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トラック02

戦争はショーになった。

 今や人々のもっともポピュラーな娯楽が戦争観戦だ。なんでこんな世の中になってしまったのか。どこかで誰かが戦って、人が死んでいる。そういう事実が人間には必要なのか。自分とは遠いどこかで戦争が起こっていて、ひょっとすると自分にも関係があるかもしれないけれど、どこか遠い話。そういうふわふわした距離感で人は納得している。

 ただ、人々が殺し合わなくなった。戦争は人間同士で行われていない。これがせめてもの救いだ。それでも人は死んでいる。子女神という量産型の機体に乗った戦闘員は日に五~六人、その命の灯火を消している。負傷者はその倍。或いは三倍。戦闘の規模によってまちまちだが。

 私はその負傷者を診る軍医として派遣された。もう一五年になる。国連の平和維持部隊、通称Peace Keeper(PK)がこの戦争の主な部隊になっている。開戦から一五年。つまり当初から派遣されているのだが、この戦争は真実が何も公表されていない。重要な殆どの事実は隠されている。


 何の為に?

 それは戦争をショーにするためだ。女神と呼ばれる機体を軍は七機保有している。そのパイロットはみな英雄としてメディアに取り上げられている。CMにも引っ張りだこ。ファッションリーダーだったり、本を書いてベストセラーになったりしている者もいる。特にメビウスという女神に乗った女性の人気が高い。というよりも、もはや神聖視されているくらいの扱いを受けている。長身でスタイルもよく、金髪の碧眼。ミスユニバースもねらえそうな美女。とってつけたような。


 そう、本当にとってつけたのだ。つまり彼女は女神になど乗っていない。この事実を知るものは軍の一部の人間だけだ。

 昨年の末に初めて女神が一機、墜ちた。十五年の戦いの中で女神が墜ちたのは初めてのことだった。もちろんその機体に乗っていたパイロットは死亡した。盛大な葬儀が行われた。初めての世界葬といってもいいかもしれない。もともと格闘技のチャンプでパイロットに転身。栗毛の白人で、笑顔が綺麗だった。もちろん彼は死んでいない。死んだのは別のパイロットだった。

 今やこの戦争の経済効果は計り知れない。それに技術的進歩は先の世界大戦の比ではない。というのも女神という機体自体がこの世の物ではなく、どこか別世界から来たものらしい。この事実も民衆は知らない。公には軍と民間企業が開発したものとなっている。そんなわけはない。あんな何十トンもある女神を浮遊させる技術を未だ人類は開発できていない。人型の金属体をああも流暢に動かせる科学と技術を人類は持っていなかった。それはアニメや漫画の世界の話だった。それが突如ある日、降って沸いたように女神が現れたのだ。本当に降って沸いて現れたのだから笑える。この事実も民衆は知らないし、女神のパイロットはその機体と一緒に、既に乗っていた事実も。ただ彼ら、彼女らは地球人であることは確かだ。女神に乗る前の記憶があり、それは地球で暮らしていたものである。どういう基準でパイロットに選ばれたのか、どういう経緯で女神に搭乗していたのか、という経緯は未だ不明。軍の方でも把握できていない事実である。

 誰かがこの歪んだ表層の裏にある真実を残さなくてならない。そうしなければ本当の女神のパイロット達は忘れ去られてしまうのではないか。それはあまりにも悲しい。

 だから私はここに、記録としてこの戦争の真実を残していきたい。


 ジリリリ。ジリリリ。

 

