不運は大体重なる
「う⋯うう」
おお、気が付いたのか?さあ、この世界で初めて会った知的生命体よ。いったい何を話してくれる?
と待っていたい所だが、こういう時は確認の為に声掛けしなきゃならん。
「気が付きましたかー?大丈夫ですかー?自分の名前解かりますかー?」
倒れている人への声掛けってこんな感じでいいんだっけ?まあいいいや。とにかく反応するか確かめんと。
「⋯た⋯」
「はい?」
「⋯す⋯た⋯」
声が小さくてよく聞こえない。耳を彼女の口元に近づけて何とか声を拾おうと頑張る。
すると、蚊の鳴くような声で力なく呟いた。
「おなか⋯すいた⋯」
「あ~、なるほど。空腹ですか⋯⋯」
空腹かあ。そういえば俺も丸三日何も食べてないな。これもギアのフィジカルアシストのお陰である。一週間は飲まず食わず眠らずで行動できるエキセントリックな機能である。全くこの機能を作った奴の血は何色だ?
「サテラ。食料ってあるのかい?」
「生鮮食品はありませんが、レーションなら各種取り揃えてありますよ。それと嗜好品もそれなりに揃っています。空腹で倒れられるくらいですから、あまり胃に負担がかからない物が良いとは思います。しかしながら何せレーションなので高カロリーパワー系のメニューが多いのですよ。この中から選ぶとなると・・・・」
「自衛隊のレーションの中でコーンポタージュがあったはずだけど」
にわかミリオタだからわかる自衛隊レーションのメニュー。未来世界でも残ってるかな?
「検索⋯ありました。これでいきましょう。温めるためにヒートパックも用意しますのでストレージから取り出してください」
「あいよっと」
ストレージ内に手を突っ込み、用意されたポタージュ入りパウチとそれを入れるであろう保温袋みたいな素材でできたA4封筒程度の大きさの袋を取り出す。うん。俺の知ってるヒートパックじゃない。なんかボタンと小さい窓?ディスプレイ?が付いてるし。
「これがヒートパックかえ?水を入れろとも書いてないし、どうやって使うの?」
「化学反応を利用した加熱方式のヒートパックは廃止されました。現在では省電力発熱素子と高安全性小型大容量バッテリーが開発されたおかげで何回でも使用できるものに置き換わっております。軍としてはヒートパック自体を廃止して食物に発熱機能を付ける研究をしたみたいなのですが、怪しい薬品が入った物は食べたくないと兵士たちから大ブーイングを喰らいまして今に落ち着いたみたいですね。人間は食に関しては保守的なのですね」
「そりゃ、自分の身体に入るものだからな。後で薬害がありましたてへぺろなんてシャレにならんからねえ」
「てへぺろ?何か気になりますが、今は使い方の説明を」
一通り説明を受け、その通りにやってみる。なんて事はない。パウチをヒートパックの中に入れてボタン横の安全装置を解除してスタートボタンを押すだけ。あとは10分から15分待つだけだ。
温め方が変わっただけで、やる事は俺の世界とそう変わらなかった。
待っている間にポタージュを入れるカップとスプーンを用意する。
軍用らしくカップも金属製だ。
俺はギアの機能のおかげで空腹を感じていなかったが口寂しかったのでココアを入れることにした。コーヒーが苦手なお子ちゃま舌なのと甘いものが欲しかった。
水が入ったパウチをヒートパックに入れ加熱する。本当なら焚火でもして、ケトルで湯を温めるのが風流?なのだろうがすぐに動けるような体勢でいないといけないから。
先にポタージュが温まったのでカップに注ぎ入れる。温度はすぐに飲めるぐらいの温かさにした。余り熱いと食べにくいだろうから。カップを持ち彼女の横に座ると、肩を軽くたたき俺は話しかける。
「おーい。大丈夫かあ?取敢えずスープ食べられるか?」
「スープ!?」
そう答えると彼女の目がカッと見開き俺の持っているカップを凝視する。カップを差しだすとまるで引っ手繰る様に俺の手からカップを取り何の躊躇もなく口を付けた。ゴクリゴクリと液体が喉を通る音が聞こえてくる様な実に見事な飲みっぷりだった。見ず知らずの男から差し出された物に対し何の警戒もなく一気飲みするあたり、本当に腹が減っていたのであろう。アツアツにしてなくて本当によかった。
「ぷはーー!!うまあーー!!」
鼻の下に黄色いヒゲをたくわえて味の感想を言うエルフさん。味には問題なかったようで良かった。
「落ち着いたかい?」
紙製ナプキンをストレージから取り出し、面白い顔になってる彼女に渡すと少し恥ずかしそうに口の周りを拭いた。
「ありがとなー騎士様。おかげで元気でたわあ~」
騎士様とな⋯?それになんで怪しい関西弁?小声でサテラに話しかける。
「なあ、騎士様って言われたのと何で彼女関西弁しゃべってるの?」
「騎士はギアが甲冑に見えたからではないかと。それと関西弁について私はデータを持ち合わせてはいませんので何を仰ってるのかわかりませんが、おそらく方言をあらわしているのではないでしょうか?我々に搭載された翻訳システムの機能の一つでは?ちなみに私には怪しい南部訛りに聞えます」
日本人とアメリカ製でちゃんと別けられているとは、一体誰がこのシステムを構築したんだ?
