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やあ諸君。
え?
諸君って誰か?
そんなの諸君だよ。これを見てる誰か。いいから口を挟まないでくれたまえ、サナ。ちょっとちゃちゃが入ったからテイク2だ。
やあ諸君。
ちょっと昔話を聞きたくないかい? ここに貴重な一枚の写真があるんだ。
衛星写真だね。
色が変だって?
そうなんだ。変なんだよ。何でか知っている君は大人だね。少なくとも十五年以上生きている証拠だ。知らない? それは君がそのとき生まれていなかったからかな? そうじゃない。この事実を世界がきちんと後世に伝えたくないからなんだ。教科書にも載っていないだろ。
日本が滅んだなんて。
日本を知らない?
そうか、知らない世代もいるね。国だよ。そういう名前の国。
大人は隠したんだ。伝えないようにしたんだ。歴史に載せたくなかったんだ。なんでかって?
後ろめたいからさ。
この写真の黒くなった日本はあのバグに飲まれていく最中なのさ。バグはみんな知ってるね。あの虫みたいな「敵」さ。女神が戦っているやつね。日本はあのバグに飲まれて三日間で滅んだ。壊滅したんだ。知らなかった?
じゃあ教えてあげよう。日本を。そしてどうやって滅んだのかを。
日本は十五年前の当時、人口一億三千万人くらいのかなり豊かな経済大国だったんだ。ソニーとかパナソニックとか、あと車だとトヨタとかホンダとか。それは知ってるだろ。みんなの家にもあるかもしれない。今上げたメーカーの製品はたぶんどの家庭にも浸透しているはずだよ。それは日本のメーカーなんだ。そんなに驚かないでくれたまえよ。
あと君たちはアニメとか漫画が大好きだろ?
その話はするな?
いいじゃないかちょっと位。黙っていてくれよサナ。
えっと、アニメと漫画。
絵と文字でストーリーが進んでいくあれ。アニメは絵が動くし声も聞こえる。全くすばらしい創作物だよ。僕はあれを最初に見たとき体に電流が走ったね。ビビッビってね。僕の好きなアニメ? それは言えないな。
言わなくていい?
だからサナ、黙ってて。
僕の好きなアニメは君たちに言っても分からないと思うし、分かっても皆怪訝な顔をするから言いたくないんだ。だからまあ、ドラゴンボールとか、スラムダンクとか、ワンピース、ナルト、その辺だと無難だろ?
銀玉、だなんて言っても知らないだろ? 何人かは怪訝な顔をしたね。
え? ○玉?
それは思っても言っちゃいけないんだ。
下ネタサイテー?
もうサナ、いいじゃないか。僕の好きでやってるんだから。
君たちの好きなアニメや漫画も実は日本が生みの親なんだ。中国や韓国じゃないんだよ。あれは二番煎じってやつ。二番煎じ? 分からなかったらググってくれたまえ諸君。これも日本のお茶が起源の言葉だからね。
つまり僕がここまでで言いたかったことは、日本って国はどうしようもなく素晴らしい国だったってことなんだよ。侍や忍者だって本当に日本にいたんだって言ったら驚くかい?
