大人の階段は登ってからが本番である。その5
またしばらく馬車は道を走り、だだっ広い土地にぽつりぽつりとあるカントリーハウスの中の一つに止まった。アルベルトさんに促され馬車を降りるとそこにはこぢんまりとはしているが、とてもオシャレでモダンなお屋敷があった。既に使用人の方々が、俺たちの為に前乗りして忙しく動いてらっしゃている。
ルゥはお屋敷を見るなり眼を輝かた。
「ふわあ⋯凄く綺麗な建物やわぁ⋯アルベルトさん!!見に行ってええ!?」
「勿論どうぞ。あなた方がお使いになるお屋敷ですよ。遠慮などいりませんよ」
わーい!!ってな感じでルゥはお屋敷の中に入って行った。俺は外観のシンプルながら綺麗に纏められた意匠を眺めている。
そんな中サテラ様が口をひらく。
「とても綺麗なお屋敷ですね。ただ⋯本宅とデザインの方向性が違いますね。これは作られた方が違うという事ですか?」
「ほっほっほ。サテラ様、正解でございます。こちらはご存じの通り先代の旦那様が建てたものでして本宅の方は先先代様が建てられました。先先代様は商才溢れるお方では有ったのですが、無類の派手好きでございましてな。本宅の方も先先代様の意向を強く反映されて建てられました。あの頃は色んな方があの屋敷に出入りされていましたなあ。まだ子供だった私の眼には華やかな世界に感じておりましたが、まさか裏であの様な苦労があったとは思いもよりませんでしたよ」
「子供の頃からお屋敷づとめを?」
「ええ、私の一族は代々ラズール家に仕えておりまして、子供の時には先代の旦那様には可愛がってもらいました。私自身は一人もの故、子供はおりませんが後継は育成しておりますよ」
「それで、苦労とは?」
「ええ、先先代は思い付きで新事業をどんどん立ち上げるものですから従業員はてんてこ舞い。しかも立ち上げた事業のうち何個かは当たってしまうので親族の方でも中々文句も言えず仕舞いでして。先代の旦那様は先先代の立ち上げた事業の不採算部門の処理を押し付けられておりましたな。処理が完了するまで実に二代かかりましたよ。最近まで旦那様は走り回っておられました。そんな頃の名残ですな、あのお屋敷は」
しみじみと、そして遠い眼でラズール家の歴史を語るアルベルトさんであった。
天才を稼働させる為には数多の優秀なる凡人が必要なのですなあ。人は一人では生きて行けないのである。
「その反動かはわかりませんが、先代の旦那様は派手を好まず質素倹約を良しとしておられましたな。まあ、周りの者に押し付ける事はありませんでしたが自然と周りも合わせ始め、先先代も亡くなり屋敷に訪れる人も減ると同時にそれに対応する使用人も減り今に至ると言った所でしょうか」
「なるほど。それで屋敷の規模の割に人員の数が少なかった訳ですか」
「はい。まあ、それが要因で今回の様な事が起こってしまった訳ですが⋯今度は毎夜のパーティーの為では無く警護の人員を増やさねばなりませんな」
「そうですね。微力ながら私も応援したいと思っております」
そんなAIと老人の会話を横目にただ頷くだけの俺であった。俺もなんか話さないと駄目かな?なんか話題は⋯こういう時はなんか褒めればいいって誰かが言っていた!!
よし!!建物を褒めよう!!
「しかし一見地味に見えますが、細部にこだわりを感じるデザインですな。先代様は余程注力されていた様で」
「ええ、旦那様にとってこのお屋敷は唯一贅沢と言える物だったのですよ。自分の引退後の為に建設時には自ら現場に出て指揮を取るぐらい実にこだわっておりました。そんな旦那様もこのお屋敷でお亡くなりになられましたが、とても幸せそうな穏やかなお顔でした」
えっ!?ここで亡くなったの!?じゃあ事故物件!?あっ!!自然死だから違うか。良かった、某サイトに載るような物件じゃなくて。
と、なんかほっとした所で改めて屋敷を見上げると二階の窓からルゥが顔を出した。
「兄さ〜ん!!このお部屋すっごい綺麗やえ!!」
遠くからでも彼女のキラキラした眼が分かる。そんなにすごいのか!?
「本当にこだわっていた様ですね」
「ええ、自慢の屋敷です。ぜひご覧下さい」
アルベルトさんの案内で俺はルゥ待つ屋敷へ入った。
一通り部屋や施設を見せてもらい使用方法の説明を受けると俺達はこの屋敷の鍵束を受け取った。これはどれがどれの鍵かを覚えるのが実に大変そうである。
それから俺達も引っ越し作業に加わり動いていると、色々終わる頃には日がすっかり傾いていた。使用人の皆様は早々と撤退準備を始めている。
そんな中アルベルトさんが語りかけてきた。
「作業も一通り終わりましたので我々はこれで。ルゥシエル様ご所望の機材に関しては揃え次第こちらに搬入させて頂きますのでお待ち下さい。それでは我々はこれで、あとはお若いお二人で夕べをお楽しみ下さい。それでは!!」
最後の最後で下ネタをぶっ込んできたアルベルトさん改めエロオヤジはお辞儀をすると使用人の皆様と共に早々にさっていくのであった。
「確かに若い男女が一つ屋根の下、何も起きないはずがなく⋯」
「おい頭桃色AI!!少し黙ろうか」
「いややわぁ〜まだ手も繋いだ事も無いのにいきなり同衾なんて」
「いや君、昨日の事をもう忘れたか?俺の部屋に突撃した挙句俺のベッドでそのまま寝ちまっただろうが!!」
「ああっ!?確かに!!ウチいつの間にか花を散らして大人の階段を登ってしまったんえ!?」
「お〜っと馬鹿が増えたぞ〜もう突っ込まない!!突っ込まないぞ〜!!」
「ん〜、でもなぁ⋯さっき部屋見て回ったけど、寝室一つしかなかったえ」
「ん?なんと?確かに先程のお屋敷探訪では寝室は一箇所しか案内されなかったが⋯もう一つ同じ物があるんじゃあないの?」
「なかったわ。ウチ全部屋見て回ったけど無かったえ」
「あ〜そうですか。あのエロオヤジ⋯」
「やはり何も起きないはずがなく!!」
「なんだ!!なんだったら巻き起こしてやろうか!!登らせてやろうか!!大人の十三階段を!!」
キャ〜と、なんとまあ緊張感の無い叫び声を上げ屋敷の廊下を走りだすルゥ。
それをこれまた緊張感の無い脅し文句を上げながら追いかける俺。
それに茶々を入れるAI。
もしこれがアニメの一場面だったら、二人と一機の声が漏れ出る屋敷をから夜空に向けてパンアップし、そこにはサムズアップしているアルベルトさんが映し出されたに違いない。
こうして、一人の老人の悪戯か気遣いに翻弄される我々であった。




