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視線の先

作者: 歌宮ゆか

 呪われるという噂の場所に行ったのが間違いだった。

 遊び半分で、肝試しなんかするんじゃなかった。酒を飲んで、バカ騒ぎして、誰が言い出したのか、街はずれにある行ってはいけない場所に行こうなんて。

 大学の夏休みの真ん中あたり、BBQの最後の締めとして、酔っぱらって理性を半分ほどなくした仲間たちと共に、その場所で出向いた。

 その場所は、街に住む人間なら誰しも知っている噂がついて回っている場所だった。具体的な説明はなく、ただ単に『呪われるらしい』という噂だけがあった。

 そこは河原の奥、雑木林の中にあった。小さな窪地の真ん中に小さな石塚とも言えないような石組みがポツンと建っていて、その周辺二メートルほどは全く草木が生えていなかった。雑木林の中にあるむき出しの砂地が不気味と言えば不気味だったが、何か物音がするわけでもなく、何かの気配を感じるわけでもなかった。

「拍子抜けだなぁ」

 なんて軽口を叩きながら、小さな肝試しは終わった。

 懐中電灯の明かりを頼りにBBQの跡片付けをして、仲間たちを分かれた。寝るころには肝試しなんてほとんど忘れて、楽しかった思い出だけが残っていた。


 些細な異変を感じたのは三日後のバイト中だった。

 居酒屋でお通しを配膳し終わったあと、猛烈に誰かに見られているような感覚があった。

 注文か? と思って背後を振り返ったが、客は誰も手を上げたり、こちらを呼んではいなかった。一瞬の感覚だったし、まあ、居酒屋でのバイトの最中なら視線を感じることはよくあることなので、特に気にはしなかった。その日は特に何事もなく終わった。そんな視線のことはすぐに忘れてしまった。

 その二日後のバイト中に同じように猛烈な視線を感じることがあった。辺りを見回しても誰もこちらを呼んでいない。

「どうかした?」

「いや、なんか見られたような気がしたんですけど」

 バイト先の先輩は同じように辺りをキョロキョロ見回して、肩をすくめた。

「誰も呼んでなさげじゃない? 気のせいでしょ」

「まあ、そうですかね」

 忙しさに呑まれて視線のことなどすっかり忘れたバイト終わり、帰ろうと原付にまたがった瞬間、背後から視線を感じた。ほんの一瞬だが、背中に張り付くような、見られている、という感覚。

 ばっ、と後ろを振り返るが誰も見えない。一台の車が横を通り過ぎたが、どうにも運転手の視線だとは思えなかった。

 多少の気持ち悪さを感じながらも、気のせいだろうと自分を納得させて、原付のエンジンを吹かした。

 そこからそういう視線を感じることが多くなった。

 大学へ向かう電車の中、サークルで集まっている時、帰り道、バイト中、家の玄関を開ける直前。

 気持ち悪かった。

 何か実害があるわけでもないし、一瞬の感覚なのだが、何かに私生活が覗かれているような気味の悪さがあった。

 BBQから一週間ぐらいたった後、全員が揃っているわけではなかったが、同じメンツで遊ぶ機会があった。休憩がてらカフェでだべっている時、あの視線を感じて、思わず振り返った。

 その瞬間、弾んでいた会話が水を打ったように静まり返った。

「……どうした?」

「……いや、お前こそどうした? 急に振り返ったりして」

「いや、別になんでもない」

「…………」

「……何かに見られてるような感じした?」

 名階という友人が意を決したように口を開いた。どう答えたものかと迷ったが、隠しているのも変だと思い、頷いた。

「……ああ」

「お前もか……」

「実は俺も」

「……あたしも。最近多い」

 俺が肯定すると、友人たちも同じように口を開き始めた。みな最近になって、同じような体験をしているらしい。何をしている時という共通項はないが、頻繁に『見られている』と感じることがあると。

