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開店準備

銀貨一枚は現実世界で言う所の2000~3000円くらいの価値である。

そして、現実世界と違って電気代とか色々かからないため、基本的に銀貨一枚あれば一日にかかる金を全て賄える。

俺たちで、美味しいパン屋さんを開こう。俺がそう提案すると、しばらくの沈黙が流れた後、マリーが口を開く。


「・・・それはちょっと考えてた。この味なら間違いなくパン屋として成立する。回復魔法の使い手を雇ってロドニーの体力を回復してもらえば、大量生産にも問題がない。むしろ普通に材料を買うよりよっぽど安くつくだろう。」


では何が問題なのだろうか。明日の朝にでも、噴水広場でパンを売ればいいじゃないか。人がいっぱい居たからきっと売れるはずだ。


「それが、この街では違法なんだ。商売をするなら土地を確保しないといけない。」

「正直、パン屋を開くこと自体は相当アリだと思うから、なんとか土地を確保できないかってずっと考えてたんだけど…全然思いつかないや、ごめん。高いんだよ土地、借りるだけでも。」


マリーが残念そうに呟く。なんと堅苦しい街だろうか。狂犬のマリーを研究所に入れないのもムカつくし、治安のために人として大事なものをなくしている冷たい街だと思う。

本当にクソ街だ、今すぐ出て行ってやりたい。・・・出ていくだと?


「どうしたんだい?もしかして、何か思いついた?」


そうだ、こんな街出て行ってしまえばいい。街の外なら土地代なんてタダのハズだ。魔物がうろついてはいるが、俺が全員ぶっとばしてやる。


「・・・面白い!!確かに私達だって、調査のために街の外に出ていた。他にも行商人とか、街の外ってのは意外と人が行き来するから客は確保できる。で、街の外で食糧を確保できないから皆予め巨大な馬車を用意して大量の食糧を積んで外に出るんだけど、その手間とコストが無くなるのは大きい!これ、かなり需要のあるスキマ産業かもしれない!!」

「流石だ!そういう常識に囚われないとこ、大好きだ!ちょっとその方向で考えてみよう!」


褒められた。死ぬほど良い気分だ。マリーの役に立てたのは当然嬉しいし、働き口を人に用意してもらうのではなく自分で用意している感覚が自尊心を高めてくれて、とても愉快だった。

二人で話していると、アルバートが割り込んでサンドイッチのおかわりを求めてくる。こいつ、食う前はあんなに悪態ついてたのにめちゃめちゃ気に入ってるじゃん。


「勘違いするなよ。脳はエネルギー消費が激しいからしっかり糖質をとらないと働きを維持できないんだ。僕とお前じゃ頭の出来が違うからこの感覚は分からないかもしれないがな。」


がちゃがちゃうるさいので、再びサンドイッチを作って口に突っ込んで塞ぐ。今回は缶詰をわざわざ挟む工程がめんどくさかったので、最初からアンチョビサンドを創造した。

そしてアルバートは詰め込まれたサンドイッチを飲み込んで、一言。


「まずい。」


そんなわけないだろう。さっきとパンも中身も同じものなはずだ。


「具がまずい。お前のその能力、パン以外は美味くならないんじゃないか。」


クリエイトパンの意外な弱点が見つかった。というか、パンを作る能力だから当然と言えば当然かもしれない。

そうなると、具のあるパンを作ろうと思ったら具を外注しなければならないため、材料費がかからなくて済むという俺のアドバンテージが薄れてしまう。


「代わりに外で営業するアドバンテージの方を使って、肉や植物を現地調達すれば、一応材料費をタダには出来るけど・・・あっ!?」

「そ、それだ!!覚えてるかい!?調査の時に出くわした地中の魔物たち!あいつらって普段潜ってて会えないから、肉が全く市場に出回らないんだ!でも実は結構美味しいやつが混ざってるんだよ!あいつらの肉ならタダで確保できる上に、味も良くて、希少性の部分でも勝負できる!!」


流石だ、そういう物知りなとこ大好きだ。俺のパンと魔物の肉の組み合わせ、完璧な商材であるように思えた。成功する予感しかしない。


「だろう!?特に岩石竜アモルゴンって居ただろ、あいつ岩石のかたまりみたいだけど実は奥の方に肉が詰まっててさ、毒あるけどとっても美味しいんだ!専門の業者に頼んで毒を処理してもらってでも食べる価値がある!というか、処理せずに食べても後悔しないくらい美味しいんだ!私はしなかった!」