ここからが本題。どうして日本が滅んだのか。それはバグに飲まれたから、ってさっきも言ったか。じゃあどうやってバグが飲み込んでいったのか。ここから先は心臓の弱い方はご遠慮願いたいね。ちょっと、いや、かなりグロテスクな話になるからね。
…
それでも聞きたいという勇気ある諸君。話そうじゃないか。
ちょっとこれを見てくれ。僕の拙い粘土細工とジオラマですまないけれど。
まず一日目にバグは日本の主要都市に忽然と現れた。ほんとに忽然とね。東京、大阪、名古屋、広島、福岡、仙台、札幌。そういう大規模の都市が日本にはあったんだけど、そこに大型のバグ一体と小型から中型のバグがあわせて五体位づつ出現した。みんなびっくりしたんじゃないかな。あんな気持ち悪い大型昆虫がいきなり現れたんだからさ。僕だって未だに慣れないよ。
それから大型のバグはバグを生みまくった。一日でその数が数千匹になったんだから繁殖力は凄まじいんだ。今の女神たちは大型バグが子を生む前に倒しちゃうからね、数が増えることはそうそうなくなったんだけど。
知ってるかも知れないけど、バグは小型で一m弱。中型で三m強。大型で一〇から二〇m。トンボやムカデ、アリにクモ。そんな感じの形が多いけれど、厳密に言えばその全部をミックスしたような形だよね。見ていて鳥肌が立つのは僕だけじゃないはずだよ。そう願いたいね。あれが大好きだ、なんていうやつがいたらそれはとっくに人間じゃないよ。
それで、バグは増えまくった。でもね、数が問題じゃなかったんだよ、諸君。一番厄介だったのはバグの攻撃力さ。これはあまり知られていないんだけど、まあTVだと女神が盛大にバグを葬るシーンが殆どだからかな。バグは酸性の消化液を撒き散らすものだったり、或いはのこぎり状の顎でガチガチと物体を砕いていく奴がいたりするんだ。
まあ、それくらいだったらまだ可愛いほうなんだけど、中には可燃性の液体やガスを撒き散らす奴がいたんだよ。そして大型バグから孵化した瞬間に体表面が八十度から九十度に熱を帯びたバグがいて、奴らはその可燃性の液体やガスに飛び込んでいく。すごい連携プレーだろ。
各地で大規模な爆発が起こった。熱を帯びたバグは自殺したのか? 違うんだなこれが。爆発して成体に成長する。蛾みたいな毒々しい模様のモスラさ。そのモスラが風圧で炎上を拡大させていく。そのモスラバグはみんな中型なんだけど、実は熱源をエネルギーに肥大化して大型化するんだ。そして小型の液体とガスを撒くバグと、中型のモスラバグを量産していく。
まさに永久機関だね、これ。
まあ燃えるものが無いと彼らは生きられないのだけれどさ。
だから日本人の殆どは焼死したらしい。あまりにも規模が大きかったし、たぶん一瞬だったんじゃないかな。そう願いたいね。
ただね、僕は聞いていて本当に顔を歪めてしまうようなバグがいたんだ。これはもちろん今の戦況でも出現するバグなんだけど、ものすごく悪質なのがいたんだよ。
針虫。
サイズは中型から大型の中間で五~七m。球状の体には数億本の針が突き抜けていて、その針の長さは約二mだったかな。奴らは急に膨れだしたと思ったら、その針を一斉に散解させるんだよ。そのバグ自体は死んでしまうんだけど、針が有機体、つまり人間なんだけどさ、に刺さるとその養分を吸い取って成長するんだね。そして成体のバグになっていく。この時同時に二~三人の人間を射抜いた針はそれだけ多くの養分を吸い取って大型化することもあったらしい。
このバグがさ、東京の渋谷の大きな交差点ではじけたらしいんだ。だから東京は焼死よりも刺死なんて言葉はないけれど、そういう死に方をした人が多かったみたい。
因みにね、単発系でもっとすごい嫌なバグもいたんだ。
もうその辺にしなさい?
ああそうだね。サナ。こればっかりは僕も気分が悪い。
じゃあどうやってそのバグをやっつけたのか。
人類は「核」を使ったんだ。
主要都市全部に。
本当かって?
核はロストテクノロジーだろうって?
違うんだ。国連がちゃんと保有していた。
もうそれを落とした時点で日本は滅びていたんだよ。
あんなもの落としたから。
一時は電力供給の一端を担っていた素晴らしい発明みたいに言われていたけれど、すべてはその不安定さに人類が驚愕した。そんな震災は日本で起こったんだっけ?