まあ今良い。とにかく折角あった第一現地人から情報をもらわねば。
「騎士様?さっきから誰と話してるん?」
ああ!!しまった!!彼女から見たら独り言を話す痛い奴に見えるじゃないか。
う~ん。痛い奴に見えたのならこのまま突き進んでやる!!
「いやあ、こんななりしてるけど俺は騎士じゃないよ。何というか、弓兵に近いというか⋯俺自身なんて言い表して良いかわかってないんだよねえ。それと話してる相手だけど、俺にしか見えない?いや、声が聞こえない⋯妖精さんがいる⋯みたいな?」
どうだ!!いい大人が妖精さんとか言い出したぞ。痛いだろ!?
「へえ~そんな立派な鎧着てはるからてっきり騎士様かと思ってしまったわぁ~。人間の国には色んな方がおられますなぁ。それに妖精と会話できはるって兄さんすごいなぁ。ええなぁ。うちも話してみたいわぁ」
あら?意外な答えが返ってきたぞ。この世界では妖精さんはメジャーな存在なのかしら?
「ちょっとサテラさん。なんか妖精さんが普通に存在するらしいぞ。こりゃ本格的にファイナルなクエスト的世界じゃないか?」
「貴方の思われている世界がどういう物か私には分かりませんが、異世界だという事はわかりました。さて、この方は私と話がしたいとの事ですが、ギアのスピーカー機能を使えば会話は可能ですよ。スピーカーの使用許可を頂ければすぐにでも話せます」
「え~と。妖精さんなんだけど、俺の鎧?を通して話せるそうです」
「鎧を通して?なんや良く分からんけどお話しできるん?」
「そうみたい。それではサテラさん、どうぞ」
「どうも初めまして。私はこの人間に取り憑いている妖精のサテラと申します。以後お見知りおきを」
「わぁ!?女の人の声がした!!」
まあそうよね。こんな真っ黒な厳つい鎧から女性の声がしたら、そりゃビックリしますわ。
しかし取り憑いているってどういう表現じゃ?いきなりオカルティックじゃないの。
「ところで、お名前を聞いて宜しいですか?」
サテラの問いにハッとさせられる。そういえば彼女の名前も知らなけりゃ俺も名乗っていなかったじゃあないか。どう切り出そう・・・?
「ああ、ごめんなぁ。助けてもろって名も名乗らんと失礼やったわぁ。うちルゥシエル言います。よろしゅうお願いします。そんで、妖精さんがサテラさんな・・・で、お兄さんの名前はなんて言いはるの?」
はいキター。ナイス名乗りチャンス!!この機会は逃さんよ!!
「ああ、はい。俺⋯僕⋯私⋯?ええっと、ああ⋯イルマ⋯です⋯」
はい、名乗りしっぱーい!!彼女を前にしたら急に緊張しちゃってこのざまよ。
女の人、それも綺麗な人の前では対応力ダダ下がりの悲しい非モテ彼女無し男の性よ・・・。
まあでも気持ちを切り替えてお話ししなくては。先ほどから言っているように情報が欲しい。
「イルマさん言うの?ほんま助かりましたわぁ。ありがとうございます」
「いやあ⋯⋯」
どうしよう・⋯頭が真っ白で会話ができない。俺こんなポンコツだったっけ?会社の女子社員とは普通に話しできたよ。業務連絡だけど⋯。ああ自分が情けなくなってくる。
「ルゥシエルさん。どうしてあのような所に倒れられていたのですか?」
サテラが俺の代わりに質問をしてくれた。持つべきものは妖精もといAIである。
もう俺寡黙キャラって事にして黙ってようかな⋯。
「ルゥシエルは長いからルゥでええよ。あとさん付けもいらないわぁ」
「そうですか。では私もサテラで結構です。それではルゥ。何があったのですか?」
そうだよ。このクソデンジャラスビッグフォレストで女一人何があったのよ?
普通こんな所来ないでしょ。まあ、この世界の普通が今わからない訳ではあるが⋯。
あ、お湯沸いた。お話はサテラに任せてココア入れよう。
「うちなあ、薬師やってるんよ。そんでな数日前に村近くの森に薬草摘み行ったんよ。摘み終えて家帰ったら家燃やされててなあ」
「ええ!?」
いきなりのカミングアウトに俺とサテラが同時に声を上げる。家燃やされるってよっぽどの事よ!!一体何があったのよ!?