流石の俺も引く。命知らずにも程がある。というか、マリーってそこそこ金持ってるはずなのにどうして業者に頼まなかったんだろう。


「ああ、処理できるやつ滅多に居なくてさ、見つからなかった。」

「ポポタンソウっていう黄色い花があって、それの抽出液にアモルゴン肉の解毒作用があるんだけどね。肉の塊の中にあるほっそ~い神経に注射針を通さないと解毒されないんだ。これが本当に難しいみたいでさ。」


その言葉を聞いて、アルバートが何やら絵を描き始める。それは黄色い花の絵だった。


「おい、ポポタンソウってこういうやつか?ジェフィールドの傷口に刺しこんだ花が確かこんな感じだったんだが。」


「そうそうそれそれ!よく知ってるね!ちょっとタンポポみたいだよね、見た目。」


「なら、解毒は僕に任せるんだな。僕は刺身の上に一寸も狂わずタンポポを乗せることが出来る。刺身の中だったとしてもおそらく可能だ。」


マリーが目を輝かせる。それを見て俺まで嬉しくなってくると同時に、どこかモヤモヤする。その目は俺がされたかった。

しかし、これで商材は完璧に定まった。マリー曰く、売れない方が難しい味になる、きっとわざわざこれを買うためだけに街の外に出てくるやつが現れ始める、とのことだ。

あとはアモルゴン肉のパンを大量生産するために、俺の能力を使うための体力を回復してくれる人材と、アモルゴンを討伐できて、外殻を巨大な鉄槌か何かで破壊できるパワー系の人材がいれば、商売として成立する見立てらしい。後者は俺が買って出ようとしたが、討伐も外殻破壊も結構な重労働であるため、能力のために体力を温存しておいて欲しいと言われた。

ところでその人材二人、なんだか非常に聞き覚えがある。





「ガハハ!短い別れだったなてめぇら!!」


「マリーさんのことはずっと心配していました、お力になれて嬉しいです。」


「おい、僕の心配はどうした。殺すぞ。」


3人部屋に5人の人間が詰め込まれて、非常に息苦しい。しかしこの息苦しさが、このメンバーが初めて顔合わせを行ったテントを思い出させて、なんだか懐かしい気持ちになる。

ゴメスとミッシェルには、ここに来る前にギルドの方でパン屋の宣伝をしてきてもらった。マリーも学者たちに宣伝してきたようだ。後は口コミで広がっていくのを期待するらしい。


「じゃあ、君たち二人の契約内容を確認するね。雇用期間は開店する明後日から・・・とりあえず試しに一週間。給料は銀貨7枚。」

「ゴメス君の仕事は材料調達とその加工で、在庫が切れそうになる度にアモルゴン一体分の肉とポポタンソウを10本採ってきて加工してもらう。アモルゴンは外殻を壊して肉を取り出してもらって、ポポタンソウはすり潰して液を抽出してくれ。時間と体力が余ってたら、その時湧いてる魔物の中で美味しいやつを適当に指定するから狩ってきてもらえたら嬉しい。」


「おう!任せてくれマリーの姉御!!」


ゴメスがドンと自分の胸を叩き、鎧の胸部にヒビが入る。こいつも俺と同じパワー系の変な奴に見えるが、個性的職じゃなくて一般職の戦士らしい。性格的にアルバートと違って個性的職を隠しているとも思えない。

一体、個性的職とはどういう条件で選ばれてしまうのだろうか。


「ミッシェル君は、ロドニーが疲れたら回復魔法をかけてもらう。とはいえロドニーの体力なんてそうそう減るもんじゃないからそれだけじゃ暇だろうし、接客もやってもらっていいかい?」


「お任せください。頑張って失礼のないように対応します。」


ミッシェルがへその辺りで両手を組み、軽くお辞儀をする。その様子からは気品が感じられ、きっと俺やアルバートと違って丁寧な接客をしてくれるであろうことがよく分かる。


「じゃあここからは雇用とかじゃないんだけど一応確認しとくね。アルバート君は肉の毒抜きと、近付いてくるものの監視だ。魔物が来たら殺してほしいし、人が通ったらミッシェルに伝えてくれ。客引きをしてもらう。」