「核」を落としたんだ。日本に。
過去に第二次世界大戦ってやつで日本は二発落とされたんだよ。核をね、諸君。この事実の重みが分かるかい? それは日本が悪かったからなんだよ。世界大戦の当時日本はひたすらダークだった。世界情勢からみるとね。でもね、人類は日本に核を落としてみて、
あ、やば。
思ったより強すぎちゃった。
くらいに思ってたんだ。
核は思っていた以上に強力で、残酷な兵器だった。
それから核は国家間では『戦略核』という駆け引きで保有する国が増えていった。つまりね、私たちの国は核を持っているから、攻撃してきたら核を使って反撃しちゃいますよ、っていう感じに。弱い国ほど核を持ちたがったんだ。スピッツの法則。マフィアの拳銃。やくざのドス。つまりさ、小心な奴ほど大きな力を誇示して虚勢を張りたがるんだよね。でも小国が核を持つことを、大国は嫌ったよ。だってほんとに使ったら困るし、国が貧しいからお金下さい。くれなかったら核使うかもね? ってさ。笑えるだろ。
でもさ、もっと笑えるのは、大国が戦争の大義に戦略核をでっち上げたこと。ある国の一部の過激な思想の人たちが大国を卑劣に攻撃したんだ。そしたら大国は怒っちゃってさ、その国をメタメタに攻撃したんだよ。そしてさ、こう言ったんだ。
「だって核持ってそうだったんだもん」
石油の埋蔵も多量にある国だったから、いろんな利権が絡んでたんだろうけどね。
でもね、よくよく調べたらその国は核を持ってなかった。核は電力の供給に使用されてたからその研究や開発をあげつらってこじつけたんだよ。
僕はあのときの世界の空気が大嫌いだったね。人種が違えばいがみ合って、宗教が違えば殺しあって。
さっきも言ったけど、日本である震災が起こったんだ。核は戦争に使われてきた歴史にインパクトがあるけれど、本当は電力の供給という役割ではかなり有用な代物だったらしい。
ちょっと調べたんだけれど、ウラン濃縮? とかいうもので核融合させたときのエネルギーを電力に変換してたんだって。でさ、またすごい皮肉なんだけど、そのウラン濃縮っていう安価な原料は日本人の研究員が開発したんだって。日本ってある意味自分たちの作った技術で自分たちの首を絞めていたところがあるよね。
その震災があってさ、核から電力を作ることのリスクが問われたんだ。だって一瞬で何万、何億って人の命を奪えるエネルギーだよ。ちょっと地震がきたり、あのときは確か津波だっけ? が来たら、それは発電施設じゃなくて、ただの兵器になることくらいどうして気づかなかったんだ?
人類はやっとそれに気づいたんだ。気象条件や地殻運動も自分たちで管理できないような未熟な科学しか持ってないのに、人殺しの技術ばかり発達して、それを役立てた結果がこれさ。
だから人類はすべての核を放棄した。戦略核も含めてすべて。ある意味潔かったよ。人類カッコいい、一瞬思ったね。当時の日本の首相の演説で、すごく批判されたものなんだけど、僕は感動したよ。
「かつて、我々国民の命を大量に奪った技術で、私たちは生活していた。私たちの祖先が犯した戦争での過ちを、二発の核爆弾の悲劇では赦されなかったのかもしれない。この震災は遅れてきた三発目なのかもしれない。私たちには何ができるだろうか? 無力なこの日本国民は何をできるだろか? だったら、今こそ、戦争で得た技術を解き放つときではないだろうか? すべての原子炉を停止し、各国にこれを呼びかけたい。そして核の保有も」
この演説をした首相は、就任から僅か三ヶ月で退陣に追い込まれた。戦争と震災をこじつけたからね。僕はこういう東洋人らしい考えは好きなんだけどな。彼らは真面目すぎてフォーマルな場面で、自分らしさを出すことを美徳としないんだ。
なに? 日本のことは聞き飽きたって?
サナはそうかも知れないけれど、これは伝えたいんだよ。知らない人に。
え? もう時間?
もう少しで終わるから。
えっと、僕はちょっと日本かぶれなんだけど、それはご愛嬌。だってアニメ好きが高じて、大学で日本語専攻して留学直前だったんだよ。
その日本がどうして黒歴史になったのか?
つまりさ、世界基準で放棄したはずの核を国連がこっそり保有していて、使っちゃったからなんだよ。
バツが悪いだろ?
でも隠すのはどうなんだろうね。
小さい子どもじゃないんだし。