白亜の牢獄
目が覚めるとそこは見覚えのない部屋だった。体に違和感はなく、五体が問題なく動くことを確認し、ゆっくりと身を起こす。そして部屋だけでなく、自分自身のことさえも覚えがないことに気づく。
記憶喪失。そう思い至ると同時に一般的な知識は残っていることに安堵する。
「さて、それでどうするかな」
部屋は質素な作りとなっており、白を基調としたその見た目は病室のようであった。事実、患者衣を着ており、何かしらの理由で入院していたのではないかと推察する。しかし、部屋には誰もおらず、外部と連絡が取れるような装置なども存在しなかった。
「とりあえず部屋から出れば誰かに会えるだろう」
そう言って男は部屋を後にした。
部屋の外も思っていた通り白を基調としており、やはりどこかの病院であるようだった。しかし、期待していたような人影はなく、その様子はどこか不気味ですらあった。
「おかしいな・・・。流石に誰かしらはいると思ったんだが」
男はようやくこの状況がおかしいことに気づき始める。
「しょうがないから探検といきますか」
誰にともなくそう呟き、足を進める。
「この施設、おかしくないか・・・?」
男はしばらく歩きながら部屋を見て回るものの、誰かと会うどころか人の気配すら感じることが出来なかった。
「そもそも今は何時なんだ?扉はあっても窓がひとつも見当たらないなんて、ありえるのか?」
そうひとりごち、もしかして地下施設なのかと考えていたところに
「お前、何者だ!」
鋭い声が響く。男は驚きながら振り返るとそこには同じような患者衣を着た活発そうな少年が居た。
「何者かと言われてもあいにく何もわからなくてね。逆にここがどこかわかるなら教えて欲しいんだが?」
「まさか・・・お前も何もわからないのか?」
「お前もってことは、君も何もわからないのか?」
「そうだ、気がついたらここに居て・・・でも誰もいなくて」
「ふむ。ならとりあえず一緒に人を探すとしようか」
「しょうがないな・・・わかった」
男は少年はお互いが同じような状況であったことを悟り、共に行動をすることにした。
「お前、名前は?」
「残念ながら、覚えてないな。記憶喪失ってやつだろう」
「その割には冷静なんだな」
「焦ってもしょうがないしな。そういう君の名前はなんなんだ?」
「俺も覚えてない。たぶんお前と同じだ」
「とりあえずお互いに何もわからないってことだな。誰かしらがいればいいんだが」
しばらく二人で歩き回るものの、同じような廊下と部屋が続くばかりで誰にもあわず、何かしらの情報も見つけられなかった。
「ちょっと休憩しようぜ。疲れたきた」
「そうだな、ここまで探しても何もわからないのは流石におかしいしな」
「どうしたらいいんだよ・・・くそ」
いくつ巡ったかわからない部屋で座りながらそんな会話をしていると、コツコツと物音が近づいてきた。
「あしおとか・・・?」
「見に行ってみようぜ」
音に近づいていくと、そこには杖をついた老人が歩いていた。
音の正体は杖をつくおとであった。
「じいさん、あんたは記憶があるか?」
出会った直後ということを考えれば失礼なその質問も、この異常な状況であればふさわしいように見えた。
「・・・ふむ、その質問から察するに、おまえさんたちも記憶がないようじゃな」
「も、ということは、どうやらまた迷子が増えてしまったようだな」
「残念ながら子って歳ではないようじゃがの」
「生意気なじじいだな!」
成り行きと集まった3人であったが、同じ境遇であったためか自然と仲間意識が芽生える。そのためしばらくは行動を共にするようの思えた。
が
バァン!!
目の前の扉を吹き飛ばしながら何かが飛んでいく。突然のことに誰も反応することができずにいた。だが、その飛んできた何かがもとは自分たちと同じような格好の人間であることに気づくと同時に一番の違いにも気付く。
「死んでいる・・・」
「な、なんだよこれ!!」
「ふぅむ、面妖な・・・」
三人のもとに飛んできたのは死体であり、意識していなかったがその衣服はさながら死装束のようであった。死因はわからずともその目に生気はなく、体は不自然に折れ曲がったままであった。そして吹き飛んできたということは吹き飛ばされた理由があり―――。
「お、今度は3人もいやがるじゃねぇか」
荒々しい言葉遣いとともに現れたのは病的なまでに白く、そして細い女であった。
「おまえはいったい!?」
突然の展開に男は驚くも、素早く警戒体制を取る。
「おいおい、まさかそんな呑気なこと言ってる奴がここに居るとは、な!」
そう言うと同時に女はその目に殺意を持って突進してくる。
「くそっ!」
男はなんとか距離をとり逃げおおせるも
「あ・・・がっ!」
女の手は少年の首にかけられていた。
少年は男のように反応することが出来ずにその魔手に捉えられ、今にもその命を散らしそうであった。
「おまえ!!」
「他人の心配をしている場合か?」
「どういう・・・ぐっ!」
男が女の言葉の意味を考えようとしていたところ、背後からの痛みに思わず呻く。
「そういうことか・・・」
「そういうことなんじゃよ」
背後から杖で襲ってきた老人が苦々しそうにつぶやく。
「悪いが記憶がないもんでね。俺が何をしてそんなに恨まれるようなことをしたのか教えてくれるかい?」
「その質問に答える前にこいつを片付けさせてもらうぞ」
女はそういうと、少年の首をそのままへし折ってしまった。
「・・・・・なぜ殺した」
「なぜってそれがここのルールだからだよ!殺さなきゃ、殺される。それがこの牢獄でただひとつの決まりだ!」
「いったい誰に殺されるって・・・ぐぅ」
殴られた痛みとは別の苦痛が身体を駆け巡る。
「ずいぶんもったみたいだが、そろそろキツイんじゃねぇのか?」
「どういうことだ!?」
「言ったろ?殺さなきゃ・・・殺されるってな!」
女が男に肉薄し、トドメを刺そうと動く。
その刹那
バギィ!
