潰しのきかない、追放《勇者》!
――異世界召喚、されちゃったっぽい。
目が覚めたら、めっちゃ煌びやかな玉座の間のど真ん中だった。
周囲には王様っぽい人とか、お付きの騎士団とか、宰相って肩書きの似合いそうな老人まで並んでる。
それより何より、床に描かれた魔法陣が完全に“勇者召喚の儀”って感じで……いや、これアニメとかで見たやつだ。
「……名前を聞こう、異界の勇者よ!」
「えっ、あっ、はい! えーと、セイル=ミナズキです!」
その瞬間、ざわめきが走った。
「やはり……この名……神話に記されし“勇者”の名……!」
──は?
……いや、待って待って、セイル=ミナズキってそれ、俺の親が中二病でつけたやつなんですけど!?
卒業アルバムで浮きまくったし、学校でもいじられたし、まさかそれが世界を跨いでヒットするとは思わなかった。
俺、どんなスカウト制度で来たのこれ……。
◆
「それで……えっと、何をすればいいんでしょうか……?」
右も左もわからず、控えめに聞いた俺に、周囲は目を輝かせて言った。
「訓練だ! この世界に慣れ、スキルを把握し、戦える体を作るのだ!」
「まずは武器だな。聖剣はまだ見つかっておらぬが、それに準じる伝説の剣ならあるぞ!」
「勇者殿、こちらのお部屋へどうぞ!」
……あれよあれよという間に連れていかれ、訓練が始まった。
でも。
なんか、みんなの期待と、俺の現実が──だいぶ違う気がする。
「もっと声を出せ!仲間を鼓舞せよ!君は《勇者》だろう!」
「す、すみません……がんばります……!」
え、声出せって、俺、人前で発言すると胃が痛くなる系なんだけど!?
ていうか“みんなを引っ張る”ってそんなスキルあったっけ!?
俺の《勇者》スキル、確認したら、
《剣技C+》《魔術C+》《回復C+》《交渉C+》《指揮C+》《語学C+》《料理C+》──etc
なんか、いろいろ平均以上?にあるけど、どれもパッとしないんですけど!?
それから数日後。
「……つまり、セイル殿のスキル《勇者》というのは……」
「……あらゆる行動において初期からC+ランクの平均値(より少しだけ上)を叩き出す……」
「いわば、オールC……器用貧乏スキルと……」
「聖剣が見つからないと、真価は発揮されぬと……」
王族・軍部・神殿・学者チームが集まり、頭を抱える光景。
隅っこで小さくなってる俺。
──これが、“救世主”に求めてた姿なのか?
「せめて《剣士》なら戦闘特化で使いやすいのに……」
「《聖女》のほうが回復に長けているし……」
「いっそ《賢者》のほうが知識面で貢献できたのでは?」
うん……なんか……空気が……地味に、つらい……。
◆
訓練開始から、だいたい十日後。
「……これ、放っといたら魔獣の森どころか、街道ひとつ越えるのも難しいかもしれませんね」
「うむ……我が国としても、聖剣が見つかっていればもう少し話が違ったのだが……」
「そもそも《勇者》スキル自体が、あれ最終装備ありきの性能なのでは?」
──作戦会議という名の“ダメ出しミーティング”が、今まさに開催中である。
話されているのは、俺のこと。セイル=ミナズキ、17歳、スキル《勇者》。
……いや、これもうほぼ進路指導なんよ。
「我らが誇る精鋭騎士団の戦力と比べて、現状の《勇者》殿を最前線に出すメリットが乏しいのでは?」
「いっそ、国家戦力として運用するより、自由な身にして外で成長を待つという手も……」
え?今なんか、やんわり追放フラグ立ちませんでした?ねえ?
