風穴
護衛の仕事というのは頭数が必要なので、最低でも4人のパーティを組んで行われる。
街の掲示板はどこを見ても、俺を追放したギルドを期待の新星として祭り上げる記事で持ち切りだった。
メンバーの精神衛生のためにキモい奴らを全員追放するのはギルド体制の大革新の一環だったらしく、人員整理以外にも酒場の設備強化や福利厚生の充実など、冒険者達が快適にギルドを利用できるようありとあらゆる施策を行った結果、優秀な冒険者が大量に加入したらしい。
俺を追放したせいで没落でもしてくれたら溜飲も下がったのだが、そんなに世の中都合よくはいかないみたいだ。
なら俺が思い描けるスカッとするシナリオはただ一つ、外れアビリティとしか思えないこの小麦塊創造<クリエイト・パン>を反則級の能力まで昇華させて成り上がるしかない。
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クリエイトパンを何度か使用して分かったことがある。
1つは、この能力は厳密に言うとパンが出せる能力ではなく、「自分がパンと思っているもの」を出せる能力であること。
例えばサンドイッチは俺の中ではパンのジャンルだったので出すことが出来たが、ハンバーガーはハンバーガーというジャンルだったので出せなかった。
しかし、ハンバーガーはサンドイッチのようなものだから、サンドイッチがパンである以上ハンバーガーもパンの一種とも言えるのではないかという解釈を行うことにより、ハンバーガーも出せるようになった。
この性質を利用し、狂った拡大解釈を無理やり自分に言い聞かせることで、フライパンとか平気で出せるようになった。
正直なところ、自分を騙す感覚をかなり掴みつつあるため、頑張ったらドラゴンだって出せるのではないかという手ごたえがある。
2つ目は、創造系の能力全般に言えることだが、創造したものの質量がより多く、仕組みがより複雑であるほど体力の消耗が激しいということ。
そして、体力の限界を超えているイメージを創造しようとすると、イメージの形質をなんとなく保った劣化版が出てくるということ。
実際、ドラゴンを召喚してみようとはしたのだが、出てきたのはヤモリだった。
それでも生物一匹を創造するというのは凄まじく体力を消耗するらしく、創造した瞬間全身の穴という穴から血が溢れ出した。
今は40℃の熱を出しながら寝込んでいる。調査の日までに回復するといいんだが・・・むにゃむにゃ
「寝言が長すぎてキモすぎる。」
「あと、3つ目を忘れてるね。どうもこの能力、使えば使うほど美味しいパンが出せるようになるみたいだよ。」
「死にかけで体力無いくせに今朝『看病の礼だ』って出してくれたちっちゃいロールパン、昨日のより美味しかった。」
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調査団のキャンプの中には、屈強な冒険者が詰められたテントがあった。
「俺様は戦士のゴメスだ!よろしくな!ガッハッハ!」
「魔道ガンナーのアルバート。お前らせいぜい僕の足を引っ張らないことだな。」
「白魔道士のミッシェルです。皆様が傷ついた時は私にお任せください。ほんとは怪我しないのが一番なんですけどね。」
「おいし・・・じゃなくて格闘家のロドニー!!格闘家ね!!俺格闘家」
不審な挙動で唾を飛ばしている俺に、他の連中が自己紹介した時とは種類の違う視線が集まる。
俺は嘘をつくのが苦手なので、どうにも美味しいパン屋さんと言いそうになってしまう。だが、そんなこと言ったら護衛パーティーの空気が死ぬほど不穏になるから格闘家と名乗っておけとマリーからのお達しだ。だが俺の嘘つけない気質のせいで、嘘ついた方が空気が地獄になっている気がする。
「・・・えー、ゴホン!そんじゃ仕事の打ち合わせといこうぜ!」
「えっと、まず平常時は五感の発達してるアルバートさんが索敵を行って、戦闘時は後方支援しながらキャラバンに指示を出す、監視塔・司令塔の役割をしてくれるんですよね」
