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不愉快な表現が含まれるかもしれません。不愉快な表現が好きな人はお読みください

追放の理由は単純なものだった。

所構わず鼻や歯カスをほじる、ギルドの便所を流さない、数m先まで咀嚼音が聞こえる、唾を飛ばしながら喋る、動作が気味悪く昆虫じみている、その他もろもろ・・・要するに俺の不潔性は社会に受け入れられなかったということだ。

俺だって好きで不潔に生まれたわけじゃないのに酷い話である。そうは思わないか?マリー。


「思わないよロドニー、君の不潔行動はだいたい気を付けたら治せることばかりじゃないか。なにがどうなって生まれのせいになるんだい」


こいつは昔から俺の事をぜんぜん分かってくれない。こいつが分かってることといえばせいぜい魔物の生態や生息域、それらから剝ぎ取れる希少品についてくらいのものだ。

お前にはそれしかないんだから、早く魔物狩りのスポットを教えるんだ。俺は追放されて明日の飯に困っているんだ。幼馴染が餓死してもいいのか。


「君みたいなのと好きで幼い頃から馴染んでないんだよ、餓死でもなんでもすればいいさ。私は忙しいんだよ、今度の調査の護衛に雇ったA級冒険者が今になってどっか消えやがったから代わりを探さないといけないんだ」


ふざけるな、ちょうど目の前に仕事に困ってる元A級冒険者がいるのになんの当てつけだ。俺を雇え俺を!

近所迷惑と公害のちょうど中間のような大声で騒いでやるが、マリーは俺に視線を合わせることなく冒険者名簿とにらめっこ。

そのうちに近所から通報があったようで、警備隊が駆けつけて俺を留置所まで引きずっていった。これで明日の飯には困らない。





暇すぎる。暇だから歌ってたら隣の奴にうるさいって怒られた。ガタガタうるさいのはお前だ、悪い事したんだから相応に嫌な目に遭う事を受け入れやがれってんだ。


「悪い事なんかしてねぇよ!ただ気付いたらナイフ持ってて、目の前におっさんが血まみれで倒れてて・・・」


悪い事してるじゃん、なんなんだこいつ。


「うぅ、なんなんだよ俺の人生・・・A級まで上り詰めて、今度デカい仕事も入って、あんなに順風満帆だったのに・・・冤罪で捕まるし、隣のやつ変だしよぉ」


泣き出しちゃった。なんだか可哀想だからしばらく慰めてやってると、看守共が新たな囚人を連れてくる。


「離しなさいよ!!私は殺しなんかやってない!!」


また似たようなことを言っている。めちゃめちゃシラを切ったらなんとかなる事に賭けて通り魔するのが流行ってるのだろうか。そういえば俺がここに来る前から、街で通り魔が流行ってたな。

俺も襲われたことあるけど、皆から昆虫と揶揄される程の最強すぎる敏捷性でナイフを回避して顔面をボコボコにしてやったっけ。

その後、通り魔は自分が捕まりたくないから警備隊に報告しに行かないだろうということで、めちゃめちゃ追いはぎしてやった。

戦利品は銀貨2枚、旅人の服、俺を刺そうとしたナイフ、冒険者バッジ、最近開店したマッサージ屋のクーポン・・・そういやあのクーポン、そろそろ期限が切れるような気がする。もったいないから脱獄してマッサージしてもらおう。





目の奥あたりが重くなってきたので、一旦仕事を中断して外をふらつく。困窮した幼馴染を追い出してまで冒険者を漁った甲斐あって、なんとか護衛には目星がついた。これなら少しくらい休んでも調査の準備は間に合いそうだ。

あいつには悪い事をしてしまったな、今頃ほんとに餓死してないといいけれど。

護衛というのはただやってくる敵を粉砕していくような仕事ではなく、むしろ冒険者ならではの鋭敏な感覚と経験を駆使して危険を察知し、予めそれを回避するような側面が強いためあいつには向かない。

魔物狩りの方ならまだ出来るだろうが、それも獲物を逃がさないための追い込み方、戦利品をダメにしないように狩る方法、さまざまな留意事項があって、ただ腕っぷしが強ければ成功するものじゃないから長いこと説明をしないといけない。

だからまた時間のある時に会おう、と言って一旦帰ってもらえばよかったのに、忙しくて気が立っていたからって売り言葉に買い言葉で少々突き放しすぎたように思う。

あいつは不潔でモラルに欠けるが、私の基準では悪い奴じゃない。少なくともギルドを追放されて辛い境遇の時に突き放しても心が痛まない相手ではないのだ。

無意識に漏れたため息が白い事に気付き、夜風に流されていくそれを追う目線の先に、見慣れないあばら家があった。


「国王も認めた最新のリラクゼーション法」

「脳が洗われるような体験!」

「最高の癒しをあなたに」


なるほど、ここが噂のマッサージ屋か。国王は多分わざわざこんなの認めていないのだろうが、街では疲れが全部取れるとか、頭がスッキリするとか評判だ。

普段ならその施術法が効くというエビデンスを求めるところだが、今の私はとても疲れている。こんな時くらいよく分からないものにお遊びで縋ったっていいだろう。





「あ~凝ってますね~、リンパの流れが澱んでます」

「ほら、力を抜いて・・・ここにリンパ集まってるんでね」

「ここを押すとリンパの流れが良くなるんですよ~」


それしか言えないのかこいつは。しかし腕は確かで、どんどん体が楽になって・・・余計な力が抜けて、意識までふわついてくるのを感じる・・・


「お客さん冒険者の方ですか?非常にしなやかな良い筋肉がついておられますが」

「いえ・・・ただの学者です・・・フィールドワークで街の外によく出るので・・・少しは戦闘もできないと・・・」

「なんとなんと、学者様でしたか。それでは次に脳を洗浄しますので、私の言うとおりにしてくださいね」

「息を吸って・・・吐いて・・・目を閉じてください・・・」

「あなたは草原に寝そべっています・・・とても心地良い風が吹いており、だんだん力が抜けていって・・・あなたの意識は空気と一体化していく・・・」

ああ、私の意識は空気と一体化して・・・ん?


