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灯台の下

・学者たちの職場である研究所は、ある程度文明の発達した地域には必ず1つは存在している。それらは基本的に、その地方の貴族たちの金で運営されている。


・マッサージ屋の悪魔のように最近街に悪魔が紛れこみまくっており、おそらく街の近くに悪魔の拠点が出来ている。悪魔が巣食った地域は魔物が狂暴化して他の地域に流出するため、広範囲の地域の生態系が乱れる。今回の調査はその生態系の乱れがどこから来たのか辿っていき、悪魔の拠点を突き止めるのが目的である。

やっぱり俺、護衛なんかやめる。

もう金なんていらない、餓死した方がマシだ。俺は帰る、自分に嘘はつけない。こんなところにいちゃいられない。


「どうしたんだい発作起こして、私の同僚たちが何か失礼なことをしてしまったかい?学者と冒険者の全体会議の辺りから様子がおかしいよ。」


違うんだ、失礼じゃなかったから苦しいんだ。

俺がいつものようにおかしな事をやらかしてしまった時、お前はツッコんでくれるかガン無視してくれるし、ギルドの連中だったら追放するし、警備隊ならとりあえず連行する。

でも、神殿の連中や学者たちはそんな暴力性のある行為に出ずに、怪訝そうな冷たい眼差しを向けて、そして優しく諭してくる。それが怖くてたまらない。


俺は人の気持ちがよく分からないから、慎重に人と接しようが傍若無人に振舞おうが、いずれにせよ人を不愉快にさせてしまう。

ならむしろ他人の目を気にせず発作の赴くままに傍若無人に振舞った方が、大抵向こうもこちらを攻撃してくれるから、ある種対等に接することができる。

でも神官や学者のような理性的な人間には俺の唯一のコミュニケーション手段が通じないんだ、攻撃してくれないんだ。

向こうの得意な理性的でマトモなコミュニケーションを押し付けてくる。奴らが展開したそのフィールドで俺は息をする方法が分からない。


「なんだ、そんなことか。彼らは外面がいいから理性の欠片もない獣のような本性を隠しているだけさ。もう繕わないように言ってくるよ。」

「神官は知らないけど学者なんてね、人間の友達いないから本が友達になった結果学者になっちゃったような社会性の欠落した連中しかいないんだ。君より演技が器用なだけさ。」

「君だって、そうすることで自分を守れるならそうしてるだろ。許してやっておくれよ。」


そんなものだろうか。

少し経ってから恐る恐る木陰から抜け出して隊に合流し、学者共の前に再び顔を出してみる。

すると誰もこちらの存在など気にも留めず、しまいには学者の一人が俺に見られている中ブツブツと誰の論文があーだこーだ呟きながら陰毛を抜き始めたため、マリーの言ったことは真実だったと分かる。他の連中の行動もだいたい似たようなものだった。

こんなに終わっている連中なのに上手く繕って社会に溶け込んでいるというのが、同じ終わっているという条件でそれができない俺からはなんだか格好良く見えた。



木の上にいるアルバートが敵襲とか伏せろとかなんか言い出すまで暇なので、虫メガネで何かの足跡を観察しているマリーに延々とちょっかいをかけている。

そうだ、アルバートで思い出した。決闘した時、アルバートが倒れる寸前に言った個性的職<ガイジョブ>とはなんなのだろうか。


「君みたいなとびきり変な奴にだけ与えられる、美味しいパン屋さんみたいな普段聞いたことない職業のことだよ。」

「君が職業を与えられた時、ずいぶん変な職を貰ってたもんだから本で調べたんだ。そしたら似たような変な職業がいっぱいあったよ、どれも実際に見たことはないけど。」

「え、アルバートがその単語を?随分とニッチな知識に精通してるんだな、私でも知らなかったのに。もしかして彼・・・」


マリーが言い終わる前に、銃声が鳴り響く。


「3時の方向から敵急接近!!数は二体、ドラゴン系だ!!学者は全員キャンプに戻れ!!」


「あらら、話は後だ。頼んだよロドニー!」

3時の方向に走っていったゴメスとミッシェルを盾に、慌てる様子もなくそそくさと撤退する学者たち。俺の知る限り、魔物が接近していると聞くと大抵の人間は慌てふためくのに、随分と慣れているものだと感心する。


「介護士の女が居なくても僕の指示で動けるか?メンヘラ甘ちゃん野郎。腑抜けて戦えないようなら仕事中だろうがなんだろうが今度こそ殺してやるからな。」


そうか、こいつ耳が良いからマリーとの会話全部聞かれていたのか。恥ずかしい。

そして悔しいが、今回の煽りは全く否定する気になれない。確かにいつもいつもこんなにも何もかもマリーに世話になりっぱなしじゃダメだ。

あいつがいなくてもやることやれるようになって、それでパン焼ける以外にもあいつの役に立ちたい。

そのためなら気に食わないがアルバートの命令でもなんでも聞いてやる。さぁ、なんでも言ってみやがれ。


「フン、多少はマシなツラになったか。それじゃあ状況を説明するから耳かっぽじってよく聞けよ。」

「今回、敵の接近を許してしまった理由がある。奴らは遠くから走ってきたんじゃない、突然僕たちの近くに出現したんだ。だから最悪の事態として、キャンプ地にも突然魔物が湧くことが想定される。」