 何だこんなときに。折角慣れない文章を書いて四苦八苦しているときに。まあ結局ボイスレコーダーに切り替えてしまったけれど。内線電話か。

「はい、野村」

「ドクター、至急来てください。アルビノが負傷しました。怪我自体は軽症なのですが、ドクターを呼べと喚いてまして」

 医療班からだ。

「分かったすぐ行く。医務室か」

「はい」

 アルビノはメビウスの本当のパイロットだ。負傷なんてこれまで一度もなかった。珍しい。よっぽどの敵だったのか。

 軍の拠点は世界各国に散らばっている。今はイギリス基地。ここは海上基地なのだが広大な敷地を有している。軍関係者の居住スペースと執務舎までの距離もあり、移動にはもっぱらセグウェイを利用している。長い廊下は一面がガラスになっており、海上が見渡せる。まだ十月だというのに日差しが強い。遠くの海上にウミネコが浮遊して、ゆらゆらと揺れていた。そういえば十月は日本では神無月といっていたな。神が不在になる月。あまりいい連想ではない。いま女神を失ったら世界は滅びるだろう。

 医務室からはアルビノの大声が漏れ出している。そっとドアを開けてはいる。


「やあ。怪我の具合は大丈夫かい? ぐふっ」

 ドロップキックをお見舞いされた。

「ノムラ。遅い。遅い遅い遅い。変態ロリコンじじいの癖して」

 倒れた自分に馬乗りになって腹をバンバンと殴られる。

「悪かった悪かった。そんだけ元気なら怪我は大したことないな」

 いきなりドロップキックだもんな。いつものことだけど。一度セグウェイに乗っているときに後ろからお見舞いされた時は死ぬかと思った。

「ちょっと君、はずしてくれ」

「あの人誰? 名前は?」

 アルビノはむくれて言う。

 最近派遣されてきた医師であるジョンは目を丸くしてアルビノを見ている。「ジョンです」と言って彼は名札を掲げていう。彼はここに来てまだ数ヶ月だ。

「はい、あーでもこれから診察なのでは? 同席させて頂けないのでしょうか?」

 アルビノの診察は無理だ。そもそも診療ですらない。

「ああ。君にとって勉強になるようなことは一つもこれから起きない。すまないね」

「わかりました。では」

 素直に出て行ってくれた。


「アルビノ。どいてくれないかな。それにどこを怪我したんだい?」

「やだ。どかないよ」

「いい子だから」そういってアルビノを抱えて椅子に座らせる。彼女は体が小さい。見た目は十歳位の少女。それがアルビノだ。この子が本当のメビウスのパイロットなのだ。長身のスタイル抜群、金髪碧眼のアレではない。アレは軍のでっち上げで単なる傀儡。命を張っているのはこの小さなアルビノだ。といっても彼女は今年で二十歳になる。つまり彼女は五歳からメビウスを駆っていることになる。

 彼女曰く「メビウスはもう一人の自分」なのだそうだ。


「変態。へんたいへんたいへんたい。今おっぱい触ったでしょ」

「いや、触ってないよ。勘弁してくれよアルビノ」

「触った。絶対触った。持ち上げたとき。触ってなくても触ろうとした」

 それは主張としてどうなんだ…。

「どこを怪我したんだいアルビノ? 少しは真面目な話もしよう」

「やだ。変態ロリコンとは真面目な話なんてできない」

 なんと十五年間、私は変態ロリコンじじいのそしりを受けている。もはやきっかけが何だったのかも思い出せない。

「もういい加減にしなさい」

「ちょっと肩を脱臼しただけだよぅ」

 は?

「脱臼? 今までそんなこと一度もなかったじゃないか? そんなに強いバグだったのか?」

 バグとはこの戦争の敵である。虫のような形をした飛行体だ。

「ノムラ心配してるの? ねえねえ、心配してる? もっと心配してもいいんだよ。あは」

「なあふざけてないでちゃんと答えてくれ。アルビノ、君が怪我をしたことなんて一度もなかったじゃないか」

「むう」

 ぷくっと頬を膨らますアルビノ。いつもこうだ。真剣な話を避けてわざと茶化す。こちらが期待する反応をしないとむくれてしまう。

「数が多かったんだよぅ」

 最近はバグの数が増えていると聞く。敵さんも馬鹿じゃない。編隊を組むこともあるし、連係プレーだってするという報告もある。バグに関しては女神以上に分かっていないことが多い。何しろ生命反応が途絶えたとたんに気化して消滅してしまうし、凶暴すぎて生け捕りでの捕獲はまず困難なのである。

「いくつぐらいいたんだ? 二〇とか三〇くらいか?」

 んん、と子どもっぽく首を振るアルビノ。

「じゃあ五〇くらい?」

「もっと」

 もっと?

