無職
冒険者ギルドとは、腕っぷしの必要な日雇い・短期の仕事を、依頼主から冒険者まで仲介する場所である。
ギルドに名前を登録している冒険者は、ギルドに付属する寮や酒場を利用することができる。
また、基本的に冒険者は1つのギルドにしか所属できないが、所属しているギルドの所在地に何らかの事情で帰れない場合、ゲスト登録という形で他のギルドに一時的に所属することができる。
冒険者には実績によってS級~E級までの等級に分けられて依頼料が変化するのだが、ゲスト登録しているギルドではいくら依頼をこなしても実績にカウントしてもらえないため、いつまでも昇級ができない。
なお、どこかのギルドに本登録もしてない素性の分からない馬の骨がゲスト登録をすることはできない。
調査に行ってたのは三日間くらいだったはずだが、その間に随分と街の様子が変わっていた。
まず帰還した時にくぐった門からして二回りくらい大きくなっていたし、立ち並ぶ家々も綺麗になっている。しばらく進むと見慣れない噴水広場があり、そこにそびえ立つ見慣れない時計塔が13時を告げると、時計部分が開いて中からカラクリ人形の音楽隊が登場し、演奏を始める。
ここまで発展するとまるで別の街のようだ。
「別の街だからね。」
別の街だった。
「話聞いてなかったのかい?ジェフィールド殺しちゃったってことは、元の街の地下にいる悪魔たちに宣戦布告しちゃったってことだから、帰ったらいつ殺されるか分かったもんじゃないんだ。だから一旦こっちに避難するの。」
ウチの街の地下に悪魔がいたのか。出てくる情報が全部初耳だ。
ところで、俺たちはいったいどこへ向かっているのだろう。
「偉い人に街の滞在許可をもらうために歩き回ってるんだ。ここに滞在するには仕事はどうするかとか住居はどうするかとかをハッキリさせる手続が必要なんだよ。仕事や住居のない移民を受け入れてたら治安が悪くなっちゃうだろう?」
「学会はけっこう横の繋がりがあるから、私達学者はこっちの研究所に一時的にお世話になれると思う。多分寮もあるだろう。ゴメス達はゲスト登録の制度を使えば働き先と寮を確保できるはずさ。」
「無所属の君をどうするかがひたすらに問題なんだよ。今必死に考えながら歩いてる。」
本当に申し訳ない。生まれてきたことを後悔するかのような仕草で俯きながら、周りの人間の足元を頼りに歩みを合わせていると、やがて全員が足を止めた。
顔を上げると、真っ白い巨大な箱のような無機質な建物があった。
「流石、ウチの街のあばら家みたいな研究所とは違うね。じゃあ、私達学者がここに置いてもらえるように話つけてくるから、君たちはここで待っていてくれ。」
学者達を見送って、建物の日陰になっている部分に座り込んで休む。
暇なので中の声に聞き耳を立ててみると、「狂犬」「魔女」「お前はここに置けない」と断片的に聞こえてくる。可哀想に、どうやらここに置いてもらえない学者が一人いるみたいだ。
しばらくして学者達が出てくると、最後尾にいたマリーが大きくため息をついた。
「私だけ・・・雇ってくれなかった・・・」
お前だったのかよ。意味が分からなかった。マリーはめちゃめちゃ賢くて優秀な上に優しいやつだから、どこに行っても引く手あまたなんじゃないのか。
マリーの暗い表情が、自分が追放された時と重なる。ぐらぐらと怒りが湧いてきて、研究所の扉を蹴破って中に飛び込もうとしたその瞬間、横から足を強く踏んづけられる。
「やめろバカ、問題を起こすな。殺されたいのか?」
「マリーが雇われなかったのは当然だ。貴族の使いに決め打ちで聖水飲ます奴なんて、腐れ凡人どもからしたら狂犬で魔女に決まってるからな。どうせ昔からそういうことばっかやってて悪名高いんだろ。」
アルバートまでマリーの事をバカにするのか。今度は俺から決闘を申し込んでやる、殺戮決定だ。
「殺されたいなら殺してやるが、僕がバカにしてるのはここの連中の方だぞ。マリーみたいな骨のあるやつがこんな場所で働くことにならなかったのを祝福しているんだがな。」
「はは、そりゃどうも。ごめんねため息なんかついて、アルバートの言う通りだよ。だから落ちついて。ね?」
落ち着いた。俺はバカだ。今辛いのはマリーのハズなのに、俺の方が負の感情を爆発させたせいで、ただでさえ辛いのに俺をなだめさせるという負担を余計にかけさせてしまった。
そしてアルバートの物の考え方を初めて良いと思った。「僕様に合わせないお前らが悪い」といったような、自分への信頼、自信からくる価値観は盲目的で独善的だと思ったが、一歩引いて他者の能力を高く評価して信用している時のアルバートはとても理性的な良い奴に見えた。
「とりあえず私がどうするかは置いといて、冒険者ギルドにでも行こうか。護衛のみんなの働き口も確保しないとね。」
マリーの言葉で、俺たちは再び歩き出した。
ー
「僕だけ・・・雇ってくれなかった・・・」
デジャブだ。そして当然俺も雇われなかった。アルバートのやつ、登録を断られた瞬間は例のごとく「僕を使いこなせないギルドはこちらから願い下げだ」とか言っていたが、今のこの様子を見るになんだかんだ内心少しはへこんでいるらしい。
「とりあえず無職三人は宿屋に滞在しよう。で、狙撃手と魔物学者と魔物そのものみたいな能力のやつがいるんだ、仕事は3人で狩人でもやろう。とはいえ狩りの収入から3人分の宿屋の料金や生活費を差し引くとちょっと赤字になっちゃうと思うから、早めになんか考えないとね。」
役所に向かい、それぞれの働き口と住まいを申告して、滞在許可を得る。
住み込みの働き口が見つかったゴメスとミッシェル、学者たちは、それぞれの居場所に向かう前に俺たちを心配して金や缶詰、生活用品を置いていった。良い奴らだった。
とりあえず俺たちは宿屋の三人部屋を借りて、歩き回って腹が減ったのでさっそく魚の塩漬けの缶詰を開封し、俺の能力で出した耳なし食パンでサンドイッチを作って食べる。
「うん、美味しい!小麦の香りがすごいよ。お店の味だね、もう。」
「…悪くない。」
マリーはいつものように美味しそうに食べてくれる。アルバートもお前の手から出たパンなんか気持ち悪いとか言って最初は食べるのを拒否していたが、一度食べ始めると先に食べ始めたマリーより早く食べ終わった。
そして、マリーのお店の味という言葉で、俺はあることに気付く。狩人以外の仕事、あるじゃないか。
俺たちで、美味しいパン屋さんを開こう。
暇だね、あんたも。