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 お前は嘘つきに関する異常な才能を持っていたが、特に知能指数が高いというわけではなかったから、地元の、何の変哲もない保育園に預けられることになる。


 子供とは、そうした集団生活の中で道徳や愛情、友情なんかを少しずつ身につけていくものなのだが、お前はそういうものに全く興味を示さなかった。

 お前が興味を示したのは、人間が時たま見せる大袈裟なリアクションだった。

 それはつまり、感情の揺らぎとか呼ばれるようなものだったが、お前の中の感情はほとんど揺れることがなかったから、それがそういうものだとは気づかなかった。


 お前には、誰もが自分自身の求めているものを手に入れられないでいるように思えた。

 だからお前は、それらしいものをでっち上げて差し出してやった。

 それはささやかな褒め言葉であったり、ふとした瞬間に向ける笑顔だったり、相槌の頷きだったりと、一つ一つはお前にとって取るに足らないものだった。

 しかしその取るに足らないものだけで、劇的な反応を簡単に引き出すことができることに、お前は早々に気づいてしまった。


 それを自覚した時のお前の高揚ったら、まあ気持ちの悪いこと!

 お前はお前の試みが成功するたびに唇を大きく歪めて満面の笑みを浮かべた。

 お前の試みは多くの場合成功してしまっていたから、俺はその薄気味悪い笑顔を何度も見る羽目になって、最悪の気分にさせられた。


 おいおい……誰かこのバケモンを止めるやつはいないのか?

 誠意のない言葉を差し出して、真心ある感謝をかすめ取る詐欺師を断罪してくれる誰かは?


 そんな誰かは現れないまま、お前は小学校に入学してしまう。

 そこでお前は今までの評判を維持しつつも、裏でお前を嫌う勢力が形成されつつあることに気づく。

 多感な子供の中には頭が良くなくとも、勘が働くやつがいるのだ。

 お前の打算について、言語化できなくともその汚さを見出すことができるということなのか、お前の言葉に含まれる真実の度合いをなんとなく肌で感じたりすることができるということなのか、理由はわからないが俺は面白くなってくる。


 いいぞ! そういうのを待っていたんだ、と小躍りして手を叩く。


 お前を嫌うのは、どちらかというと教師に嫌われるタイプの『悪い子』たちだった。

 男どもはお前の笑顔と物腰にめろめろにされてしまっていたから、女子の『悪い子』だ。

 そういう奴らは大人が抱えている欺瞞に対する嫌悪感を隠さない。

 立場の強さに対するカウンター勢力だ。

 お前はそういう女子たちに、バカにしている、お高く止まっていると言われることが増えていく。


 お前に対して向けられる悪感情は、だいたいその二つの言葉に集約されることが多かった。

 十人十色、様々な人間がいるはずなのに、その違う口が異口同音に同じ罵声を浴びせることを、お前はにやにや笑いながら存分に味わう。

 お前にとって、自分に向けられる悪意でさえ、お前が投げた石が水面に描く大きな波紋でしかなかった。

 お前が夢中になった紋様。

 絢爛たる人の感情。


 そして当然、ある日それは爆発する。


「あんた、お高く止まって他の子をバカにしてるのよ!」


 きっかけは些細なことだった。

 お前がクラスで一番イケているとされる男子に、普段どおり優しい嘘を吐きかけているのを見て、お前を嫌う勢力の一人がお前を突き飛ばしたのだった。


 お前を嫌う人間は群れをなして、お前に対峙する。

 多くのクラスメイトは、そのありさまを囲うようにして騒動を見守っている。

 お前は大勢を敵に回して、大勢の視線に見つめられて、毛ほども動じることはない。


 実際、お前は他人をバカにしている。

 お前にとって感情は観察対象でしかなく、言葉は相手の反応を引き出すための道具でしかなく、真摯な受け答えをしているとはとてもとても言えたものではなかった。

 思ってもいないことをさも真実であるように語るそれを、バカにしていると言わずしてなんと言おうか?


 しかしお前には真摯に向き合う他人というのが何せ一人もいなかったから、お前はそれが『バカにしている』に当てはまるということに気づかなかった。

 お前にとってそれはデフォルトの状態でしかなくて、誰かを殊更低く見るだなんて酷いことをする人もいるものだ、と考えていた。

 実際はお前ほど他人をバカにしている人間は他にいないし、お前ほど酷いことを考えるやつもそういないけどね。


 ところがお前は対応の化け物、悪意を込めて向けられたものであっても、そういった指摘を無視しない。

 お前のある種の振る舞い、誰かに望まれたあり方が、そうではない他の立場から見ればそう映りやすいのだ、とお前は了解する。

 そういう世界観に身を置くことをお前は決定する。

 そして、いい子VS悪い子、女子同士の醜い嫉妬という物語に回収されそうになったそれを、お前は単純に否定する。


「わたし、そんなこと全然思ってないよ」


 お前は本当に特定の誰かをバカにしたりはしないから、この言葉には、普段と違って嘘偽りが一片たりとも含まれていなかった。

 それゆえにお前のこの一言は突き刺さった。


 お前の嘘に勘づける『悪い子』だからこそ、お前がマジに心の底から、他人をバカにしてるつもりなんかない、ということが伝わってしまった。


 気づいただけじゃダメなんだよ。そこで攻め手を緩めるなって!

 俺の声援も虚しく、お前を攻撃してきた奴らは大いに怯んだ。


「何よ、いい子ちゃんぶって」


 負け惜しみのように零されたその言葉こそが正しくお前を言い表しているのだが、お前は「そんなことないよ」とかさらりと否定してみせる。

 周囲のぼんくら観客共もお前の口車に乗っかる。


「ちがうよ、本当にいい子なんだよ!」

「そうだそうだ!」

「しっとすんなよ!」


 お前が全く効いたそぶりを見せないからか、良心の呵責からか、お前を非難する人間たちは自分たちの形勢の不利を悟る。

 目尻にじわりと涙が溜まっていく。

 もしかすると、言った本人が一番それを信じていなかったのかもしれない。


 ビビるな行け行け、攻め手を緩めるな!

 それがジャスト正解なんだって!


 一番前に立つ『悪い子』の我慢が決壊し、泣き崩れる前の絶妙なタイミングで、お前は目の前の奴らを全て許し、お友達になろう、とおずおずと手を差し出す。

 それが場をおさめて、目の前の女子たちを懐柔する最高の一手だと理解している。


 ごめんね、とか言って、女子たちは団子になってお前に抱きつく。

 実に下らないなかよし劇場の真ん中で、満面の笑みを浮かべるお前。




 お前が求めているのはリアクション。

 お前は、お前が投げた石が水面に描く紋様にしか興味がない。

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