第十一話 出発の時
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オレは所用を満たすためにいくつかの店に立ち寄ってから、レイたちを迎えにホテルへと向かった。
そしてホテルの前ですでにチェックアウトしていた母親とレイを見つけた。
「領主様、おはようございます、レイご挨拶して」
「うっせーな。別にいいだろ。そのくらい」
「いや大丈夫だ。別に挨拶くらいしなくていいよ。それよりリオノーラさん、本当に今日からうちの実家で働いてもらうことになっているけど大丈夫かな?」
リオノーラはレイの母親の名前だ、前回別れ際に聞いていた。
「はい、もちろんです。領主様には感謝してもしきれません」
「いや正式にはまだ領主じゃないんだけどなあ。それに申し訳ないがきっと辛い扱いを受けるかもしれない、、けどきっとすぐになんとかしますからどうにか耐えてください」
「領主様がきてくれる前より辛いなんてことはありませんわ。それに私はどうなってもいいの、レイさえ助けることができれば」
やはりこの人からは前の世界のオレの母親と同じ雰囲気がした。他人が困っていると絶対に助けてしまう性分で多分たくさん騙されてきただろうにそれでも人を信じることをやめない人だった。オレはバカな生き方をしているなあと思いながらも心のどこかで尊敬していた。
オレはこのまま彼女らを連れてダイン家へ戻った。
「ディラン様、戻りました」
オレは玄関を開けて呼びかけた。
「これが新たなメイドです」
「リオノーラと申します。不束者ですが宜しくお願いします」
彼女は挨拶をした。
「ナイーブ、先に彼女に仕事の引き継ぎを頼む」
「わかりました、ミゼル様」
彼女は笑顔で答えた。
「この家から解放されるのがそんなに嬉しいのか?」
ディランはナイーブの態度にケチをつけているが気にしていない様子だった。
「そんなことはありません。ただミゼル様と他の国に行けることが嬉しいだけです」
彼女はあっけらかんとして答えた。多分本音だろう。
「私は先に領地へと向かいますので失礼いたします、ディラン様」
オレは別れの挨拶をしてそそくさと家を出た。こんな家に思い入れなど一切なかったし、悪い思い出ばかりだったから早く出発したかったのかもしれない。
「ナイーブ、オレとレイは先に向かっているから終わったら合流しよう」
「はい。お気をつけて」
新たな領地はここから10キロ程度離れたところにある。そのまま向かうこともできたがある程度ダイン家から離れたところでオレは先にレイに話をつけておくことにした。
「レイ、話がある」
「なんだよ、急に」
「まずお前、自分の立場わかってるんだろうな?」
「は?」
レイはなんのことかわからない様子だった。
「ダイン家ってのはな、まともなところじゃない。オレは養子だったからあの家にとって異物だった。ほとんどそれだけの理由でオレは家族ぐるみでのいじめに耐えてきた」
「だからなんだよ?」
「今お前の母親はそこで働くことになったんだ。わかるか?」
「だからなんだって言ってんだよ?」
「まだわからないのか。あんなところで働いてたんじゃお前の母親はもう何ヶ月も持たないってことだ。オレだって正気を失いかけるほどのいじめに耐えてきた。オレはまだナイーブがオレを庇ったりしていたからマシだったかもしれないがお前の母親をかばってくれる人間なんて今いないんだぜ」
「チッッッッッ、お前オレを脅してんのかよ?」
「脅している?オレはお前ら親子を助けてやったんだ、一時的にな。だからそれに見合う成果ってモンを出すのが筋ってところだろう?」
「お前、最初からそれが目的か。だから母さんの弱みにつけ込んだな?オレという弱みに」
「お前だけではない。お前の母親だってあんなところで過ごしていたらいつか死んでいただろう」
「死ぬ?そんなわけあるかよ。オレと母さんはずっと屋根だってほとんどないボロボロの家で二人きり過ごしてきたんだ。体だってその辺の人間なんかよりずっと強かった。その母さんが外で生活した程度で死ぬなんてことある訳ない。クズの父親のせいでオレが奴隷商に売られなかったら今だってあのボロ屋で暮らしていたはずだったんだ」
『コイツ、自分の母親があの場所で何をさせられていたか知らないのか。いやそれもそうだな。コイツは初め見た時から髪が黄色いことくらいしか印象になかったが、年齢的に見ても12歳程度。成人した男が女に対してどんな欲望を抱いているかなんて知る由もない、、か』
「そうか、確かに彼女は体が強かったから今も健康だっただろうな、、、、病気さえなかったら、、」
「母さんが病気だと?どういうことだ?」
「お前の母親はひどくやつれていなかったか?あれはオレが思うにかなり重たい病気だ。きっとお前に心配をかけさせないために隠しているんだろう」
「なっ、、」
レイは動揺を隠しきれていなかった。もちろん真っ赤な嘘であったが、不定愁訴なんて言葉があるように人間は自分が健康なのか、自分の体に不調があるのではないかという疑念から逃れることはできない。それゆえ医者に『どこどこが悪いですね。薬を出しましょう』なんて言われた日にはそれを疑いもせず簡単に信用してしまう。それに病気を抱えているかもしれないのが自分の愛する人間だったら、、、、その結果はいうまでもないだろう。
