冒険者ギルドのお役所仕事 〜新人研修〜
……月日は百代の過客にして、しかも元の水にあらず……。
ん!? まちがったかな……。
まぁそんなこんなで気がつけば前作から一年……。
もし待ってる人がいましたら、大変お待たせいたしました。
そうでない人は、これを機にシリーズを見てもらえたら嬉しいです。
どうぞお楽しみください。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「何でそんな事しないといけないッスか! おかしいッスよ!」
そんな喧騒を切り裂くように、甲高い声が上がった。
何事かと振り向く人々の視線の先には、栗毛で背の低い女性が窓口の職員に食ってかかる姿。
対応するギルド職員コリグは、その勢いにタジタジとなっていた。
「で、ですから当ギルドの規則なんですよ……。初めて登録された冒険者の方には、研修として『採取』『調査』『哨戒』のいずれかを三回こなして……」
「あたしが女だからそういう事させるんスか!? それとも身体が小さいから!? 自慢じゃないッスけど、地元じゃ畑を荒らす怪物を狩っていたッス!」
「あの、それを疑うわけじゃないんですけど、規則なので……」
「規則規則って何なんスか! 規則がなきゃ何もできないんスかおたくは!」
「その通りです」
「!?」
「プリム先輩……!」
コリグの後ろから現れ、眼鏡を押し上げる男。
このギルドのまとめ役であり、規則の鬼。
最も信頼され、最も恐れられる存在。
プリム・スクェアその人であった。
「あ、あんたがここのお偉いさんッスか!?」
「偉くはありませんが、取りまとめをさせていただいています」
「じゃああんたに頼むッス! あたしはフェボラ! フェボラ・バンブラッドッス! あたしを怪物の討伐に参加できるようにさせてほしいッス!」
「承りました」
「ぷ、プリム先輩……!?」
「お! あんたは話がわかるッスね!」
フェボラの言葉にあっさり頷くプリム。
驚くコリグをよそに、フェボラははしゃぐ。
しかし、
「指定の研修を三件達成していただけましたらすぐにでも」
さらりと付け加えた言葉に怒り出した。
「何なんスか! あたしはこれまでにスタンプボーを五頭仕留めてるッス! 経験は十分積んでるッス! だから今すぐ怪物討伐をさせるッス!」
「そのご要望にはお応えできかねます」
「ぐうぅ……!」
歯噛みをするフェボラ。
しかしギルドから依頼を受けないと、討伐しても報酬は得られず、その対象によっては処罰される事もあり得る。
プリムの態度を見て、要望が通らないと察したフェボラは、
「……じゃあ、一番報酬がましの奴を頼むッス……」
規則に従う事を選んだのだった。
町外れの森近く。
軽装鎧に身を包んだプリムとフェボラが、金属音を響かせながら歩いていた。
「重……。これ必要なんスか?」
「えぇ。哨戒の際にはこれを着用する事を義務付けています」
「……そッスか。で、何で着いて来てるんスか?」
「研修の際には、ギルド職員か研修を済ませた冒険者が同行する事と定めています」
「また規則ッスか……」
「はい」
「はぁ……」
辟易した溜息をこぼしながら、フェボラは肩を怒らせて歩く。
がちゃがちゃと響く金属音が、更に苛立ちを高めていた。
「あー! もー! 何なんスか! こんなの何の意味があるんスか! こんな事してる間に怪物が人を襲うかもしれないんスよ!?」
「フェボラさんは、怪物の被害から人を守りたいのですね」
「そうッス! あたしが生まれ育った村は田舎で、滅多に冒険者は来なかったッス! だからあたしが村に来る怪物を討伐してたッス!」
「そうでしたか」
「だから一日も早く五階位以上になって、村に常駐できる冒険者になるッス! こんな研修でもたもたしてる暇ないッスよ!」
「でしたらこの哨戒は意味があると思います」
「何を言ってるんスか! こんな鎧着て歩くだけで何の意味が」
フェボラが怒りをぶちまけようとしたその時、森の奥から茂みをかき分ける音が聞こえた。
「!」
片手剣を抜き、身構えるフェボラ。
その前にプリムがすっと立った。
「じゃ、邪魔ッス! 丸腰で何してるんスか!?」
「フェボラさんはそのままで」
フェボラの抗議を聞き流し、プリムは森との境目の茂みの前まで歩く。
程なく森の奥から大きな影が姿を見せた。
「う、鱗熊……!」
鱗熊。
身体の大部分が、毛が硬く変化した鱗に覆われた熊。
並の刃物を軽々と弾く鱗は、防具の素材になる程。
弱点は鱗のない腹で、熟練の冒険者はそこを狙う。
ある程度場数を踏んだ冒険者には脅威ではない。
そう、場数を踏んだ冒険者には。
(やべえッス! こんな怪物、あたしの片手剣なんか通らないッスよね……!? こんな状態でやれるッスか……!?)