「それは⋯凄い事だなあ⋯」
俺の生きていた世界ではあまり見ない事におもわず声が出た。
「ですねえ」
サテラさんの世界もそうか。
「やろぉ~?まさか族長派がこんな過激な事するかーって思うてたんけど、族長自ら手下引き連れて出張ってきたのにはびっくりしたわぁ~。汚物は消毒とか叫んでなぁ。今姿見せたら殺される思って逃げてきたんよ。そんでな、どうせ村を出るなら人間の街に行って冒険者やりたいな思ってん」
「そんで道に迷った訳ね⋯」
「そうなんよ~。野草を食べて何とか凌いできたんけど葉っぱだけだともたんなあ。ここの森、食べられる木の実とか根っことか見当たらんしお腹にたまる物食べられへんかったえ倒れてしもたんよ」
そんな倒れていた貴女をトカゲが食おうとしてたけど言わんでおこう。余計な情報を与えて怖がらせる必要はない。
「それは災難でしたね。それで?族長と貴女の間に何があったのです?私非常に気になります」
そうそれ。何があって彼女の家がレッツバーニングしたのか?私も気になります。
妻子ある俺の元上司が経理の女との浮気がばれてプロゴルファーのファーストショット並みに飛んでった時ぐらい興味があります。やっぱチタンヘッドは違うねえ。
「うちの村なあ、前に流行り病に侵された事があるんよ。そん時なあ、あくまで精霊魔法で病を治す族長派と、病に効く薬をつくらなあかんっていう創薬派にわかれてしまったんよ。本当なら両方やれば良いはずなのに何故か割れてしまったんよ。精霊魔法は確かに凄いえ。でもなあ、使える人に限りがあるからたくさんの人が病にかかってしもたら対応できんのよ。薬なら精霊魔法ほどの劇的な効き目は無いけど、用意しておけば対応できる。だからうちな、いっぱい薬作ったんよ。それにこれから来るであろう新しい病にも対応しないといけない思うていっぱい研究もしたんよ」
俺はただうなずく。村の習慣やら細かいことは良く分からんが苦労があった事は良く分かった。
権力者との軋轢はつらいねえ。
「そしたらな。病気を広めたんはうちや言われてん⋯」
「はあ!?」
また思わず声が出た。努力している者に対して何という仕打ち。いくら仲違いしているからと言ってやって良い事と悪い事ぐらいあるだろう。病を治す者に対して病を広めていると嘘を流すのは許される行為では無い。今すぐ族長とやらに一発お見舞いしたい気分だ。
「うれしいなあ。うちの為に怒ってくれるん?ありがとねえ。でも大丈夫、有難い事にそんな噂信じる人は少なかったんよ。元々創薬派は村人に近かったから。それによっぽど重い病気にかからない限り精霊魔法のお世話にはならんしなあ」
「質問です。その精霊魔法という物は何ですか?」
そういえば魔法って言ってましたねえ。魔法⋯。ファンタジーらしくなって参りました!!
「精霊に魔力を渡して望みの魔法を行使してもらうって事⋯だと思うんやけどなあ。サテラは妖精さんなのに精霊の事知らんの?」
まあ妖精ってただの設定ですから。まあ電子の妖精とか戦闘妖精とかじきに言い出しそうで怖い。
「はい。わかりません。存在しているレイヤーが違うと思われますのでこの世界の精霊というモノを私は知りません」
「知らんのかあ~。でもこれから見れるかもしれへんよ」
「楽しみにしておきます」
「そんでなあ、理解ある人達のお陰で何とかやってたんよ。でもなあ、族長派には猛烈な信奉者がおるんよ。精霊魔法に自分や家族を助けられた重症だった人達の事な。その人達からみたらうちは精霊魔法を汚す悪に見えたのかもしれんなあ。だからと言って家を燃やされるいわれは無いわなぁ」
そんなヘヴィーな体験を笑いながら話す貴女は大物なのか?ただ笑うしかないのか?まあとんでもねえ目に合った事だけは事実だ。正直俺にしてあげられる事は無いから、せめて話を聞いてあげよう。
「要はうち、族長派の不興を買ったという事なんやろなあ。でもまさか実力行使にでるなんてなあ⋯
いくらなんでも色々すっ飛ばし過ぎやわあ。族長はあんな激しい人ではなかったのになあ⋯。うちの家を燃やしてた時のあの顔⋯まるで別人の様やったわあ⋯」
「とにかく大変な目に会ったのだな。まあ、生きててよかった」
「ほんま、よかったわあ。散々な目には会ったけど今生きてるし、美味しいスープも飲めたし、人間の兄さんに会えたから街の場所はわかった様なもんやわあ。運気が上がってきたかもなぁ」
「え⋯?街の場所⋯?」
「んん⋯?今ウチなんかおかしい事ゆうた?兄さん街から来たんえ?」
あ~はいはいそういう事ですか。俺が人間の街から来たと思っているのね。あ~どう説明しようか⋯。
「あーちょっとお待ちを。サテラと話し合うので⋯」
小声でサテラに話しかける。
「おい、どうするよ!?どう説明する!?」
「正直に話した場合、頭のおかしいコスプレ野郎の称号は免れないでしょうね。ここは事実を織り交ぜながらぼやかしましょう。」
「わかった!!」
「ええっと。ルゥシエルさん」
「ルゥでええよ」
「それではルゥ⋯さん」
「さんもいらん」
「では⋯ルゥ⋯残念なお知らせがあります」
役立たずで本当にごめんなさい。