それにオレには今得られた二つの情報からコイツら親子をオレに従順な駒として利用するための策を思いついていた。策といっても大したものではない。逃げ出す可能性のあるレイを病気の母親を理由にオレから逃げられなくする一方で、母親にはあのスラムで男に何をさせられていたのかをレイに話さない代わりに病気であるように振舞わせるというものだ。こいつの母親にはまだ何も説明していないがきっとうまくいくだろう。
「レイ、お前はオレに従っていればいい。そうすればオレはお前の母親をダイン家から救い出してやる。それに初めてお前にあった時も言ったではないか。上流階級の人間に復讐したいんだろう?それはオレの目的でもあるから手を組もうではないか、と」
そうだった。レイが奴隷小屋から出るきっかけになったのはオレが上流階級層・上級国民に対する憎悪を持っていることを知ったことだった。そしてレイが完全にオレに賛同したのは彼が社会の仕組みを知ったことだと思う。オレはレイに対して、貧富の差が生まれるのは貧しい人間が努力しなかったからではなく、富を持った人間がそうさせているということを教えた。貧しい人間が今の生活に満足していても富を持ってしまった人間はそう簡単には満足しなくなってしまう。それゆえ彼らは持たないものから搾取するようになる。すると富は自動的に上流層にながれ、優雅に暮らすものとそうでないものという構造に変わっていく。
今行動を起こさなければお前は一生搾取される側なのだということを知ったレイは思い当たる節がいくつ持ったのだろう。すぐにオレについていくという決断をしたという訳だった。
「わかったよ。じゃあオレはどうすればいい?」
「そうだな。まずはオレのことはミゼル様と呼べ。それに敬語を使うことを忘れるなよ」
「はあっ?なんでだよ?」
ボコッッッッ
レイは跪いた。オレはレイの顔面を思い切り殴っていた。その行動をとったのは今まで家族に殴られた分の鬱憤を晴らすためというよりオレ自身のプライドの高さに起因するところが大きかった。ずっと抑圧されていたオレの自尊心が格下の人間からの不遜な態度によって爆発したというところであった。
「レイ、次にオレに馴れ馴れしく話しかけるようだったら奴隷商なんかよりもっとずっと暗くて恐ろしいところに送りつけるからな。オレに従っておくのがお前にとって最も得策だということを忘れるなよっっ!!」
「は、、はい」
レイは弱々しく小さな声で返事をした。年端のいかないガキがこれだけ本気で殴られたんだから頭の中は恐怖でいっぱいだろう。それに最初はあんなに優しそうだった人間がここまで豹変したのだから頭の理解が追いつかなくても無理はない。
「さあ、いくぞ」
「ミ、ミゼル様、どうやってオレの母親を救い出してくれるん、、だ、、です、、か?」
レイはなれない敬語を使ってオレに質問する。
「お前にしてはいい質問だな。それはオレがあの国の領主になってから見せてやる。具体的な方策はお前ごときに教えてはやらん。だが絶対うまくいく」
レイは俯いている。
「お前はナイーブというオレの奴隷、、いやメイドを覚えているか?さっき一瞬だけ見ただろう?」
「は、はい。ミゼル様と同じくらいの年齢の女で、、した、、」
「アイツの前ではオレは人を殴るどころか、虫も殺せないような優しいやつとして振る舞うから絶対にオレの本性を明かすような真似だけはしてくれるなよ?」
ナイーブはオレの優しいところが好きだと言っていた。アイツのオレに対する恋愛感情は必ず利用できる。オレはアイツの前では優しい男でいなければならない。
だがオレも自分が完璧ではないことをわかっている。ボロが出始めたタイミングで何かに利用して捨てる。現在のナイーブに捨て駒としての価値が十分にあることは家族から身を挺してオレをかばっていた所から明白だった。
「わ、わかりました」
彼は訳も分からないまま返事をしているようだ。そのやりとりの後オレは自分の全ての荷物をレイに持たせて歩き始めた。
それからというもの、オレたちは無言でだいぶ長いこと歩いてきたように思える。おそらくあと少しで領地に着く。
「レイ、この領地についてお前はどのくらい知っている?」
「こ、この領地は、た、確かドラコンという名前で争いも少なく平和な村ということでし、知られていたと思い、、ます。それでいて他国から、攻められても結束力が強、くて、、えーと、、」
オレが怖くて仕方ないのか、レイは怯えながら、そして言葉に気をつけながら喋っている。
「もういい」
ドラコンという名前なのか。それにナイーブの言っていた通り防衛力が高いことも事実なのだろう。レイのような無教養のガキですらその事実を知っていたのだから。
そしてオレとレイは領地周辺に到着した。いきなりここの新たな領主だと言って足を踏み入れても誰もオレのことを信用しないだろう。国の支配に必要なのは恐怖か信頼である。今のやせこけていて汚い身なりのオレに恐怖するものなどいないだろう。
だがオレはすでにこの国から信頼を得る方法をいくつか思いついている。
あとはそれを実行するだけだ。
オレたちはそのまま領地へと足を踏み入れた。
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