6話
俺たちが駄菓子屋の店主がいなくなっていたことに気づいたのはそれから30分後だった。夏華は急ぎ隣の八百屋の店主のところに向かったがそこにいたはずの店主の姿も消えていた。駄菓子屋の家の中へ上がらせてもらい、台所にラムネが2本外に出してあった。
「一体どうなってるんだろうな」
古い民家の玄関に俺たち3人は横に並び、2人はラムネを飲んだ。俺は駄菓子屋のレジに10円を置き、10円チョコをかじった。
「いなくなっちまったもんはしょうがないよな。」
「電話を使って警察に連絡はしたけど来る気配がない。ここまで交番から車で5分くらいの場所だぞ」
「いなくなったのかもね。」
「待ってこないんだったら仕方がない。それよりも資料は見つかったのか?」
夏華は汗にまみれた顔の正面に、透明で無色のクリアファイルに入れられた一枚の紙を突き出してきた。
「抜かりなし」
「お見事」
紙は先日見付かった資料と同様に古びれ、少しでも力を入れると破れそうな紙だった。書かれていた内容も前回同様、一枚絵が描かれていた。駄菓子屋の店主が話してくれた内容を表現するように、燃やされる山の中に光る球体。そして、その横に神を包囲するように並ぶ住民。それは不気味さもあり、異様な絵としか思えなかった。
「子どもの落書きにしては意味ありげな絵だな」
「青、あのおばぁちゃんから何か聞いてきたんじゃないの?」
「感の良い奴。大当たり。この絵の内容通りの昔話を教えてもらったよ」
内容を大まかに説明し、2人はただ聞くだけに徹してくれた。
「マジのおとぎ話っぽく聞こえるけど…」
「解釈の余地はあるか」
「俺にはさっぱりだ。でもそういえばあのばぁさん変なこと言ってたな。神様はまだいるとか。まぁ、伝説通りならそうなるんかな。」
俺と夏華は考えこみ、俺は床を、夏華は天井をじっと見ていた。
「床に金なんか落ちてないし、天井に金なんか釣るしてねーぞ」
そういって青はタオルを顔に被せ視界を遮っていた。
「警察、いくら何でも遅すぎないか?」
「さっきも同じこと言ってたぞお前。家に戻ってみるか?」
時刻は午後6時21分。いつもであれば、とっくに晩飯の呼び出しが俺の携帯に来るはずであるのに今日に限ってこなかった。違和感と不快感がこみあげてくる。
「ねぇ、伝説だと自然が神様を取り戻そうとしたんだよね?」
「そーだなー。」
「青が自然だったらやられた後どうする?」
「そんなの、リベンジするにきまってるだろ。」
「だよねー。私もそうする」
「俺も元気があればそうするな」
「ねぇ、私極論言っていい?」
「奇遇だな。俺も思ったことがある。」
「俺も」
俺たちは向かい合って、冷や汗をかきながらまじまじとお互いの顔を見つめ合った。
「「「今、神隠しに合ってない?」」」
吉峰青葉たち3人が駄菓子屋の店主失踪により、不可解な現象に遭遇していた同時刻、都内にいた天城遼と霧谷涼香もまた同じような現象に遭遇していた。
「見つかった?」
「いや、いないな」
2人は行きつけの個人経営のラーメン屋で遅めの昼食を食べていた。店主と天城は古くからの付き合いがあり、仲も良く、稀にラーメンを食べる際は割引をしてもらっていた。そんな店主が突然、なんの前触れもなく消えたのだ。2人は店の角に設置してあったテレビに夢中になっており、消えたのに気づいたのは10分ほど後だった。
「どこに行ったか確認しようにも、客がいないしな」
「家の中に入って、呼んでみたら?」
「そうするか。中で倒れられてたら困るしな。」
天城が席を立ち、店の中へ向かおうとした瞬間だった。
「おっちゃんの嘘つき!駅なんてなかったぞ!」
店の入り口で罵声を響かせた少女と、それに驚いた2人は数秒程目を合わせて硬直した。
「で、迷子になって困っていたところをこの家の店主に呼び止められ、助けてもらったと。」
「そうそう、大体そんな感じ。君頭いいね。総理大臣なれるよ。」
2人は少女の説明を聞き、納得した。
調子の良い返事と同時に天城が追加注文して食べずにいたラーメンを少女は貰い、食べ始める。
「んでおっちゃんは?」
「店主は消えたよ。これから家の中を探すつもり。」
「そっか。家の中を探しても意味ないよ、どうせ誰もいない。」
「何でそう言い切れるの?」
「外、見てみ」
少女はラーメンのスープを飲みながら左手に持った橋で出入り口を指した。
2人は急いで出入り口へと向かい、ドアを開けた。外には誰もいなかった。何もいなかった。夕焼けが立ち込む都内の街並みはいつもある活気は消失していた。