あ、来週から地球を侵略戦争します。ふつつかなエイリアンですが宜しくお願い致します。
男が夜に犬の散歩をしていると、ばったりとチュパカブラと遭遇した。
叫び声をあげようと口を開けたが、声が出ない。ついでに体も浮きはじめた。
上を見ると、巨大なUFOが飛んでおり、男を拉致しようとしていた。
ジタバタと暴れるが、落ちる気配はない。
「まずは手荒な真似をお詫びしよう」
男も犬も怯えて酷く漏らしており、UFOの床で強く抱き合っている。
人型の、いわゆるグレイと呼ばれる類いの宇宙人が、男に向かって手を上げていた。
「ひぃぃ……!! おわぁぁ……!! ひぃぃ……!!」
泣きむせびる男を見かねたグレイの側近が、リーダーに耳打ちをした。
「やはりいきなり正体を明かしたのはマズかったようですね」
「うむ、では姿を変えよう」
リーダーが腕の機械を指先で叩くと、その姿が一瞬にしてブロンドの美女へと変貌した。
「これなら問題なかろう」
リーダーが男を見ると、男は既に泣き止んでおり、顎に手をあてて考え事をしていた。
「橋本剣奈ちゃんがいいな」
グレイ達がぷっと笑った。
リーダーが再び腕の機械を指先で叩いた。
「こうか?」
男は頷いた。
リーダーの姿はどうやら男の理想通りになったようだった。
「もうちょい乳を盛って」
違った。
グレイ達が微笑んだ。
「こうか?」
男が強く頷いた。
どうやら今度こそ間違いないようだ。
「で、用件は?」
目を細め、乳をガン見しながら男が問う。
橋本剣奈の姿をしたグレイリーダーが静かに口を開いた。
「来週から地球を侵略する。今日はその挨拶だ」
男の目が止まった。
思考停止。理解不能。
男が動き出すのに、暫しの時を要した。
「……そういうのって、普通アメリカン大統領やロシアン大統領に言うべきなのでは?」
ごもっともな意見である。
しかしリーダーは首を横に振った。
「ロシアン大統領に面会したら即捕縛されそうになったし、アメリカン大統領に至ってはUFOを賭けてポーカーを挑まれたから、帰ってきたよ」
「で、俺?」
「そう、キミだ」
「内閣官房長官様は?」
「然るべき部署に確認するから、数日待てって言われた。我々に悠長な時間は無い」
「で、俺?」
「そう、キミだ」
「我々は銀河同盟に打診して、この星の人口の95%を男にする作戦の許可を貰っている」
「……は?」
「残りの5%を美女にする。その5%を狙って世界中で戦争が起こるだろう。我々が直接手を下さなくても、勝手に自滅する。これならば銀河同盟に違反しない! 完璧なる作戦だ!!」
「……はい?」
「ああ、勿論キミには美女を一人差し上げよう」
「ああ、そういう事ね。さっぱり分からん」
「じゃあ、来週」
「…………」
男が地上へと帰された。
体が浮いている感覚はあるが、地面を蹴ると、しっかりとした感触が帰ってきた。
「何だったんだ……?」
男は夢かと思い、犬の散歩を続けようとして気が付いた。リードの先に居たのは犬ではなくチュパカブラだということに。
「すまん、間違えた」
橋本剣奈がさっと空から逆さ向きで現れ、犬とチュパカブラをすり替えた。男はここでようやく初めて気絶した。
男が目を覚ますと、既にその来週とやらになっていた。
「やあ」
橋本剣奈の姿をしたリーダーグレイが、男の部屋でテレビを観ている。
「──!?」
何故、何事、そう言いたげな顔と手振りだが、上手く言葉にならなかった。
リーダーが「シッ」と口に指を当てテレビを注視するように促した。テレビでは世界中の女性が突如男性化する怪奇現象をライブ中継している。
女性リポーターが男達に襲われそうになりながらも、何とか現地から情報を伝えていた。
「ま、マジなのか……」
男がテレビに映し出された光景から目を離せずにいた。
世界の終わりを感じながらも、何処か対岸の火事を見るかのような、そんな気持ちだった。
「──トイレ」
男が立ち上がり、トイレへと向かった。
台所には知らない男が立って食事を作っていた。
「…………」
とても声を掛ける気にはなれず、そっと部屋へと戻る男。その背中は確かに現実を悟っていた。
「もう少しで作戦が終わる。銀河同盟からの連絡待ちだ」
リーダーが腕の機械を指先で叩き、そっと画面を映し出した。
──新着メール 無し
「ふふ、待ちきれないな……」
橋本剣奈の顔がにやりと不気味に微笑んだ。
「その銀河同盟って何なんだよ……」
怒りにも似た疑問が、不意に口を突いた。
「この広い銀河系を統括する素晴らしい同盟の事だ。作戦許可証を見せてやろう。キミにも読める言語でな」
腕の機械から、画像が浮かび上がる。
男は無言でそれを見た。とても悲しそうな顔で。
テレビから聞こえる悲鳴、パニックが静寂を取り囲む。
──太陽系第三惑星の女ヒューマンの95%をオス化させる。残り5%は美男とし、存続させる。
──銀河同盟
「……ん?」
男がテレビに目をやると、女性リポーターはヒゲが似合うダンディに変貌していた。
「変換ミスかな?」
「なんだ?」
男が浮かび上がった画面の文字を、そっと指差す。
リーダーは目を細めてそれを見た。
「…………」
「…………」
二人が無言で画面とテレビを見比べた。
テレビに映る人達の中に、女は一人も居なかった。
「誤字った?」
「…………やっ……ばー」
溜めに溜めた息が、橋本剣奈の口から漏れ出た。
「どうするの? 戻すの?」
「戻すったって銀河同盟の許可が欲しいから、申請し直して許可取りまで200年は掛かる」
どうやら人類は滅亡するようだが、戦争は回避できそうだ。
皆が一代限りの人生で終わる。
パニックは暫く続きそうだが、じきに諦めて平穏な日々が戻るだろう。
「──ところでさ」
「いやぁ、やらかして今何も考えられないわ」
橋本剣奈が頭を抱えたまま動かない。
「その姿って──中はどうなってるの?」
「…………はい?」
二人は新時代のアダムとイヴになった。