分からせ
クリエイトパンは、体力・生命力を代償に、自分がパンだと思っているものを創造することが出来る能力である。
高度なものを創造しようとするほど、多くの生命力を支払う必要がある。
ロドニーの肉体は粉微塵にはじけ飛んで、残った血の海に「時限爆弾がコトリと落ちた」。
「アレ、バクハツ、シテナイ!?ジャ、ナゼ、コナミジン!?」
何が起こったのかは理解できずとも、爆発を中で受け止める体がないと自分が爆弾に吹き飛ばされることは理解して、ジェフィールドは後ろに飛び退く。
血と臓物の海が蠢き始める。やがて1つの肉塊にまとまっていき、見えない手にこねられているようにぐにょぐにょと歪む。
そして肉塊から、脳に直接浸透する、音のない産声が響く。
「思いついたんだが、俺の生命力全部使ったらよぉ~~~!!俺が作れるに決まってるよなぁぁ~~~~!?」
「なんせ、俺ってのはパン焼く以外に生まれてきた意味がない!!誰からもそれ以上に愛されない!!人間未満の!!」
「実質、パンなんだからなぁ~~~ッッ!!」
生命の発生に伴うエネルギーの爆発が熱を生み、肉の生地を焼く。光と熱に包まれた肉塊が、メリメリと音を立てて人の形を象っていく。
涙を流せるほど器官が発達しても、滲んだ瞬間に蒸発していった。
そして俺は誕生と同時に足元の爆弾を拾い、再び命を捨てる覚悟を決める。爆弾を持ったまま一瞬でジェフィールドとの距離を詰めて、爆弾を持っている左の拳を全身全霊で叩きつける。
さっきの防御態勢の硬さで分かった、こうでもしないとコイツは倒せない。
「そのデカブツがやってたみたいに上手く爆発に乗って飛んでけ!!衝撃に逆らうな!!」
俺が駆け出すと同時に、アルバートがそう叫んでいた気がする。攻撃は確かに命中し、肉に拳が沈み込む確かな手ごたえ。そして、手に広がる熱と衝撃・・・
ー
ヘタクソ!!!全然飛べてないじゃないか!僕がせっかく教えてやったのになんだそのザマは!
黒焦げになって吹き飛んできたロドニーに吐き捨てる。だが、爆発の威力を鑑みると粉々になっていても不思議ではなかったのにこの程度で済んでいるということは、初めてにしては上手くやった方だろう。
爆心地の炎の中で、なおも怪物が立ち上がるのが見える。
爆弾を叩きつけられた右肩が消し飛ばされており、足元に腕が1本転がっている。断面は熱でふさがりきる事もなく血に塗れ、そこからデロリとはみ出た肉がユッケなんかを連想させる。
「ユル、サン、コロ、コロス、コロシテ、ヤル、ゼンイン」
自らの足元を爆発させ、こちらに突進してくる。毎度のように直線的な動きだが、毎度のように異常に速く、ロドニーの先手回避のようなスピードだけに頼らない特殊な回避を使わないと、風魔法による緊急回避すら成功するか五分。しかし、僕にできるのは射撃と風魔法だけ。そう、射撃と風魔法だけ・・・
…あいつは、ロドニーは、僕との決闘に勝ち、ジェフィールドを翻弄するほどの能力を持っている。あんなに凄い奴を見たのは初めてだ。
そして、人から嫌われてきたのに人の事を足りない頭で思いやってて、生まれ持った高い能力に縋ってプライドを守ろうともせず自分を無価値と称し、貰った個性的職を受け入れて完全に自分のものにしている。
腕っぷしだけじゃない、全部全部、僕の負けだ。
そんな僕に勝った男が、個性的職の能力を使ってパンを焼くしか価値がないだと?じゃあ個性的職の能力すら使ってない僕は、どうなるんだ。
この僕様に勝ったからには、もうそんな嫌味な卑下はさせてやらないぞ。
意識はあるかロドニー?頑張って薄目でもこっちを見ていろよ。外から見ていたら、自分のやったことがどんなに凄い事か分かるだろうからな。
僕は今から、僕のことが嫌いであろうお前を守るために、ちっぽけなプライドを捨てて、個性的職の能力を使ってコイツをブチ殺す!!
