった。
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