「……異世界からの召喚者に、このような仕打ちは……」
「いえ、これは“自由の授与”です。縛るよりも、広く学んでもらうべきだと──」
「つまり放逐……」
「いや、“自立支援”だ!」
そんなやりとりの末、俺は――
勇者として、国から “自由” をいただいた。
◆
「えっ、まじで?このお金、もらっていいんですか……?」
「異世界で暮らすための準備金だ。宿代や食費、簡単な装備品などに使いたまえ」
「けっこうな額……! 一年くらいは暮らせる……」
「我が国に召喚された責任として最低限の補償だ。だが、君の進む道はもう君次第だよ、セイル=ミナズキ」
こうして、俺の冒険(という名の放逐生活)が幕を開けた──
──これは、
勇者という肩書きを持ちながら、勇者として“不採用”になった男の話なのである。
◆
というわけで。
俺、今ギルドの受付前にいます。
「冒険者登録……お願いします」
震える声で言った瞬間、受付嬢の眉がぴくりと動いた。
あ、これ“駆け出しがよく来るけどどうせ三日でやめる”的な視線……!
「名前とスキル名をお願いします」
「セイル=ミナズキ、スキルは《勇者》です」
「……勇者?」
場の空気が、ざわついた。
「おい、今《勇者》って言わなかったか?」
「え、あの伝説の?ガチ?ガチ勇者?」
「なにしてんの、こんなところで……」
えっちょ、やだ……見ないで……!
そんな見るほどじゃないですから俺!!
「……あの、まだ駆け出しで。他に特に目立ったスキルはなくて。ソロでできる範囲から始めていこうかと……」
「ほ、本当に《勇者》……? 伝説の?神に選ばれし……?」
「いや、なんか……めっちゃ普通だな」
なぜか逆に空気がしん……となった。
あれ?これなんか地雷踏んだ? いや違う、《勇者》なのに“勇者感”が無いせいか!?
それでも、登録は無事に終わった。
そして数日後──
「……あの、どなたかパーティ組みませんか?」
勇気を振り絞って掲示板前で声をかけた。
……数日間のソロ活動で、すでに心は折れかけていた。
ぐるりと人が振り返る。
「スキルは?」
「えっと、《勇者》です……」
ザワ……ッ
「ご、ごめんなさい!戦力差が……ちょっと……」
「俺ら、まだDランクなんで!逆に迷惑かけそうで……」
「伝説の存在と同じパーティって、胃が……」
──気づけば俺の周囲から、誰もいなくなっていた。
なんで!? 能力値、実際そこそこなんですけど!?
むしろC+ばっかで地味だってば!
なんで“伝説級のオーラ”だけ盛られて解釈されてんの!?
こうして俺は、
引き続きのソロ活動を強いられることになったのだった。
◆
とはいえ、ソロでも簡単な依頼はこなせた。
荷物運び、猫探し、畑のモンスター掃除──
最初の頃は、俺でもできる仕事を選んで地道にこなしていた。
けど……なんか……こう……キツい。
戦闘は怖い。
町の人には名前だけで期待されてプレッシャー。
パーティも組めず、ぼっちで宿に帰る毎日。
夜、ベッドに転がって天井を見つめながら、思わず口をついた。
「……なんて潰しのきかないスキルなんだ、《勇者》って……くそ……」
この世界、想像以上に生きづらい。
──だがその後、偶然耳にした噂が、俺の運命を変える。
◆
ソロで活動するには限界があった。
依頼の内容も日銭稼ぎの繰り返しで、スキルが伸びる気配もない。
そんなある日、ギルドの酒場でふと聞こえた噂。
「マイナースキルばっか来る訓練所の話知ってるか?」
「え、あの変な場所? よくわかんない奴らが集まるってとこ?」
「怖い”おねえさん”教官がいるって話……」
「訓練受けたら性格まで変わって帰ってきたって話もあるしな……」
「それもう洗脳では!?」
……マイナースキル?