足元に咲いていたよくわからない黄色い花を瞬時に抜き、突進してくる怪物の傷口を得意の動体視力でしっかりと捉える。そして、花を突きさすようにして一気に拳を撃ち抜いた。
ー
アルバートの本当の職業は、個性的職『花使い』。職業特有のアビリティは、精密蒲公英<ピンポイント・タンポポ>。
彼はどんなに早いコンベアで流れてくる刺身の上にも、一寸もブレずに正確にタンポポを乗せることができる。
クリエイトパンにおけるパンの定義のように、刺身、コンベア、タンポポの定義はこちらに委ねられる。
ユッケのようにはみ出た肉、直線的に突っ込んできた動き、そこら辺に咲いてたなんか黄色い花、これらをそれぞれ刺身、コンベア、タンポポと定義した時、アルバートの突きは相手がどれだけ早く動こうとそれ以上のスピードで繰り出されて「必ず命中する」。
そして、ジェフィールドのタックル以上のスピードで繰り出された手刀は当然凄まじい威力を誇り、アルバートの右手を複雑骨折させ、ジェフィールドは悶えながらその動きを止めることになる。
アルバートは目を血走らせながら右手を傷口の奥まで刺し込んでいき、真の力を開放した高揚感で痛みなど無視して即座に左手で銃を持ち、ジェフィールドの額に向けて。
全ての弾が無くなるまで、引き金を引いた。
ー
という夢を見ていたが、全身がヒリヒリして痒すぎるので意識が現実に戻される。特に左手がヒリヒリすると思って見てみたら、酷いやけどをしていて指が二本ない。当然狂い、ワーッと悲鳴をあげて暴れる。
「うるさっ!痛っ!大人しくしててくださいロドニーさん、今回復魔法かけてますから。ね?」
なだめるような優しい声色で、俺は正常な意識を取り戻す。今はどういう状況なのだろう、全身が異常にヒリヒリすることしか分からない。特に左手がヒリヒリすると思って見てみたら、酷いやけどをしていて指が二本ない。当然狂い、ワーッと悲鳴をあげて暴れる。
「もおおおおおおお大人しくしててくださいっつってるでしょ、頭おかしいんですか」
「任せろ!俺様が抑える!!」
人一人を天高く投げ飛ばせそうなほどの怪力で両腕を抑えつけられる。暴れられない分フラストレーションが溜まり、声がどんどん大きくなる。
「ゴメスさん、口もどうにかして塞いでください!!」
「つってもよぉ!!俺様の腕は二本しかねぇよ!!」
「腕ないなら他のもの使って口塞いでください!なんかないんですか!」
俺の腕を抑えている男がグヌヌと唸り、やがて覚悟を決めたような顔をする。そして俺の顔にそいつの顔が迫ってきて。
「んっ・・・ちゅっ・・・」
他のものを使って口を塞がれた。これが俺のファーストキス。
「おーい、指見つかったよ。早速繋げてやってくれ・・・わぁ!!お楽しみ中だったかい!?」
「楽しいわけねぇだろうが!!」
「でも助かりました、これを繋げたらショックで暴れることも多分なくなります!!」
なにやら聞き慣れた声が飛び込んできて俺は正常な意識を取り戻す。マリーがそこにいるのか?ふらふらと左手を上げ、声のする方向に伸ばす。すると、酷いやけどをしていて指が二本ない左手が視界に入った。当然狂い、ワーッと悲鳴をあげて暴れる。
ー
次に目を覚ました時には、全身がヒリヒリする感覚は消えていた。おそるおそる左手を確認すると、何事もなかったかのように綺麗だった。
天井の感じからして、ここは怪我人用のテントの中といったところだろうか。外は静まり返っていて、おそらく今は夜なのだろうと感じる。
「お目覚めかい、英雄さん。何があったか覚えてる?ここがどこで自分が誰か分かる?」
隣でマリーが寂しそうに微笑んでいた。何があったかは大体覚えている。俺が自分を作り替えることで爆弾を取り除き、それをあのバケモノにぶつけてやった。その後は記憶が曖昧だが、アルバートがなんとかしてくれてたような気がする。そしてここはテントで、俺は・・・
「パン「違うよ」」
無意識に出た言葉が食い気味で否定された。どうしてそんな寂しそうな顔をするんだ。感情の理由が読み取れないうちに、マリーは俺の手を引いてテントの外へ出ていく。
そして俺の手を握ったまま、夜の森をずんずん進んでいく。
「覚えてるかい?私は小さい頃体が弱かったから周りの子に混ざって遊べなくて、一人で本読むくらいしか楽しいことがなかった。」
