4話
同時刻、とある民家。
「先輩、このアイス美味しいわ」
霧谷涼香は、バイトが同じで年上の青年である天城遼の家にいた。天城は唖然としていた。
いきなり家に来るや後輩に冷蔵庫を開けられ、週に一度の楽しみにしていたバニラアイスを食べられたからだ。
「お前ほんとに何しに来たんだよ。」
「ん~?知りたい?嫌がらせしに来た」
「帰れ」
「いいでしょ?どうせ先輩に女なんかいないんだし」
天城は濡れたタオルを涼香に投げつけた。
「つめっ!」
「風呂入るか、それで体拭くかしろ。汗だくで俺の部屋に上がり込みやがって。」
「っそ。じゃあ風呂入る」
涼香は迷わず風呂場へ向かい、シャワーを使い始めた。
「おい涼香、青は今どこなんだ?」
天城は部屋の隅に置いてあった扇風機の前に座り込む。
そして冷蔵庫に隠しておいたもう一つのバニラアイスを食べながら、少し大き目な声で涼香に話しかけた。
「仙波村。ここから新幹線にのって1時間。そこからバスで1時間のとこにある小さな村。」
「へ~。知らねーわ。里帰り?」
天城の扇風機にの横に涼香が持ってきて床に投げたカバンからはみ出していた本に興味を覚えた。
タイトルは「神隠し伝説 仙波」だった。
いきなり押しかけてきたのだからこれくらい許される。
そう思って天城は本を手に取り開いた。1ページ目に一枚の写真が馳せてあった。
老婆と女子2人が写真には写っていた。女子の1人は涼香だ。一体誰だろうかと天城には不思議だった。
「里帰り兼、私の友達の手伝い。」
「大変だね、あいつも。でもいいのか?この夏休みに彼氏、彼女が遊ばんで」
「ん?別れましたけど」
「は?」
吉峰青葉、霧谷涼香、天城遼は同じ飲食店でバイトをしていた。
天城は彼らよりも3つ年上で、青葉と涼香が入ってきた時から2人の関係を応援する立場に徹し、邪魔せんとするものは排してきた。
そして半年前、ようやく事は成就し天城はその結果に満足していた。
自分でも世話焼きだと自覚はあったが、そばでずっと痴話げんかを見せられ、毎度それを鎮める役を担わされる。恋愛関係でないとお互いに維持を張っているのを見せつけられるのは、かなわなかった。それが一体なぜそうなったのか、真実や如何に。
仙波村、とある民家。
「つ、ついた」
民家の石門には新と書かれており、その下は削れ読めなくなっていた。
家の中からは物音が外まで響いていた。
「お、来たか。2階にいるから早く来て」
夏華は2階の窓から顔を覗かせこちらに手を振ってきていた。
集会場とされるだけあって家の中は広かった。中庭が家の中から見渡せたが、一面に草木が生え渡り何年も手入れがされていないことがわかる。歩きながら上へ登る階段を探して歩いていると、窓を開け足を外に出し、膝に猫を抱いている大柄な青年が座っていた。腕は剛腕と呼ぶにふさわしく木の幹のように太く、筋肉の形が服越しにでも形がはっきりとしており、何かスポーツをやっているのだろうかという印象を覚えた。
「階段はそこをまっすぐ奥まで行ったとこだ」
青年はこちらを振り向かずに、階段の場所を教えてくれた。
礼を言って、言われた通り進むと階段があった。
登っていくと老朽化が進んでいるのか、ニスが剥げ落ちた木製の階段が軋む音が響く。
2階に上ると一本の通路が現れ、三つの襖があった。夏華は一番手前の襖を開けたところにいた。
「ついたね。じゃあそれ持って奥の部屋に運んで」
俺に休息の時間は与えられず、始まった掃除は3時間に及んだ。途中から1階にいた青年も掃除に参加し、作業は一気に進んだ。なんで始めから手伝ってくれなかったんだ。
「というわけで、このゴリラは蓮。」
「よろしく」
雑な紹介と同時に蓮は切ってくれたスイカを広間に持ってきてくれた。
身長は180cmはあるだろうか、やはり大柄であり俺は首を上に向け挨拶した。
「じゃあ蓮は1人旅でここまで来たんだ」
連は同い年の17歳で都内に通う高校生らしいのだが、帰宅部というのに驚かされた。
ここに来たのは一人旅らしいが、その実県外の友人と合流するはずが、友人が指定した合流場所を間違えたらしい。
「これからどうするの」
俺は疑問に思った事を口にした。
「ここは居心地がいいからしばらくいるかな。夏華が泊ってる旅館紹介してもらったし。」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。
だが今後どうなるかはまだ分からない、そう思いながらも、俺は内心焦り始めていた。
「そういえば2人ともなんでこの村にいるの?もしかして神隠し伝説でも追いかけてるの?」
蓮はこの村の神隠しについて知っているようだった。
「私はそれが目的でここにいる。青はその手伝い兼里帰り。」
「へ~。それで何処まで神隠しのこと知ってるの?」
「それがまだ全然。そういうのが昔この村で不定期に起こってた事くらいしかまだわかってない。でも一部だけ残されて保管された資料がこの家にあるって聞いた。だからその資料と交換条件に家の掃除を引き受けたの。」
そうだったのか、と俺は知らされていなかった事実に驚きを隠せず目を丸めた。
「それで見つかったの?」
「多分これだと思う」
随分とあっさり出てきたのは1枚の絵が描かれた日に焼け、崩れそうな1枚の紙だった。
裏面には何やら文字が書かれていたがそれも風化に逆らえず、薄れ読めなかった。
絵の方は人と自然が描かれ、まるで自然が人を取り込もうとしているような絵だった。
「裏は字が読めないな。表の方は子どもの落書きにしか思えないな」
連は眉をひそめ、険しい顔でそういった。
「それにしても…」
そのあと俺たち3人は様々な論争を展開していった。
宇宙人が本当にいて、さらっていたんじゃないかとか。妖怪がいて、襲われたんじゃないかとか。
隠れていただけで最後には見つかったんじゃないかとか。
その時間はとても胸躍るひと時であり、記憶に残る時間だった。
そう思わせてくれる日、時間、場所。誰だって一度は思うだろう。子供じみてて、馬鹿馬鹿しい、他愛のない夢。いつまでもこの時間が続けばいいのに。でも世界は、現実は、それを許さない。止まった時間の中で、いつまでも人はその時が来るのを待ち続ける。
8月11日、午後5時30分。
「何、あれ?」
突如として、それは上空に現れた。
セミの輪唱が、別の虫の輪唱へと切り替わる。
俺たちは、俺たちの日常に異変を覚えた。恐怖を覚えた。破壊の化身ではなかった。
厄災の化身ではなかった。ただそれは上空に現れただけだった。