婚約破棄?そんなの、あり得ませんわ。
エメンシア・ハルゲルト公爵令嬢はそれはもう、前向きで明るい令嬢だった。
ルレイド王太子殿下と長年、婚約関係にあったが、そんな彼が、王立学園の卒業パーティで、婚約破棄を宣言し…かけた。
「エメンシア。そなたとの婚約破棄をせん…」
「お待ちになって。王太子殿下。」
エメンシアが豪華なドレスを翻し、ルレイド王太子に近づくついでに、扇で王太子の隣にいた変な女をぶっ叩いたらその女が壁に向かって吹っ飛んで行った。
ルレイド王太子がふっとんで行った女の方を向こうとしても、それを許さない。
両手でこちらへ強引に顔を向かせて、
「婚約破棄とは何です?わたくし達は卒業と同時に結婚するはずですわ。」
「いや…だから…そなたは、男爵令嬢マリアをっ…」
「マリアって男爵令嬢?何故、わたくしが男爵令嬢ごときと関わりを持たねばならないのです?」
「マリアがそなたから虐めを受けたと…」
壁に激突して倒れている変な女をチラリと見つめ、
「あれがマリアですか?マリア。」
ルレイド王太子が壁の女の方を向こうとしても、その顔を両手でしっかりと押さえ込んでいるので、彼はその女を見る事が出来ない。
「マリアだっ。マリア。そなたが吹っ飛ばした…」
「知りませんわ。そんな女。壁に飛んで行った?変な虫が王太子殿下の傍にいたからですのよ。」
そして優しく囁く。
「王太子殿下は照れ屋さんだから、もう、仕方ありませんわね。皆様。」
卒業生達はびくりとする。
エメンシアは高々と宣言した。
「わたくしとルレイド王太子殿下は卒業と同時に、長きに渡る婚約期間を終了して結婚致します。お祝いをお願い致しますわ。一人、そうね…金20。品物でもよろしいですわよ。」
全員がひえっーー。高っーー。と口々に言っているが、そんな事は関係ない。
エメンシアは更にルレイド王太子に畳みかける。
「結婚式はかねてから準備していた神殿で行うという事でよろしいですわね。国王陛下と王妃様には先日、確認を取りましたわ。両陛下とも結婚式の準備には 抜かりないと おっしゃっていました。わたくし健康には自信ありますのよ。子供も沢山産みますから、側室なんていりませんわね。それから、王妃教育も優の最高級の優で終了しております。それはもう王太子殿下の為に役に立てますわ。」
エメンシアの取り巻き令嬢達が二人の周りに集まって、
「おめでとうございます。王太子殿下。エメンシア様。」
「本当に今日はめでたい卒業パーティですわ。」
壁際で身を起こしたマリアを誰かが踏んずけたようだ。
べしょっと…
男子卒業生たちも二人を囲んで。
「これはめでたい。本当にめでたい。」
「エメンシア様が王妃様なら国も安泰ですな。」
こうして卒業パーティは何事も無かったかのように続けられ、そして終わった。
「結婚式は一月後だったな…」
何事もなかったかのように、ルレイド王太子がエメンシアに尋ねてくる。
「ええ。そうですわね。ドレスの試着を午後から致しますの。御覧になります?」
「是非とも見たい。綺麗だろうな。エメンシア。」
ルレイド王太子の脳から、すっぽりと男爵令嬢マリアの事は抜けたようだ。
マリアがどうなったかと言うと、マリアの家の男爵家は無かった事にされ、
王国から存在が抹消された。
マリアと言う生徒もいなかったことにされ、人々の会話から、抹消された。
別に魔法を使ったわけでもない。
皆、エメンシアが怖いのだ。
「王国は何事もなく、今日も平和ですわね。」
「本当に、平和が一番ですな。」
王宮の中ではのんびりとした貴族達の会話が行われる。
とある王国の卒業パーティは、婚約破棄すら、うやむやに終わる程、平和であった。