3話
「私、舞台に上がれるかな?」
夏華はゆっくりと数多の色彩を味方につけ、ニコッっと笑い手を差し伸べてきた。
「間違いなく、主演だ」
俺は手を取り、抱きかかえた関平と一緒にゆっくりと立ち上がった。
「どう?世界変わったでしょ」
「ああ、変わった。知ってたのか?」
「当たり前じゃん」
その日一番の思い出は、その時の神秘的な風景を背に笑っていた彼女の笑顔であった。
午後10時20分、俺は寝ている関平をおぶり、夏華と帰路についていた。
「連絡は入れたの?」
「ああ、さっき母さんに迷子を見つけた報告入れといたよ。
血眼になって探してたんだと。人騒がせなやつだよ」
「本当だね~。」
夏華は関平の頬を手で触れていたのを見て、俺はまた関平に少しだけ嫉妬していた。どんな体験をしても進歩しない男だ、俺は。そんな事を思っていると関平が小さな寝言を呟いているのに気付いた。
「ばっちゃん」
言葉を聞き取れなかったのか疑問を覚えた顔をして夏華はきょとんとしていた。
「今関ちゃんなんて言ったの?」
「ばっちゃんって言ったんだよ。俺らのひいおばあちゃん。今年で1周忌なんだ」
夏華は一瞬悲しそうな顔になった。夏華はこの村出身である為、家で関平と遊ぶ機会もあり俺たちのひいおばあちゃんとも面識があったようだ。だとすれば自然な反応だった。
「青にとってどんなおばあちゃんだった?」
「ん?そうだな、明るくて、元気で…。優柔不断で芯のない、遊び人だったかな。夏華にとっては?」
「どんな時でも頼りになる正義の味方かな~」
「ばっちゃんが?」
俺と夏華のばっちゃんに対する印象はかなり違うように、その時思えた。関平と夏華の前では一体どんなおばあちゃんだったのだろうか。恐らく俺はばっちゃんと過ごした時間が2人に比べて短い。今更になってばっちゃんがどんな人物だったのか気になり始めていた。明日にでも誰かに聞いてみるか。
8月10日。ただいま午前5時2分。
俺はスズメとカラスの鳴き声と祖母が台所で朝食の調理を行う音によって目が覚めた。
この家は歴史があるらしくかなり広かった。つくりは入り組んでおり、ちょっとした迷路だ。
襖を開けばまた襖、開いても開いても襖であった。
俺は暇つぶしと久々に顔を見せたのに何もしていない心苦しさに掻き立てられ、祖母の調理を手伝い始めた。といっても任せてもらえたのは野菜を切る作業だけであった。
肝心の祖母は俺の包丁裁きをまじまじと見つめていた。
「青は包丁さばきが上手やね」
「本当に?俺料理の才能あるかもしれねーな」
俺は笑って返事をして、昨夜の事を思い出しひいおばあちゃん、別称ばっちゃんについて聞いていた。
「ははは、ばっちゃんか、なんで急にそんな事を?」
「いや、そういえばあんまりあったこと無かったし。よく考えたら全然知らなかったと思ってさ」
「そうか、そうか。で、何が知りたいんね?」
俺は何が知りたいのだろうか。なんとなく気になっただけであるから、ごく一般的なことから聞くか。
「ばぁちゃんにとってどんな人だった?」
「真面目な質問やね。そうさな、ばぁちゃんにとってはお母さんだったなぁ。」
俺の祖母、谷口美千代。今年で62歳。年相応の外見をしているが昔は美女だったらしく、近所の老人会では権力を握る強者であるらしいが、言葉の返しには未だ若い者に引けは取らない。
「冗談よ、冗談。優柔不断で芯がない、遊び人だったね。」
俺はその解答に面食らった。俺と全く同意見で、考える間すらなかった。
「今この家におるみんなに後で聞いてみるといいよ。きっと同じこと言うから。」
「み、皆にか。」
この家に現在いるのは俺の母と母にいる2人の兄と1人の妹の家族。
多すぎるし、今まで会う機会が少なかったので聞くのには骨が折れそうだと直感した。
恐らくこれからくる面子を合わせると合計で15人くらいだろうか。
昔見た夏に大家族とともに世界の危機を救ううアニメ映画を見た時は少しだけ親近感が湧いた物だ。
「今年は誰がきて、これんのかね~。」
ばぁちゃんは少し悲しそうに見え、自分が今まで来なかったのを少し後悔した。
「そういえばなんでばっちゃんはそういう人だったんかね」
「ん?難しい時代を生きた人だったからね。戦争とか貧困とか色々あってここに辿り着いたみたいだけど、若い時にそうさせることがあったんかもね。」
それから家にいる家族に聞きまわったが人間関係が少しわかったくらいで、人物像は似たり寄ったりだった。凧揚げが上手とか、めんこのカードを集めてたとか、ベーゴマで負けたことがなかったとか、いつも人に囲まれてたとか。基本的に周りの考えを尊重し、自信で判断することを苦手としていたようで、優柔不断な印象が強かったようだった。
ただその印象がひっくり返るような印象を持っている奴がいた。関平だった。
「関平、ばっちゃんてどんな人だった?」
「えっとね、遊ぶ時いつも色々教えてくれた。買い物に行ったときは、たくさんあるお菓子の中からこれがおいしいとかいってすぐに選んでかごに入れてたよ。」
「それほんとにばっちゃんか?」
「嘘じゃないよ!夏姉ちゃんも知ってるよ!」
「夏華か…」
俺は午後に会う予定に夏華と会う約束していた。そこで少し聞いてみるかと思いながら、関平の言うばっちゃんに対する印象がかなり違うことに違和感がぬぐえなかった。
午後1時30分、俺は夏華と約束した場所へ向かった。
場所は家から歩いて30分ほどのところにある小さな民家だった。なんでも老人会の集会場らしい。昔は誰か住んでいたらしいが、今は誰も住んでおらず老人たちも減ってしまい、管理が行き届かなくなってきたんだとか。ばぁちゃんと交渉し、そこに保管された資料を交換条件に夏華はその民家の掃除を引き受けたんだとか。
「その手伝いで呼ばれるのは嬉しかったけど…。あちー。」
気温はただいま35度。炎天下の中、夏華に会えるという幸福を求めて、いざ行かん。されどこの身に、この仕打ち、この恨みはらさでおくべきか。思考が完全に停止しているという実感を覚えつつ、俺は重い脚を運び、民家へ向かう。
民家へ向かう道は一本だった。横には小さな森があり、所どころに影ができている。地は草が少し茂り、土や砂利が向きだしている。森にいるセミの声は俺の脳内を震わせ、意識を刈り取らんとしてくる。
「この暑さの中、部屋でアイス食って涼んでいる奴がいると思うと腹立たしいな…」