「そしたら君がやってきてさ、一緒に遊ぼうなんて言うんだ。当然無理だと思って断るんだけど、君は人の話を聞かないから私の手を引いてずんずんと山に登っていく。」
「私の息が切れたらおぶって、段差を登れなかったら上から引っ張り上げて、私が蛇に襲われたら追い払って大丈夫だって言って、何が起こっても君は、一緒に冒険しようぜって言って毎日毎日私のことを連れまわした。」
ああ、そういえばそんなこともあった。体弱いのにあんなに連れまわされたら苦痛だろうに、なんて迷惑なことをしてしまったんだろう。
俺は謝罪しようとするが、マリーの言葉に遮られる。
「楽しかった。」
「冒険、とっても楽しかった。世界にはたくさん綺麗な景色があって、色んな生き物がいて、それを見ている時いつも隣には君とかいう漫画から出てきたような変な人間がいて、本の中にしかないと思っていた面白い世界は本当にあったんだって思った。」
「それで君と冒険するうちに体力もついたみたいでさ、他の子供と遊べるようにもなったんだ。本読むしか知らなかった私に、人生に楽しい事っていっぱいあるんだって君が教えてくれた。」
呆然とマリーの言葉を聞きながら手を引かれていると、突然小型のコウモリの魔物が俺に襲い掛かるが、即座にマリーがナイフを抜いてサクッと切り裂く。
やがて視界が開けて、切り立った丘が現れた。マリーは段差にナイフを突きさして身軽にひょいひょいと登り、立ち尽くしている俺に手を貸して登らせる。
「だから君がパン以外に価値ないわけないし!それに、人から認められる以外にも人生って楽しい事いっぱいあるし!」
声を張り上げるマリーとは対照的に、病み上がりだからか俺はもう声もマトモに出せないほど息を切らしていた。
そんな俺をマリーは小さい体でおぶって更に歩く。そして山頂まで辿り着いた時、俺の視界の端に微かな光が映った。マリーはその光の方に指をさして、最後の力を振り絞って叫ぶ。
「ほら見て!綺麗だよ!!」
マリーの背中から降りてふらふらと座り込み、呼吸を整えてその方向を見る。
そこには、山々の隙間でホタルのようにふわりと光る朝日と、青紫とオレンジのグラデーションで彩られた空があった。眼下の森は薄く霧がかかって空と同じ模様を映しており、まるで雲の上にいるような感覚になる。
彼方には逆光で真っ黒になった山や木々が、輪郭をぼやけさせながらそびえ立つ。少し経つと、丘に広がる薄い草が光を反射してキラキラと輝き始めた。
隣には、長い前髪で片目を隠したアンニュイな雰囲気の可愛い女。こんな幻想的で美しい風景はない。俺だけがこの空間で汚い。
「あ、また余計な事考えてるな君は。いつからそんなにネガティブになったんだいホントに、昔そんなんじゃなかったろ。」
「なに?自分だけが汚い?ああ、そういえばめちゃめちゃ大事なことを言うのを忘れてたよ。君さ、頭の中の自己像を頼りに自分の身体作り直しただろ?」
ほら、と手鏡をこちらに向けてくるマリー。うわやめろ、俺は鏡は嫌いなんだ。鏡さえ見なければ俺は超絶イケメンでいられるのに、鏡を見ると薄汚い怪物が映るんだ。
咄嗟に目をつぶり、そしておそるおそる半目を開ける。
そこには、怯えた顔の超絶イケメンが映っていた・・・
「凄いよね、最初見た時腰抜かしちゃったよ。」
「思うんだが、理想というか自己評価というか、そういうものが高すぎるから現実とのギャップで卑屈になるんじゃないの君。」
(別に前の薄汚い怪物の顔だって、魔物好きが高じて学者にまでなった私からしたら相当好感持てたんだけどな。人間に対する好感の持ち方じゃなさすぎて侮辱にも程があるから言わないけど。)
ギャップで卑屈になっている、その通りである。返す言葉もない。いつからこんなになっちゃったのだろうか。
「ま、なんでもいいじゃないか。少しは元気出たかい?私は楽しかったよ、久々に一緒に冒険するの。」
めっちゃ元気出た。明日から自信持って楽しく生きようと思った。本当に感謝してもしきれない。
「そうだ、最後に一つ。自分が誰か分かる?」
「俺は…ロドニー・ファバラス。パンを焼けて…楽しいことをいっぱい知ってた、あなたの友達です。」
「はい、よくできました。」
二人は笑う。そして穏やかな時間が流れる。皆が起きてきて、二人が突然どこかに消えたとキャンプが大騒ぎになるまで。
暇だね、あんたも。