「フン、そんな退屈な仕事はしない。雇用主はそのつもりで雇ったようだが、僕はそんな仕事に収まらないスペシャルな存在なんだ。」
「ざけんじゃねぇ!!給料貰ってんなら働け!!そんなもん泥棒と変わんねぇだろうが!!真面目に生きろ!!」
「なんだ、やるか筋肉バカ!!お前みたいな低能が僕を差し置いてリーダーだってのも気に食わなかったところだ、ここで殺してやる」
「ちょっと!やめてください二人とも!特にアルバートさんやめてください、頭おかしいんですか」
ミッシェルの必死の仲裁によって、渋々アルバートは役割を受け入れる。
ゴメスが頭おかしい人に目をつけられてトラブルの発生源になってしまった以上、実質的なリーダーはミッシェルかもしれない。
「次に、襲撃を回避できなかった場合は、学者たちに被害が出ねぇように重装備の俺様がミッシェルの回復を受けながら肉壁として食い止める!」
「最後に、ロドニーさんが機動力を活かして遊撃の役割を担い、敵の群れをくぐりぬけて司令塔を潰したり、ゴメスさんが通してしまった敵を潰したりする・・・で、よろしかったでしょうか?」
「よろしくないな。一番判断力が要求される役割をこんな見るからにアホな奴に託すなんて、どうかしてるんじゃないのか?」
俺はアルバートに煽られてカッとなり、ワーッと大きな声を出してしまう。そして飛びかかろうとした次の瞬間、誰かに後ろから肩を抑えられ、聞き馴染みのある声で我に返る。
「だから君のような優秀な頭脳を持つ人間を司令塔に置いたのさ、アルバート君。上手くこのアホを使ってやってくれ。」
(ふぅ、様子を見に来てよかった。せっかく無理やりねじ込んでやったのにトラブル起こさないでおくれよ)
マリーが俺の肩を握る力が強くなる。俺がトラブルメーカーみたいな扱いが非常に納得いかない。どう考えても悪いのはこいつじゃないか。
(こういう手合いなんてね、適当に持ち上げて能力を評価してやったら素直に言う事聞くんだよ。留置所送りをタダ飯チャンスと解釈するような、プライドって概念が希薄な君には理解しがたいかもしれないけどさ。とにかく上手くやっておくれよ頼むから。)
なるほど、そんなものか。確かにマリーの言葉を受けて、アルバートのやつ随分と素直に立場を受け入れた様子だ。俺も適当に持ち上げて能力を評価してみよう。今後の仕事のためにアルバートと仲良くなるんだ。
「アルバート・・・お前、めっちゃ頭いいんだろうな。九九とか出来そうだし。顔もなんか、かっこいいしさ、あの、あれだ、にんじんみたいにシュッとしてて、いいよな。」
「ハイ殺す。お前、殺戮決定。表出ろ。」
「もおおおおおお煽らないでくださいよロドニーさん!!」
アルバートと決闘をすることになってしまった。
止めようとした周囲の人間は全員、頬をかすめる威嚇射撃を食らう。もう誰もアルバートを止められない。
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テントから出た瞬間、アルバートは「殺戮開始!!」と叫んで俺の額に至近距離で銃弾をぶっ放してきやがったので、俺はそれを上体を反らして紙一重で回避する。
その光景は一見、俺が銃弾より圧倒的に早く動くことで密着射撃を避けたように見えるのだろうが、流石の俺もそんなことはできない。
俺が虫と揶揄される所以の一つとして、ゴキブリやハエのように殺気を感じ取れる超感覚が備わっていることがあり、それによって相手が攻撃動作に入る前にこちらの回避動作が始まっているのだ。
そしてアルバートが銃撃を避けられた事に気付く頃には俺はとっくに回避の動作を完全に終えており、それどころかアルバートの胸倉を掴みあげる寸前だった。
ここまで動きのテンポに差が出てしまっては、回避も迎撃ももはや間に合わない・・・はずだったのだが、アルバートがボソボソと口を動かした瞬間、爆風のようなものが俺とアルバートを吹き飛ばす!