老人が女の攻撃をその杖で防いでいた。
「約束と違うぞジジィ!」
「はて?そんな約束をしたかのぅ」
「はっ、なら予定変更だ。まずはジジィから殺ってやる」
「やれやれ、大人しくわしに殺されてくれれば苦しまずに済むというのに。しょうがないから相手をしてやろう。かかってくるがいい」
「上等だ!」
その瞬間、女と老人の戦いが始まった。
男は状況に付いていこうにも身体の自由が効かなくなっていることに気づく。
「くそっ。どうすれば・・・」
幸いにも戦いには巻き込まれない距離にいるが、いずれにせよ時間の問題かのように思われた。
「あれは・・・?」
事切れていた少年が目に映り、その身体を見てみると足の裏に【4】と書かれていた。
「なんの数字だ・・・?」
男が疑問に思っていると、その数字が見る間に変わっていく。
「なっ・・・っ!?」
気が付けば少年の足の裏の数字は【3】に変化していた。
そして男は唐突に理解した。
自分たちが何をしなければいけないか、そしてこの数字は残った人数を意味していると。
「そういうことかよ・・・くそっ!」
身体の不調も消えており、男は戦い続けている二人を静かに見やる。
「他に選択肢はないな・・・元より、失うものは何もない」
そう独りごちると一足、背後から女の首を強打した。
「がはっ!」
女はそのまま地に倒れ伏し、ヒューヒューと浅く息をしている。
どうやら喉が潰れてしまっているようで、長くはないと思われた。
「どうやら何をすべきか理解してしまったようじゃの」
「ああ・・・一人になるまで殺し合う・・・それがここのルールだろ?」
「その通りじゃ。そして殺されれば消えてしまう。つまり最後の一人以外はみな消えてしまうのじゃろうて」
「ここは若い者に譲るのが老人の努めじゃないのか?」
「見知ったばかりの他人に譲るほど安い命じゃないわい」
「なら、やるしかないか」
男はその瞬間、老人に肉薄し致命傷となる打撃を与えようとするが、
「ほほほ」
老人はその杖を使い、的確に捌き、カウンターを放つ。
男も素早くカウンターを避け、距離を離す。
「くそ、じじいのくせして素早いな」
「経験の差というやつじゃな」
男が攻め、老人が捌き反撃する。
しばらくはその状態が続くかと思われた。
しかし
「む・・。どうやら時間切れのようじゃな」
「いったいなんのことだ?」
「気にするでない。次で決着をつけようぞ」
「・・・いいだろう」
にらみ合いは数瞬。
そして
「「いくぞ!!」」
激しく激突する両者の殴打。
負ければ死ぬという事実が防御より攻撃を優先させ、ダメージが蓄積されていく。
「ぐっ!」
「どうやらわしの勝ちかのぉ」
「負けるかよ!」
口撃も交わしつつ、激しくなる応酬。
だがその時間も長くは続かず、ついに決着がつく。
「いい加減にくたばりやがれ!」
男の渾身の一撃が老人にクリーンヒットする。
「ぐふっ」
老人の体力が尽きた結果、防御が間に合わず吹き飛ばされる。
「はぁはぁ、終わったか・・・?」
「わしの負けのようじゃの。今回の悪夢もこれでしまいか」
「今回のだと・・・!?」
「これは負け続ける限り永遠に終わらぬ悪夢。さりとて勝ったものがどうなるかはわしも知らぬがな。」
そういって老人は消えていった。
「・・・」
男は静かに自身の足の裏を確かめる。
そこには確かに【1】と刻まれており、生き残った一人であることを示していた。
「何も起こらないだと・・・いったいここはどこでどうすればいいんだ!?」
Side:???
「こっちは終わったぞ」
「お、早かったな。今回はどの人格だ?」
「順当に青年だったな。ご愁傷様ってやつだ。」
「これで残りは・・・ようやく10人っ、て所か。」
様々なモニターが設置されて研究所じみた部屋にて男たちはそう話していた。
モニターには男が一人だけ映っており、うろうろと歩き回っている姿が確認できた。
「キリもいいし、とりあえず一服いかないか?」
「そうだな、流石にずっと張り付いているのは疲れるな」
「そいつを消すのだけ忘れるなよ」
「もちろんだ。何のためにやっていると思っている。」
そう言って男が端末を操作するとモニターが消え、何も映さなくなった。操作に手慣れてはいるものの、その表情には苦いものが混じっている。
「何度やっても気持ちいいもんじゃあないな」
「人を一人殺すのと変わらないからな」
「やめてくれ。夢に出てきそうだ」
男はそう言うものの、その雰囲気は軽口の領域を出ないものであった。
「まったく、なんだってこんなもん作っちまったのかね。」
「だがこれで更正した実績は山程あるんだ。誰かの不幸を未然に防ぐために俺達が手を汚す役割ってだけだろう。」
「人格矯正プログラム・・・凶悪犯罪者だけに適応されるとは言え、もはや洗脳だろうに。」
「いっそ最初から聖人みたいな性格を入れたいね。」
「それが出来たら苦労はしないさ。馴染まない精神は受け入れてくれないんだとよ。」
「だからって人格を分裂させて、最も弱い人格だけを残すだなんてな・・・」
「知ってるか?最後まで誰が負け残るかを賭けてる奴らもいるらしいぞ」
「はっ。崇高なご趣味をお持ちなことで。」
男たちはそういいながら部屋を出ていく。
あとには静かに稼働し続けている機械だけが残っていた。