「数えてないからわかんないけど、たぶん五百くらいいたと思う。小型から中型が群がって襲ってきた」

 は? 五百?

「ほんとか? 大丈夫だったのか?」

「あ、ノムラまた心配した? あは」

「いいから、それで倒せたんだよなその五百?」

「むう。最初は僕だってあんな数見たことなかったからびっくりしちゃったけど、余裕だったよ。数は問題じゃないんだ」

 診察台に腰掛けて足をぶらぶらさせる。本当に二十歳になるとは思えないが、この十五年ずっと彼女を見てきたのも事実。

「じゃあ何が問題だったんだ?」

「大型が一匹いた。たぶん僕より賢かった。四百くらい倒したら、残り百と大型がフォーメーション組んで攻撃してきたんだ。最近で一番驚いたよ」

 明らかにバグが進化している。最近では種類も増え、新型の報告も多い。おまけにフォーメーションまで組みだした。おそらくメビウスじゃなかったら相当な数の被害が出ていたはずだ。

「それで攻撃を受けて脱臼した?」

「違う違う。攻撃なんかくらうわけないじゃないか。久しぶりに本気だしちゃおっかな♪ って腕ぶんぶん回してたらはずれちゃったんだよぅ」

 

 ガク。

 なんだそりゃ。


 診察もとい、アルビノとのおふざけを終えて部屋から出ると研修医のジョンが待っていた。彼は黒縁の眼鏡にその奥の目は神経質そうな切れ長の目じり。髪は綺麗に刈り上げて、てっ辺がすこし隆起したヘアスタイルだ。ドクターの資格を有しつつも、脳科学、生物学の分野での業績が大きく、博士号をいくつか有している。聞くところによると薬理学や工学系の論文も発表しているらしい。エリート中のエリート。もっともそうでなければここの軍医になどなれないのだが。

「ドクターノムラ。後でお聞きしたいことがあります。お時間いただけますか」

「ああ、この医務室で待っていてくれ」

 何となく想像はつく。アルビノのことだろう。そのアルビノは自分の背に隠れジョンをチラチラと覗き見ている。それに気づいてジョンは笑顔を返すが、その笑顔がまた作り物くさい。笑うの下手だなこいつ、これは彼の第一印象だ。

 アルビノを部屋まで送り届けると「変態、もっと遊んでよ。お医者さんごっこしようよ」とせがまれ、大量の縫いぐるみで埋め尽くされた部屋に引きずりこまれそうになった。

「ごめんな。今は時間がないんだ。それに俺はホントのお医者さんだ。何度言ったら分かるのかな」

「ふんだ。もうおっぱい触らせてあげないぞ」

 いや、触らせてもらったことも、自分から触ったこともない。

「アルビノ、おまえ触るようなおっぱいないじゃないか」

「セクハラだ。馬鹿ばか。変態へんたい」

 そういって涙目になったアルビノは大量の縫いぐるみを投げつけてくる。そそくさと退散した。


 医務室に戻るとジョンがコーヒーをいれて待っていた。

「いや、待たせたね。コーヒーまで悪い」

 そういって診察台にどかっと座る。それにしても殺風景な部屋だなと改めて思う。まあ主に使っているのは自分なのだが。診察台にデスクと椅子が何脚か。どれも無機質な鉄製で昔のまま変わっていない。アルビノの部屋の人形を一つ貰おうか。いや止めておこう。あの子がここに居ついても困る。