「言わなかったか?僕は『魔道』ガンナーなんでな・・・風魔法が使えてしまう、ってワケ。」
アルバートはバックステップを繰り返しながら銃をこちらに乱射してくる。
俺は不意打ちを食らって体勢を崩している上、互いに吹き飛ばされて距離が開いたせいで完全に奴が俺の間合いから外れてしまっているし、今も奴は離れ続けている。一気に攻防が後手に回ってしまった。
ならばこっちも遠距離攻撃を使うまでだ。回避に専念しながら少しずつ肺に空気を溜めていき、一瞬の隙をついて周辺の酸素が薄くなるくらい一気に息を吸い込む。
そしていつもの発作のように叫んだ。
ワアアアァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
テントが吹き飛び、ゴメスは耳から血を吹き出し、ミッシェルは気絶し、マリーは死んだ。
肝心のアルバートは・・・白目を剝きながらも立っている。そして震える手で銃口をこちらに向ける。
やはり距離がかなり離れていたから一撃で仕留めることは出来なかったようだが、白目の剥き方ならさっき叫んでた時の俺だって負けていない。
フラついている隙に、今度こそ胸倉を掴んで顔面をボコボコにする俺の勝利の黄金パターンに持ち込んでやる。
俺は駆け出し、弾を見るのではなく銃口と殺気を視る要領で、最小限の動きで弾丸を避けながら一気に距離を縮めていく。
「くっ、ちょこまかと小癪な奴だ・・・銃口を見てるんだろ?だったら、『こう』さ。」
俺とアルバートの位置を結ぶ線に垂直になる方向から、強風が吹き始める。そしてアルバートは明後日の方向に銃口を向け・・・
放たれた弾丸が、俺の腹を貫いた。
「殺気や銃口は視えても、風の強さまでは視えないようだな。なら結論出たよ、視えちゃう僕の勝ち。」
風で銃弾が曲がることを考えて偏差撃ちをしてきやがったのか。確かに俺は風なんて意識したことがないからそこまで感じ取ることはできない。
そんなことされたらもうとにかく凄いスピードで自分も相手も予測できないくらいデタラメに動き回って運で避けるくらいしか思いつかない。
こうなったら回避なんて運に任せて、撃たれまくる痛みに耐えながら攻めて攻めて攻めまくってやる。俺は覚悟を決めて、踊り狂いながら変則的な軌道で距離を詰めにかかった!!
「はい、風向き変更、向かい風。お つ か れ さ ま で し た。」
指パッチンと同時に、俺とアルバートの間にだけ吹く暴風。俺は一気にスピードが落ちるのに対して、アルバートはみるみるバックステップで距離を離していく。
距離が詰めれないなら遠距離攻撃だ、一気に暴風を吸い込む!!
「え、普通に耳塞ぐけど?一度食らった攻撃を食らうほどバカじゃないよ、お前じゃないんでねぇ!!」
俺の攻撃はどれも軽く対処されてしまうのに対して、向こうは攻撃もきしょい煽りも苛烈さを増していき、俺にどんどん風穴が空いていく。
こうなったら遠距離攻撃その2、投石だ!!俺はとにかく石という石を拾っては投げつける。俺の恵体から放たれる剛速球は向かい風なんかに負けず、アルバートの元までしっかりと威力を保ったまま届いていく。しかし、咄嗟に防御したりマズい当たり所を外したりする余裕があるようで、どうにも決定打とはなりきらない。
だったら、石を見えなくしてしまえばいい。俺は能力を発動し、先ほどの普通の石ではなく、石を具にしたロールパンを投げつける。そして大量のただのロールパンをダミーとして投げつける。
「くっ、お前!!格闘家のフリした美味しいパン屋さんだったのか!?まずい、注意して見れば空気抵抗の感じから石入りが分かるが、全部を瞬時に把握するのは・・・!?っぐ!!っがぁっ!!」
目論見通り、連続でクリーンヒットしている。そして大きく怯んだ隙に今度こそ距離を詰め・・・胸倉を、掴んだ。
「この僕が、負ける・・・!?そんな、嫌だ!!あり得ない!!あってはならないんだそんなことは!!やめてくれええええええッッ」
アルバートの顔面を、ボコボコに殴り飛ばす。撃たれた分を全て返すように殴り倒す。煽られた分も返そうと思ったが煽り返す語彙がないため、大声でバカアホきもい死ね消えろと叫びながら一心不乱に殴り倒す。
「この僕が・・・美味しいパン屋さんごときに・・・個性的職<ガイジョブ>野郎なんかに・・・!!」
そう言い残してアルバートは倒れ、それを見届けた直後に俺も意識が途絶えた。
その後、ミッシェルが俺の大声の被害者を治療・蘇生して回ったようだが、俺とアルバートだけ治療してくれてなかった。悲しかった。
風穴が空いてしまったのは、果たして体だけなのか。
暇だね、あんたも。