「買わなかったら人も殺していいか?」


「ダメだよ。」


今のアルバートを見て気付いた。おそらく個性的職と一般職の境目は社会性の有無だ。基本的に魔物や悪魔というのは人間よりも強力なものであるため、様々な職業でパーティを組んで役割分担しながら複数人で戦うものである。だからパーティという役割分担の輪に入るのが難しい人間にマトモな役割は与えられないのだろう。


「ロドニーはもちろんパン焼いてね。あと、襲ってきた魔物の数が多かったとかでアルバートが接近を許しちゃった時は君が始末してくれ。」


任せてくれ。大勢を相手にして四方八方の敵を蹴散らすことで多動性を発散できるのは願ったりだ。そうしないと今にも貧乏ゆすりで宿屋の床に穴を開けそうだ。


「ダメだよ。それで最後に、私が経理を担当しようと思う。ゴメスとミッシェルに人件費を払うの私だし、ついでにお金のことはもう全部私がやっちゃうのが一番良いだろう。」

「あとはアルバート君が寝てる間は私が双眼鏡使って見張りをやったり、団体さんが来たときはミッシェル君と一緒に接客したり・・・適当に足りないところを埋めさせてもらう。」


その後も仕事に関する説明は続いた。そして最後に、口頭じゃ覚えきれないだろうから困ったらこれを見ろとマニュアルが全員分手渡される。いつの間にこんなものを作っていたのだろうか。

というか、マリーっていつ休んでいるのだろうか。そういえばこいつ、いつも目にクマをこさえているような気がする。それに髪も乱れており、顔色もあまり良くない。しかしそれを指摘しても、大丈夫の一点張りで押し切られてしまうのもまたいつものことなのだ。

俺はいてもたってもいられなくなり、「食え」とパンを差し出す。


「あ、ありがとう・・・?どうしたの突然。」


どうしたもこうしたもあるか、それ食って休め、元気になれ。と言いたかった。しかし、この強情な奴にどうすればそれが伝わるのか分からなかった。目に涙が溜まっていく。

オウッ、オゲッ、と嗚咽が漏れ始めたころ、ミッシェルが口を開く。


「あの、私、接客の仕事するなら可愛くしてた方がいいですよね?開店まで二日あるし、美容院行ってきます。」

「あ、マリーさんもご一緒にどうですか?いいお店知ってるんですよ!エステもついてきて、とっても気持ちいいんです!」


マリーがはっとした表情で手鏡を取り出し、自分の顔を映す。そして髪をつまんだり、目の下を人差し指で引っ張ってクマを確認したりして、小さくため息を漏らしながら言った。


「…確かに、私も接客するんだから小綺麗にしといた方がいいね。じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。」


「そうですよ!マリーさん可愛いんだから、接客なんかしなくてもそうしてた方が絶対いいです!」

「というか、マリーさん絶対普段寝てないのに肌綺麗ですよね。私、顔に貼って8時間寝るだけでとっても肌綺麗になる薬草知ってるんですけど、せっかくだから『高み』目指してみませんか?」



ああ、この手があったか。仕事をやめないなら、仕事の一環として休息を取らせればよかったのだ。ミッシェルがマリーとやり取りしながら、こちらにしか見えないようにグッと親指を立ててきた。なんて頼もしいんだろう。

などと感動していると背後にいたアルバートが、俺の顔の目の前に中指を立てた手をスライドさせてきた。何の用だカス、感動を壊すな。


「別に、お前は表に立たないからあいつらと違って清潔感は必要ないんだろうがさ。」

「本質的に清潔にはしろよ。なんだその漆黒の爪。そんな手でパン触んな。」

「あと肩真っ白なの、そういう服のデザインだとずっと思ってたが、間近で見たらフケだったのにはビックリしたぞ。金無いやつに風呂入れとは言わないが川で水浴びくらいしろよ。パンの上に舞ったらシュガートーストですって誤魔化す気か?」


シュガートーストですって誤魔化す気だったので、返す言葉もなかった。

暇だね、あんたも。

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