なんか、俺のこと呼ばれた気がする。めちゃくちゃ呼ばれてる気がする。
翌朝。
俺は半ば勢いで、”噂”の訓練所の門を叩いていた。
◆
場所は町外れ。
「訓練所」とは名ばかりで、見た目は石造りの武器屋みたいな建物。
扉を開けると、静かな空気と、整頓された室内。
奥にはデスクがひとつと──
そこにいた。
黒髪を後ろで束ね、立ったまま書類を読んでいる…女性?
視線をこちらに向けることなく、低い声で告げる。
「来所理由を」
「えっ、あ、はい!? えっと、ぼ、僕、《勇者》で、あの、何か訓練が受けられたらっていうか……!」
ようやく顔を上げた彼女──いや、教官──が、俺を真正面から見つめる。
目が、怖い。いや、鋭い。いや、なんか、全部見透かされてる感じ。
「勇者。平均値スキル。指示待ち。自己否定傾向。パーティ適応率、低」
「い、今の短時間で何!?ていうか分析、早っ!」
「動機があいまい。とりあえず訓練だけ受けに来たパターン。自分の意思で行動し始めるまで3週間コース」
こ、こええぇぇぇぇぇ!!
なんかすでに“診断”されてる!!俺、健康診断とかでもこんな圧かけられたことない!!
でも。
そのあと、彼女はこう言った。
「希望は?」
「……え?」
「何になりたい。どう生きたい。訓練内容はそこから組む。答えられないなら、訓練以前」
なんだろう。すっごい圧なんだけど──
“ちゃんと話を聞いてくれる人”って気がして、少しだけ胸が軽くなった。
「……強くなりたいです。ちゃんと、“自分で”強くなれる場所を探してました」
「了解。では、初回訓練。装備貸与。走れ」
「えっ、いきなり?」
「外周10周」
「そういう“いきなり”!? いや体力測定!? スキル関係ない!?」
でも──
この日から、なんとなく毎日が少しずつ、前よりも「自分のもの」になっていった気がする。
◆
訓練は、キツかった。
外周ラン、基礎剣術、魔力操作の初歩に、声出し訓練まで。
勇者ってそんなアイドルみたいな訓練あるんだっけ?と疑問に思いながらも、やってみればそれなりに楽しかった。
ヴィス教官は厳しい。でも、言葉のすべてに“見捨てない”って姿勢があった。
上手くできなくても、声を荒げることはない。
ただ静かに、「できるまでやれ」と、言うだけ。
俺は、できるようになりたくなった。
ある日の訓練後。
「セイル。適性評価、出た」
「えっ、何か診断されたんですか!?」
「初動反応速度。集中持続時間。対話スキル。生活管理能力──すべて、平均以上。ただし突出なし」
「う、うん……知ってた……」
「だが、訓練参加率と回復ペース、異常に高い。自己修復能力に秀でる。これ、長く見てる者の特性」
「……“長く見てる者”?」
「仲間を持った時、効く。戦場では一歩引いて、支えに回るタイプ。表に立つより、誰かの背中を守るほうが向いてる」
俺の胸に、ふっと火が灯った。
……それ、なんかちょっと、嬉しいかもしれない。
誰かの隣にいられるなら。
誰かの役に立てるなら。
この潰しのきかないスキル《勇者》も──使い道が、あるかもしれない。
「セイル。訓練、継続希望?」
「はい。……できれば、これからも、お願いします」
「了解。明日も外周」
「ま、またぁ!?」
◆
この世界は、俺にとってまだまだ難しい。
人の視線が怖い時もあるし、胸張って《勇者》って言える日なんて、遠い気もする。
それでも。
ここには、ちょっとだけなら頑張れる居場所がある。
俺の速度で、俺なりに歩いていいって思わせてくれる人がいる。
だから、そう。
潰しがきかないなら、自分で“活かし方”を見つければいい。
「……さて。俺のスキル、《勇者》はまだまだ底が浅いんでね。深掘り、していきましょうか」
──そして、セイル=ミナズキの“勇者としてじゃない人生”は、今ここから始まった。
(終)