まずい、これは催眠だ!!この感覚、魅了<チャーム>か何かかけ





気が付くと一通り施術が終わっていた。少し記憶が曖昧だが、とりあえず外に出て人を殺せばいいのは分かっている。

私は店主に礼を言って代金を払うと、次回に割引されるクーポン、そして帰りの道中に人を殺す用のナイフを渡された。なんてサービスのいい店なんだろう。

早速人を殺そう、殺さなきゃ、殺すしかない


「おっ、マリーじゃん。お前も来てたのか、ここ」


ロドニーじゃないか、さっきは悪かったな、お詫びに殺してやる!とっさにナイフを振りぬく。

しかし気持ち悪いほどの俊敏なステップで回避され、顔面を軽くビンタされる。痛い。殺意一辺倒の意識から、頬の痛みに意識をとられていく。

痛がる私が、殺したがる私を見つめる。こいつはなんでこんなに殺したがっているのだろうか。あれ、私は・・・





虚ろな目で意識を混濁させているマリーを部屋の隅に放り、マッサージ屋の店主と向かい合う。

施術を受けたと思われるマリーの様子は以前に追いはぎした通り魔の様子と同じだった。ということは、最近の通り魔ブームはコイツの激ヤバマッサージによって作り出されたものであると考えるべきだろう。


「くっくっく、殺戮人形を作った場面を見られてしまっては、お客様を生かして帰すわけにはいきませんなぁ・・・魅了<チャーム>!!」


店主が術を唱えた瞬間、俺の脳内に思念の濁流が流れ込んでくる。


「完全にリラックスさせて外界の情報を全て受け入れる状態まで持ち込まねば人形には出来ませんが・・・警戒した相手でも動きを止めるくらいは造作もない事。」

「お客様のような魔法力のない人間ではこの術を防ぐ術はないでしょうねぇ。どうですか、わたくしの術の味は!」

「人間というのは実に脆い。普段から法や常識やモラルに支配されているし、他人の感情を察知して一喜一憂する。こんなに支配の術が効く種族は人間だけですよ!」


「言いてぇことはそれで全部か。」


俺は最強すぎる敏捷性で一瞬にして距離を詰め、店主の胸倉をつかんで顔面をボコボコにする。

俺がその術効きやすいような高尚な人間なら追放されずに済んでんだよ、俺だってそんな普通の人間に生まれたかったよ、でもなんかこんな風に振舞っちゃうんだよ、くたばれ。

悲しみの拳が店主の顔を砕くと、人の皮がズルリと落ちて中から悪魔族と思われる顔が出てきたので、もう一回砕いたら、頭蓋骨が出てきた。

さすがの悪魔族もここまでやったら死んだだろう、胸倉から手を放して部屋の隅に突き刺さったマリーに駆け寄って引き抜く。


「大丈夫か?」「めちゃめちゃ痛いんだけど。もうちょっと普通に助けれないのかい?」

「ありがと。」「おう。」

「一人で歩けるか?」「おかげさまで捻挫してるよ。なんであんな力で部屋の隅に放った?意味あった?面白くないよそれ」





それから二人で色々なことを話しながら帰路についた。


マリーは俺にずいぶん感謝してるらしく、無理やりにでも俺を護衛の仕事にねじ込んでくれること。今回の事件の後処理、悪魔の死体の引き渡しとか警備隊への状況説明は脱獄犯の俺じゃなくてマリーがやってくれること。今回のように街に悪魔が紛れ込んでいるのは最近じゃ珍しくないらしく、おそらく街の近くに悪魔の拠点が出来ていること。悪魔が巣食った地域は魔物が狂暴化して他の地域に流出するため、広範囲の地域の生態系が乱れること。今回の調査はその生態系の乱れがどこから来たのか辿っていき、悪魔の拠点を突き止めるのが目的であること。

後はいつものように魔物の生態がいかに奥深いかマリーは話してたが、つまんなかったから聞いてなかった。

俺からは全身の関節という関節を外して鉄格子の隙間から脱獄した話、途中警備兵に見つかったら木のふりをしてやり過ごした話とかをしてやった。マリーはつまらなそうだった。


「ところで調査に出発するまであと3日あるのだけれど、君確かギルドの寮に住んでたから今寝る場所ないよね?宿屋に泊まる金はあるの?」


ない。ギルドの連中と賭けしまくって貯金なくなったと同時に追放されたのだ。俺は全財産を毎晩博打につぎ込むことで結構な金持ちと一文無しを一定の周期で繰り返していたのだが、ちょうど一文無しの時期に追放されたのは非常に間が悪いというものだろう。


「ったく、君ってやつは・・・」

「トイレ流すなら、ウチに来てもいいよ。」

「流します。お世話になります。」


俺はこの日、一つ真人間になった。追放記念日にするより、こっちの方が良いな。

暇だね、あんたも

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