素顔
この世界では、神から天職が授けられるらしい。
学者の職を授かれば元々の記憶力や洞察力が倍以上に跳ね上がり、戦士の職を授かれば筋力や武具の扱いの技量がこれまた元々の能力の倍近く跳ね上がる。
そして、黒魔導士の職を授かれば攻撃魔法を覚え、白魔道士を授かれば回復魔法を覚えるなど、職業によってはアビリティと呼ばれる特殊な技能の開花が付属する。
「えー、マリー・シェイド、学者・・・と。で、ロドニー・ファバラス・・・あれ?君の職業<ジョブ>なんだっけ?」
「無職だ」
どうも調査団に参加するメンバーが確定したのでお偉いさんに提出する名簿を作っているらしい。俺の名前も無事そこに書けることになったようだが、残念ながら仕事は先日失ったので書けない。
「いやいや、なんの仕事してるかじゃなくてさ、神殿で貰うジョブだよ。戦士とか黒魔導士とかの」
「そっちも無職だ」
「いや、君素手でも強いから格闘家とかでしょ、そういうのいいから早「無職だ」」
沈黙が流れる。
俺もかつて冒険者になろうとした時、神殿に行ってジョブを授かろうとした事はある。
しかし神殿の荘厳で神聖な空気が非常に耐えがたく、俺のような汚い人間が居てはいけないような場所に思えたのだ。周りにいる神官、他の冒険者志望、挙句には花壇の花や柱さえも俺を拒絶しているように見えて、世界そのものに殺されるような感覚に陥り、無理すぎてその場にうずくまって叫んでしまい、つまみだされたのだ。
だからジョブがなくても入れるような、人を選んでいる余裕のない五流のギルドに所属していた。
そして少し経営が軌道に乗って四流と呼べるくらいになった頃、人を選ぶ余裕が出来たらしく俺はお払い箱となった、というわけだ。
「とは言っても素行を原因に追放されたんであって、実力はA級冒険者のそれじゃないか。なんで無職でそんな強いの、おかしいんじゃないの。」
「君がジョブを貰えばきっと今度の調査で戦略兵器レベルの戦力になれるよ、つまみ出されないように見張っといてあげるから今から一緒に神殿行こう。」
嫌だ、断固断る。視界にあの清廉な空間を入れたくない。綺麗な水には魚は住めないように、この家みたいな散らかった無秩序なきったねぇ空間でなければ俺は死んでしまう。
俺は地面に転がって手足を振り回す。
「きったねぇくて悪かったね。そんなに神殿を視界に入れたくないなら、ほとんど視野がない仮面でも被っていけばいい。ほら、行くよ!」
持つべきものは天才すぎる幼馴染だ。
ー
仮面のおかげか見知った人間が近くにいるおかげか、特に発作もなくとうとう俺がジョブを授かる順番がやってきた。
ある程度本人の特性に応じた職業が貰えるらしいので、俺は戦士か格闘家か、あるいは敏捷性が高いから意外と盗賊系のジョブかもしれない。
期待に胸を踊らせていると、神官が俺の踊り狂った胸に手を当てて何かを唱え始める。
詠唱が終わると同時に神官の手から光が放たれ、俺を包み込んでいく。そして、次の瞬間凄まじい程のエネルギーが全身から湧き出る・・・ことはなかった。
「おめでとうございます。貴方は神より天職を賜りました。」
「貴方の天職は・・・」
「『美味しいパン屋さん』です。」
何を言っているのか分からなかった。もう一度言ってほしい。
「『美味しいパン屋さん』です。パン工場等に勤めるとよいでしょう。」
ふざけるな、俺は荒っぽい仕事しかできないぞ。なんか戦闘に使えるアビリティとか覚えなかったのか。
「小麦塊創造<クリエイト・パン>という魔法を習得しております。体力を消費して手からパンを出せるでしょう。打撃をふわっと受け止めれるかも」
悔しかった。あんなに怖かった神殿に勇気を出してやって来たのに、こんな何の意味もないジョブしか貰えなかったのが情けなかった。
感情が昂ぶり、顔をかきむしろうとして仮面に阻まれるが、リミッターの外れた指の力でそれを引き裂いていく。
次は目の前の神官を引き裂いてやる、そう思って掴みかかろうとした瞬間だった。後ろから聞き慣れた声質の聞き慣れない声色で
「やった!!私パン好きなんだよ!是非毎日作ってくれ!」
と聞こえ、俺は動きを止めた。
「なんだいその顔、戦闘系のジョブが貰えなくて不満なのかい?君、素でA級なのにこれ以上戦闘能力いる?こっちの方が便利じゃないか。」
そんな気もしてきた。
それからもマリーは料理苦手だから飯を用意する居候がいると助かるとか、そもそも忙しくて買い出しもあまり行けないから手からパン出る手軽さが素晴らしいとか、お前の体力なんて無尽蔵だから実質食費が0になるようなものだとか、俺の貰ったクソ職業を随分と褒めてくれた。
それらに実感を得ないままに適当に相槌を打ちながら、俺は今湧いている不思議な感情の正体を探している。
例えるなら、神殿の空間に拒絶されて発作が出た時のちょうど真逆のような感情だった。
ならば拒絶の真逆にある何かを受けているのか、と思い至った瞬間、自分が他者から必要とされたのが久々であることに気付いた。
ギルドに加入したての頃は腕っぷしの強さのおかげで、ギルドメンバーに今のこの瞬間と同じ程度にはちやほやされていたものだが、次第にそれは無くなっていった。
その果てが追放。だとしたら再び誰かに存在を承認されたこの瞬間は、まるでギルドに再加入できたかのような嬉しさがあった。
「じゃあ、これから毎日パンを焼くよ、俺」
「うん!是非そうしてくれ!」
やはり悪くない心地だ。早速帰ってパンを焼くことにしよう。壊れた仮面を回収し、素顔で神殿の出口まで歩く。
扉を開けて外に出ると、雲の隙間から日が差していた。
暇だね、あんたも