「……昨日はついに、自分の部屋で感じた。後ろは壁だぞ?」

 里宇という奴が泣きそうな顔で呟いた。それを聞いて全員の顔が暗くなる。俺はまだ自分の部屋で感じたことはないが、これから起こるかもしれないと思うと背筋が寒くなる。

「なんでこんなことに……」

「……肝試し?」

「まさか!」

 里宇が叫ぶ。

「うわさ通りだってのか? その……『あれ』されたって?」

『呪われた』と言えずに『あれ』と言ってしまうところに里宇の恐怖感がにじみ出ていた。里宇はあの場所に、率先して行こうと言い始めた一人だった。

「そんなバカな話があるかよ。そもそもあの場所のうわさに具体例なんてなかっただろ。あれとこれは関係ない! 気のせいに決まってる!」

 語気荒く話していた里宇がビクッと震えた。顔が後ろを振り向きそうになるのを堪えているように見えた。

「と、とにかく気のせいに決まってる。みんなして夏バテか何かに決まってる! 俺は今日はもう帰る。疲れてんだからな」

 里宇はそう言って立ち上がり、逃げるように店を出て行った。会話を続ける雰囲気でもなくなり、続けて遊びにいく気分でもなくなった俺たちはその場で解散することにした。仲間たちに手を振りながら、俺は背後からまたあの視線を感じた。



 そこから先はひどい生活が待っていた。視線を感じるスパンはどんどん加速度的に短くなり、場所を選ぶこともなくなった。一人暮らしの自分の部屋、風呂、挙句の果てには仰向けで寝ていても背中に視線を感じることもあった。もはやそれが本当に視線を感じているのか、気にしすぎの幻覚なのか判断できなかった。

 大学で会う友人たちも似たような有様だ。寝ても覚めても視線を感じ、ゆっくり休む暇もない。みんなして顔色は悪く、疲れ切っていた。

「だめだ。お祓い行ったけど何も変わらない。そもそも何もないって言われた。何もないわけないだろう!」

「最近はずっと見られてる。一瞬とかじゃない……ずっと見られてる。今も何かいる気がする」

 そう言う名階の後ろには何もいなかった。誰も名階を見てなどいない。しかし、俺には名階を慰める術はなかった。ずっと、とは言わないまでも、俺もかなりの頻度で視線を感じるからだ。

「……里宇の話聞いたか?」

「うわさは。『何かいる! 何かが見てる!』って叫んで教室飛び出したんだろ」

「らしい。それからは既読もついてねぇよ。でも、あいつのことは笑えねぇ。俺もいつそうなるかわからないもんな」

 俺も同じように感じているから、何も言えなかった。


 視線がある生活は悪化の一途を辿った。

 原因は未だにわからない。あの場所に花を供えたり、有名な寺や神社に行ったりした奴もいたが、視線が消えることはなかった。

 視線の質は変化していて、『見られている』というより『観察されている』と言えそうなほどにねっとりしたものに変わっていた。

 じっくりと眺めまわされているような。

 すべて見透かすかのように見つめられていた。

 気が狂いそうになっていた。友達の中には、ほとんど狂ってしまった奴もいるらしい。しかし、友人を気にかけている余裕はなかった。

 バイトが終わり、自分の部屋の鍵を開けようとした途端、今までで一番キツイ視線を感じた。慌てて振り返ると電柱の影に何かがいるような気がした。

「っ!」

 玄関の扉を開けっぱなしにして、電柱に駆け寄った。隠れる場所もない電柱の裏をのぞき込むが、何かがいるはずもなかった。

「くそっ!」

 その日から、視線はより耐え難いものになった。今までは単純に観察されていただけだったが、明確に狙われているような気がしてきていた。何が、何を狙っているのか、俺の勘違いなのか、狂ってきているのか判別はつかなかった。

 キツイ視線を感じると、後ろに何かが見えたような気がする。慌てて確認するが結局なにもいない。

 不気味な視線に恐怖感が加わった。

 視線を感じると、同時に耐え難い恐怖も感じて、いもしない何かを探すために駆け出すという奇行を繰り返すようになった。視線から逃げようとは思わなかった。どこへ行っても逃げられないし、恐怖はあったが視線の正体を確認する方が大切な気がした。

 何か、いる。

 間違いなく俺を見てるやつがいる。

 夜中の部屋で震えていると、窓の外からすさまじい視線が浴びせられた。

 また電柱の影になにかいる! 目が合った!

 何も考えず、裸足で外へ飛び出して、何かいると感じた電柱の影へ突進するかのように駆け寄った。

 いない。何も。

 くそっ

 また背後から視線を感じた。

 俺の部屋の窓からだ。

 また目が合った。

 その何かが俺の部屋から飛び出してくる。

 初めてだ。

 あの何かが視線以外の動きを見せるなんて!

 ……いや、は? あれはなんだ?

 あの、あれは……俺か? 

 俺が俺の部屋から俺の服を着て飛び出してきたのか? こっちに向かって笑いながら全力で駆けて来るのは俺だ。

 じゃあ、ここにいる俺は……

 誰だ?


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