雨の日にだけ起動できるVRアプリ
連休合わせで、実家に戻ってきたマナブ。
「おかえりなさい、いつまでいるの?」
「日曜までかなー。夕方ぐらいに帰るわ」
実家に戻って来たけど、あいにくの雨。特にすることもない・・・。
陰鬱ねぇと母親。雨の降り始めの匂いとか悪くないと思うけど。
その母親が最近始めたいと言っていた、VRアプリ「VRねこながめ」
今日はそのセッティングもしないと。
誕生日に何が欲しい? と聞いたら「VRゴーグル!」と即答したので、通販して一式実家に送ってあったんだよね。
しかし機械オンチなのにVRとは。新しもの好きの親父ならわからんでもないのに。
該当タイトルは遠隔インストールしてあったので、本体起動してアプリのダウンロードを待つ。
「VRねこながめ」、その脇に「VR傘」
これも母親からの指定である。雨の日にだけ起動できるVRアプリらしい。
まずはこっちの設定をやっつけよう、全てデフォルトでテスト起動。
何に使うかは不明だけど、プロフィールも仮設定。
ニックネームは本名をもじって「ガク」っと。これは中学までのあだ名でもある。
雨は、別に嫌いじゃない。
子供の頃は、普段着られない黄色いカッパや長靴、自分で選んだ傘を使えるのにワクワクしたし、大人になってからは、静かにゆっくりと時がすぎていく、贅沢な時間の流れが好きだった。
そういえば子供のころお気に入りだった、青い傘どこにしまってあるのかな。中学までは使ってたと思うんだけどな……。
中学の同級生は皆ビニール傘だったけど、大きい青い布傘がお気に入りでよく持ち歩いていたっけ。
毎朝天気予報をチェックして、降水確率が少しでもあったらその傘を持って登校した記憶がある。
学校にも置き傘があるので、クラスメイトの男子に貸したりしていた。
女子だった場合は傘を貸さずに相合傘に誘ってたんだけど、OKだったのは隣に住んでた女の子ぐらいで、だいたい断られたっていう。
***
起動した「VR傘」は、雨の中ひたすら歩く映像を体験できるもので、傘の種類や環境を色々設定できて面白い。
傘の種類は、ビニール・唐傘・多骨、素材や色が一通り。
環境は田んぼ、国道、河川敷等等。時刻や四季も選べる。
田舎のカエルの音量やば……!
さて機能も一通り確認できたし一旦VRグラスを外し、母親に渡そうと思ったら、母親は何やらスマホで作業中。夕飯のレシピ確認中かも? タイミング悪いな。
VRグラスを改めて装着すると、視界の隅にメッセージが。
*「エリー」さんから「ガク」に相合傘の申請が届きました
なんこの機能? なん?
出会い系なの? とりあえずプロフィールを確認してみると、年齢や都道府県が同じ事が判った。
プライベートモード設定で写真はなく、詳細項目も非公開が多かったけど、趣味は合いそう。
ちょっと待って……学歴、中学まで同じだし、高校にも見覚えが……。
「不許可」と。
*「エリー」さんから「ガク」に相合傘の申請が届きました
えー、しょうがないな……。
「音声のみ許可」
仮アバターが3Dで表示されて、音声通話が開始された。
「もしかしてマナブくんですかー!」
「そうだけどお前、隣のエリカだろ、少しはニックネーム捻れよ」
「やったー久しぶり! マナブくんもめっちゃ判りやすかったよ」
俺は素晴らしニックネームをけなされてちょっとへこんだ。
「ま、それはそれとしてガク元気だった? 東京どこ?」
「元気元気、エリーは海外どうよ」
等と世間話から初めて、ここ数年の現状報告を交わす。
お互い昔話をして、今度会おうねと約束する。
いつになるんだ? そう遠くないかもね。とエリカ。
VR越しに相合傘したおかげか、なんだか近くに感じるな。
中学卒業から進路も違って疎遠になったけど、久しぶりに会いたいな。
などと感傷にひたりつつ、通話終了。
窓の外は小雨になっていた。雨の上がる時の、初夏の匂い。
***
ピンポン音がして
インターフォンに幼馴染の顔、母親が対応する。
「エリカちゃーん! 実際会うのは久しぶり、待ってたわよーー!」