ミイと「ガイスト」
〈死んでゐる人を起こして愛し合ふ 涙次〉
【ⅰ】
ミイの肉體改造(人工胃の取り付け「工事」)執刀医は、Dr.フォントケ・イルムと云ふ。女性だ。國籍は分からない。イルム師につこり、「手術は成功ですよ」。局麻だつたので、自分の開腹部分が見られたのだが、ミイにはその方面の度胸は、ない。
然し術後の經過は良好、傷口も目立たぬやう、イルム師は処置してくれた。多額の手術代金が掛かつたが、それもカンテラ一味の仕事料と一緒だな、と思へば何の事はない。
と云ふ譯で、割りかし早くに日本に帰つて來る事が出來た。本当は、英國の(英國はその分野では、「大國」なのである)同好の士と交流を圖りたかつたのだが、日本ではテオを始めとする、ショウのファンがわんさと待つてゐるのだ。躰に差し障りの出ぬ限り、早く職務に復帰しなくては!
【ⅱ】
とは云へ、まづはキャットフードである。それが為にわざわざ英國にまで渡つた、然も安保さんの秘技とも云へる「人工胃」、造つて貰つた恩義を忘れてはならない。
恐る恐る猫缶を開け、中身を食べてみた。美味しい! 更には、お腹が下る氣配すらない。成功だ!! わたしにはキャットフードで、苦勞すると云ふ事も、もうないのだ。やつた、ラッキーちやちやちや、う!!
思はずはしやいだミイだつたが、一つ問題があつた。「ガイスト」の存在である。英國からはるばる着いて來たのだ...「ガイスト」は女性の靈で、ミイに「おやおや、人間がキャットフードなんか食べるものではありませんよ」とか、口喧しい。だうやら喧し屋のをばさん、と云つたところなやうだ。
【ⅲ】
堪らずテオに相談した。「テオさん、わたしイギリスから靈を連れて來ちやつた」-「なぬ? どんな靈だい? 惡靈だつたら直ぐに祓はないと...」‐「それがね、本人にはまるで惡意はないみたいなのよ」...
さて、テオ、だう出る? これもカンテラ・じろさん頼りなのかな?
⁂ ⁂ ⁂ ⁂
〈だうもさあパンツのゴムが緩くてと神経質に笑ふ貴女よ 平手みき〉
【ⅳ】
テオは、その靈の「靈格」、即ちパースナリティを、國籍と共に(英國の靈だから、英國人のなれの果てゞあらう)、PCにインプットしてみた。PC答へて曰く、「無害な『ガイスト』なり、但し、適当に相槌を打たねば、凶惡化する」-凶惡化、と云つてもなあ。第一、ショウの最中には、ミイは「ガイスト」に相槌など打てる譯がない。そればかりか、その實在を全く無視しなければならない筈。
テオ、その解決法はやはり、カンテラに靈を斬つて貰ふ、若しくはじろさんに靈を討つて貰ふしかない、と心に記した。
【ⅴ】
(結局はカンテラ兄貴・じろさん頼りなんだもんなあ。たまには自分でいゝところ見せたいよ。)テオはミイに岡惚れしてゐる。だから今回こそは、僕一人で片付ける、と思つてゐたのに、殘念無念である。
だからと云つて、「ガイスト」の性質は變へられるものではない。ミイに一大事が起きる方が、よつぽど自分を惡感情に染めるだらう、と讀んで、で、結果としてカンテラ・じろさんに件の依頼。
【ⅵ】
斯く斯くしかじか。カンテラ・じろさん、納得はしてくれたが、特にじろさんなど、テオの氣持ちを知つてか知らずか、「それは自分でキメたいところだつたよなあ、テオどん」と、にやにやしてゐる。だつて、仕様がないぢやない。僕、ミイちやんを助けたいんだ。その為に、足手纏ひなるのはご免だ。
ま、ぐつと呑み込むのも男であります。
【ⅶ】
ショウの跳ねた後、「ガイスト」はPCの云つた通り、凶惡化した。今までの温和さが噓のやうに、荒れ狂ひ、その顔まるで惡鬼、ミイは怯えた。
じろさん、事も無げに、彼女(「ガイスト」)を掻き抱くと、その惡鬼面に口を寄せて、戀人のやうに、「これでだう?」‐「愛人のつもりか! 我を揶揄つたな!? 怒り倍増ぞ!!」‐「ぢや仕方ない、カンさんだうぞ」
で、「しええええええいつ!!」哀れ、と云ふか当然と云ふか、「ガイスト」のをばさん、剣の露と消えた。
【ⅷ】
爾後、「わたし、テオさんの『美學』知つてますから」と、ミイ、ぽつり-「え!?」-「ま、一緒に猫缶でも」これは脈あり、かな? テオ。
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〈六月を見てきたやうに語る哉 涙次〉
大丈夫、ミイちやんはちやんと見てゐるよ、テオ。で、一味への支払ひは、テオ・ミイ半々で仲良く濟ませた。そんな譯で、一卷の終はり、であります。それでは。