「お前には一旦ゴメス達と合流して魔物と戦ってもらうが、僕が合図したらすぐ撤退してキャンプ地に全速力で走れ。お前が辿り着くまでキャンプが無防備になるが、そこは僕が狙撃で挑発してなんとか時間を稼ぐ。分かったな?」


俺が首を縦に振ると、アルバートは空に向かって発砲する。いつもの銃声とは違う、キィィィンという特殊な音がこだまする。アルバートいわく、これが合図の音だという。

俺はしっかりと音を脳裏に焼き付けて、ゴメス達に加勢するべく脇目もふらず駆け出した。



学者の仕事は、冒険者たちに凶悪な魔物を押し付けてからが本番だ。一体どんな魔物が発生しているのか、どれほど狂暴化しているのか、遠くから安心して観察できる。

双眼鏡で冒険者達の戦っている魔物の姿を確認すると、巨岩を数珠つなぎにして作ったオオトカゲの彫刻とでも言うべき、無機質な姿の怪獣が映る。

あれはおそらく、岩石竜アモルゴン。本来は地中に生息している魔物のはずであり、地表に出てくる事など滅多にないはずである。

それが二体も出現しているというのは悪魔の影響としか考えられない訳だが、悪魔の出現による魔物の狂暴化・生態系の乱れが地中の魔物にまで影響を及ぼすケースというのはあまり聞かない。

ならばもしかすると、今回追っている悪魔の拠点は地下空間に存在していると考えるべきなのかもしれない。

だとしたら街の地中深くに暮らす魔物も、いつ活性化して街に出現しだしてもおかしくない。というか今まで出現していなかったのが不思議なくらいだ。街の近くの森でこんな簡単に地下の魔物と出くわすのに、なぜ街にだけピンポイントで出現していなかったのだろう。

思索を巡らせていると、ふと恐ろしい仮説が脳裏に浮かぶ。


街の下にいるのが、魔物ではなかったとしたらどうだろう。悪魔の拠点は、私たちの住む街の地下に存在している可能性がある。

この説ならば、街に平然と悪魔が紛れ込むという不可解な現状にも説明がつく。

しかし、本当に街の地下に拠点があるとしたら、どうやってそんな所に拠点を作ったのだろうか。

普通に考えたら、街の外のどこかから街の地下に繋がるトンネルのようなものがあると考えるべきだろうが、今回の調査でそれらしいものが見つからなかった場合、連中は街の中から直下に掘り進んで地下空間を作ったことになってしまう。

地下空間を作るなどという相当な規模の工事が街の中で行われていたら話題になるに決まっているので、本当に街の中から拠点を作ったのなら街の中に悪魔を匿っている人間が存在する可能性が浮上する。



「どうしたんですかマリーさん、そんなに怖い顔をして。なにか、気付かれましたか?」


調査団のメンバーの一人、ジェフィールドがニコリと笑みを浮かべながら私の顔を覗き込む。こいつは確か、今回の調査を視察するとかいって上の連中がよこしてきた学者だ。

はい、これはまだ仮説にすぎないのですが・・・と前置きしてから先ほどの説を提唱しようとして、その行為の危険性に気付く。

大規模な工事を隠蔽するには、誰の目にもつかない広大な土地を与える必要がある。ということは、匿っている人間はどこぞの地主など貴族級の立場である可能性が高い。

それこそ、我々の研究所のスポンサーの中に混ざっていても不思議ではないのだ。ジェフィールドがそいつの差し金で送られてきた人間だとしたら、私が真実に気付いたのを悟られたら後で消されるんじゃあるまいか。


「まだ仮説にすぎないのですが、なんですか?」


気味の悪い笑みを貼り付けたまま、ジェフィールドは問いかける。頓珍漢な説を唱えてやり過ごすことも頭をよぎったが、下手に大嘘をつくのは逆に真意を悟られそうで危険度が高い気がする。

私は悪魔の拠点が地下空間にある可能性にまで触れて、街の地下に目星をつけていることは言わなかった。そして、街の外を徹底的に調査して地下空間を見つける必要性があると結論付ける。


「なるほど、確かにそれなら岩石竜アモルゴンが発生していることに説明がつきますね。ところで、何故さっきあんなに瞳孔が開いていたのですか?冷や汗も出ていたようですが?地下空間に悪魔の拠点があることがそんなに恐ろしいのですか?」


ちっ、よく見ていやがるな。

私は、地下から生えてくる魔物には今回のようにアルバートの索敵が通用せず、いつ奇襲を受けるか分かったものではないため、非常に危険な調査になることを主張する。今この瞬間にも足元から魔物が生えてくるかもしれないと思うと緊張感が高まる、とため息をついてみせた。

そしてジェフィールドに話のペースを握られる前に、目がいいアルバートよりも意識を集中したら殺気を察知できるロドニーを索敵担当に据えた方が地下の連中相手には安全なのではないか、そもそもこんな状況になったならいっそ一度帰還して、護衛の人数を補充してメンバーを再編成して出発すべきなのではないか等、調査の安全性に関する意見を次々とまくしたてる。


「成程、ごもっともです。では冒険者たちが帰ってきたら再び全体会議を行って今後の方針を決定しましょう。」


よろしくお願いします、と頭を下げる。そして、これから地図を見て地形を確認しながら地下空間への入り口の位置に目星をつける、集中したいから一人にさせてくれと理由を付けてその場を去った。



「……一体どこまで本当なのやら。マリー・シェイド、要注意ですね。」

ジェフィールドは去っていく小さな背中を睨んだ。

暇だね、あんたも。

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