片手剣を握る手に力がこもる。
しかしプリムは動じた様子もなく、両手を横に広げた。
「……」
「……」
「……!?」
動きを止める鱗熊。
微動だにしないプリム。
何が何だかわからないフェボラ。
緊迫した空気が流れた後、
「あ……!」
鱗熊は森の奥へと引き返して行った。
「はぁ……!」
鱗熊の姿が見えなくなったのを確認し、大きく溜息を吐くフェボラ。
直後、恐怖の反動の凄まじい剣幕でプリムに迫る。
「何考えてるんスか! 武器もなく鱗熊に立ち向かうなんて! 運良く引いてくれたから良かったものの、襲って来たら……!」
「運良く、ではありません。鱗熊は元来臆病な生き物で、攻撃されたり縄張りを侵害したりしなければ、襲ってくる事はありません」
「そ、そうなんスか……。じゃ、じゃああれ討伐しなくていいんスか!? 何の拍子に人が襲われるか……!」
「フェボラさんは、鱗熊を絶滅させるおつもりですか?」
「はぁ!? な、何の話ッスか!? 絶滅なんてそんな無茶な……!」
戸惑うフェボラに、プリムはゆっくりと語りかける。
「人に脅威を与える怪物を討伐するのは、冒険者の仕事の一つです」
「そ、そうッスよね!」
「ですが人に脅威を与える可能性だけで、討伐する事はできません」
「何でッスか!?」
「物理的に困難なのが一つ。そして一つの種を極端に減らす事で、他の種が爆発的に増える危険性が一つ」
「え……!?」
プリムの言葉に、フェボラの頭から血が下がった。
「闇雲に狩って天敵がなくなった種が爆発的に増えれば、それは森や山を出て人里に溢れ出ます。そうなれば人への脅威を冒険者が生み出す事になります」
「う……」
「だからこのように金属の匂いと音で境界を示し、彼らが人里にやってくる事を防ぐのです。それでもこぼれ出た怪物は、冒険者の方に討伐していただきます」
「……」
冷静になったフェボラの頭に、プリムの静かな言葉はすっと流れ込む。
それまで思い描いていた、怪物を颯爽と討伐して勝ち誇る自分の姿が恥ずかしく思えた。
(人を守るのが冒険者……。あたしは派手なところしか見てなかったッスね……。それをわからせるために規則とか言って、こいつ、いや、この人は……)
素直な気持ちになったフェボラは、プリムを心から信頼する気持ちが湧く。
(あたしが村の人を守りたいと言ったから、村を守る手段も教えてくれて……。鎧まで着てわざわざ着いて来てくれたし、本当は優しい人なんスね……)
そう思ったフェボラは、プリムに笑顔で話しかけた。
「ありがとうございますッス! これからばんばん依頼をこなして、五階位になるッス!」
「頑張ってください」
「そ、こ、で! 教えてくださいッス! 何の依頼をこなせば昇階しやすいッスかね!? あたし何でもやるッスよ!」
「では後二回研修をこなしてください」
冷たいとさえ思えるプリムの冷静な言葉に、フェボラは驚きの声を上げる。
「えぇ!? これってあたしに冒険者の心得を教えるために言った、方便的な、その、あれじゃないんスか!?」
「いえ、規則に定めたものですので、後二回の達成をお願いします」
「やっぱりこいつ規則馬鹿ッスかあああぁぁぁ!」
フェボラの凄まじい叫びが辺りへと響き渡った。
なお、この後しばらくこの周囲で鱗熊の目撃が激減したのだが、それがこの研修によるものかどうかは定かではない……。
読了ありがとうございます。
起こった事故を解決するのは勿論ですが、起こらないよう予防策に腐心する人って格好良いですよね。
「何にも起こらないなら、それが一番なんだよなぁ」
そう言いつつ対策にベストを尽くし、それでも起こる緊急時には誰よりも頼りになる。
サウイフモノニ ワタシハナリタイ
なお、新人冒険者フェボラ・バンブラッドは、熱血を意味するfervorと、血が燃える的な意味で、burnとbloodから作りました。
少年誌なら規則をぶち破って成果を上げるタイプですが、プリムが相手では……。
お楽しみいただけましたなら幸いです。