「いえ、こちらこそお時間を頂いて申し訳ない。吸っても?」

 ジョンは懐から煙草と携帯灰皿をだす。

「ああ、構わないよ。悪いが一本もらえるかい?」

「ええ。ドクターも吸われるのですね」

 デスクの引き出しから灰皿を取り出す。これも鉄製の無機質なやつだ。

「君もドクターじゃないか。野村でいいよ」

 お互いに火をつけ、煙を吐く。何年ぶりか。結構強い煙草だったので軽いめまいがした。そしてわずかな倦怠感。

「いえ、敬称がないと落ち着かないので」

 彼は無機質な灰皿を使わずに、自前の携帯灰皿に灰をポンポンやる。何やら模様の入ったそれはこの部屋の無機質さとは程遠い。持ち物へのこだわりがあるのだろう。ジョンは自分の右斜め前の丸椅子に座っている。


「で、話というのは?」

 長い前置きを終えて本題に入る。彼のことだからすぐに切りだすかと思ったら、自分からは切り出してこなかった。この辺の機微はしっかりしている男だ。

「ドクターも人が悪い。本当は分かっている癖に」

 あくまでもこちらが開示するのを待つのか。徹底しているな。

「アルビノのことだろう? 何が聞きたい」

 煙草は半分ほど消えた。コーヒーを一口すする。これも苦い。

「全部、とはいいません。出来る限り多くを」

「曖昧だな。君こそ人が悪い」

 ションは口角を少し持ち上げて肯定を表す表情。こういうニヒルな笑いが似合う男。少なくとも子どもに作り笑いをするような顔面を持ち合わせてはいない。

「驚いているのだろう? アルビノをみて」

「はい。でも一番驚いているのはこの軍に対してです」

 事実は殆ど隠されている。

「まあ、そうだろうね」

 肩をすくめて「全くだ」と付け加える。

「彼女、目が見えていませんね。それなのに見える様に振舞っている」

「気づいたかい? こんな短時間で気づいたのは君が初めてだな」

 観察眼のある男だとは思っていたが、いや流石。エリートは違うね。

「単純なことです。僕のネームプレートが読めなかった」

「字が読めないのかもしれないじゃないか」

「でもドクターノムラのみぞおちに、寸分違わぬ位置でドロップをきめた。狙わないとああはピンポイントに入らない」

 そういってジョンは自分のみぞおちをグーで押して、べーと舌をだす。

「少し君を見くびっていたようだ」

「認めて下さったなら光栄です」

 またニヒルに笑う。やっぱこいつちょと苦手だ。自分が頭をいいことを分かってる。それでいてそれを隠そうとしているけど、上手く隠しきれない。という演技をしている。

「彼女は目が見えていない。しかし他の能力で周囲を把握している。なんだと思う?」

 ちょっと試してみたくなった。

「僕の予想は、熱ですね。メビウス、メディウサ、ヘビ。つまりピット器官のような熱探知かと。違いますか?」

「残念。推理としてはユニークで好きだよ。正解は、音。彼女にはこの世のすべてが聴こえている」

「なるほど。それで私を診察室に入れてくれなかったわけですか」

 ほうと言って手を叩くジョン。

「流石鋭いな。でもそれは半分正解。確かにアルビノは多くの雑音が苦手だ。集中して話すときは一対一が基本。でも君を入れなかったのはほら、さっきも言っただろ。診察なんて高尚な代物ではないからだよ。ただ子どもをあやしているような、ね」

 ジョンは押し黙る。来る。彼は言うはずだ。


「彼女はサイキッカーですよね。それもとびきり上級の」

「ああ」

「彼女を私に診させていただきたい」

 来た。

 短くない沈黙。

「少し、考えさせてくれ」

「あなたは彼女を私物のようにしたいだけなのでは?」

 それも半分正解。

 言い放ち部屋を出て行った。

 喰えない男だ。

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