6、
(ううううう……)
どうしようとミルティは会場の壁に背を持たれ頭を抱えていた。
ミルティの目の前には眩しいくらいに煌びやかな世界が広がっている。
見渡せば美しい装いをした若い男女が幾組も互いを見つめ微笑み合っているのが嫌でも目に入る。
(ど、どうすればいいのよ!)
思い起こせば長い間一人で夜会など来たことがなかった。
(……ルシウス)
いつも必ず側にいて、ミルティをエスコートしていてくれているはずの人が居ないことがこんなにも心細いとは思わなかった。それによくよく考えて見れば、ミルティ自身もそんなに殿方と話す機会もなかったためになんとなく自分から話しかけるのが苦手になっていたなんて思いもよらなかった。なんたって殿方と話さなくてもルシウスが入ればどこでも十分に楽しかったのだし――
(い、いや、違う違う違う!)
つい弱気になりルシウスを思い描いてミルティは慌てて頭をふる。
(ここには自立しに来たのよ!)
そうよ!私はお義姉ちゃんだから!
それに、ルシウスがシスコンのままになってしまわないように姉離れだってしてもらわないといけない。
ここにはミルティとルシウスの将来がかかっている。
意を決してミルティは壁から離れ会場の中心に歩みだした。
(いざ行かん!まだ見ぬ運命の王子様!!)
★☆★☆★
(ど、どうして!?)
なぜ?
ミルティは疲れきった顔で壁際のベンチで一人ポツリと座って頭を抱えていた。
会場の人混みに意を決して突入して早一時間。
ミルティはただ、人混みの中をうろうろと徘徊するだけの怪しい女性になっていた。
早い話が惨敗だ。
時々ミルティと目を会わせてくれる男性が数人居るには居たのだが、ミルティと目があった次の瞬間にはギョッとした顔でそらされ足早にミルティから距離を取られてしまっていた。
それでもなけなしの勇気を振り絞って更に何人かに声をかけたのだが、その声に反応して振り向いてくれた男性はやはりミルティをみるなり青白い顔になり言葉を交わすことなく立ち去ってしまう。
それを両の手では足りない程繰り返しミルティは心折れ、現在に至る。
(そんなに私は変な顔だったかしら?)
飛び抜けた容姿ではないことは知っているが、あんなにギョッとされる容姿ではないはずだ。
両親からは親バカ目線が入っているかも知れないが可愛いと言ってもらえていた。ルシウスからだって……。
ルシウスを思い出し胸がギュッとなった。
(違う。ルシウスはあんなに可愛い子が好みだもの……)
頭によぎるロゼと言う少女。
自分とは違う愛らしい瞳に誰もを惹き付けるような容姿。
世の中の男性はきっとあのレベルでなければ駄目なのだ。
きっと今までのルシウスが言っていたミルティに対する可愛いは、一応家族だから言ってくれていただけにしか過ぎなかったのだろう。
「家族と愛しい子じゃそんなの……最初から勝てっこないじゃない」
つい口からため息が漏れ出れば、ミルティの視線を落とした先に影が指す。
「こんなに可憐な花が壁に埋まるのはもったいないですね」
ルシウスとは違う低く、それでいて甘さを含んだ声に顔をあげればミルティを優しく見つめる琥珀色の瞳と目があう。
「え?あ、私?」
キョロキョロと回りを見渡せどそこにはミルティしかいないようた。
しかし可憐な花と言われても先ほどまで自分をみて逃げていく男性ばかりみていたせいか、今一ピントこず思わずおかしな返事を返してしまった。
「ふふふ、貴女以外に可憐な方はいませんよ?」
目の前の優しい琥珀色の瞳の持ち主は楽しそうにクスクスと笑う。そんな姿にこの人の視力は大丈夫かと思いつつ、ミルティは目の前の人物をじっくり見てしまった。
琥珀色のキラキラとした瞳。
色白な透き通るような肌。
ミルクティーブラウンの柔らかそうな髪。
デジャヴだろうか。以前お会いしたような気がするが、それはどこでなのかは思い出せない。
「えっと……あの、失礼ですが以前何処かで?」
失礼を承知で問いかければ、男はニコリと微笑みつつも残念そうに肩をすくめた。
「覚えて貰えてなかったのは残念ですが仕方ないですよ。あの時は本当に少ししかお話出来なかったのだし」
「……すいません」
「いえいえ、気にしないで」
気にしないでと言われてもやっぱり何処かでお会いしていたのだと、ミルティの額にたらりと汗が流れる気がした。しかも多少なりと会話までしていたなんて。社交会を上手く切り抜けていかなければいけない貴族の娘としては失格だ。
「いえ、お恥ずかしい限りですわ。こんなに素敵な方を覚えていないなんて」
ミルティは相手にこれ以上の失態を出さないよう言葉を選ぶ。
(本当にこんなに素敵な方を覚えていないなんて……)
ルシウスだって相当な天使だが、目の前にたつ殿方だってルシウスに負けじ劣らず美丈夫だ。一度みたら中々忘れられそうもないはずなのだが……。
つい更にマジマジと見てしまっていたのだろう、相手の男はミルティと再び視線が合わさるとクスリと優しく微笑んだ。それが妙に気恥ずかしくて、思わず頬を赤らめ目線をさげてしまった。
「そんなに気にしないで、ミルティ嬢」
そう言われハッとする。相手は自分の名前を知っているのに自分は相手の名前を覚えて居ないのだ。ましてや会った記憶すらない。
「あ、いや……その。すいません、お名前は……」
忘れましたとは言えないが、覚えていないのも事実。
「ああ、そうだった。あの時もちゃんと自己紹介してなかったかも。改めて、私はローゼスト。ローゼスト・フォーリーと申します」
覚えてねと軽くウインクされればミルティの頬にさらに赤身が差す。何となく聞き覚えが有るような気はしつつも、自己紹介はまだしていなかったと聞けばホッと胸を撫で下ろす。
「そうだったのですね。私はミルティ。ミルティ・ロウリーです」
自己紹介を簡単に済ませば、ローゼストからよろしくねっ、と優しく頭を撫でられる。その時何処かでかいだことのある柔らかく甘い匂いがフワリと鼻をかすめた。
(この匂い最近かいだことのあるような無いような)
やっぱり思い出せない。
「ところで今日は貴女のもう一人の婚約者候補はいないの?」
不意にそう言われるとミルティの頭にはクエスチョンマークが立ち上がる。
(もう一人の婚約者候補??)
「あの、私には婚約者なんて居ませんが?」
もう一人所か、一人も婚約者、はたまた恋人すら居ないからここに居る。
妙齢を過ぎた女が一人壁の花になっている事をからかわれたのかと思い、ムッとしてローゼストを見ればどうやらそうでは無かったらしい。口をパカンと開き呆気に取られたような表情になっているではないか。その顔はまさにあり得ないと言っているようで、ミルティの頭の上のクエスチョンマークはさらに増えてしまった。
「え?いや……その。ルウ……じゃなくて、ルシウスは?」
「ルシウス?家の義弟をご存じですの?」
なぜここでルシウスの名前が?そう思えばハッとする。
(もしかして、ルシウスがあまりにも私にピッタリくっついてたから端から見れば婚約者に見えていたのかも!?)
「いや、あの……ルシウスは義弟なのです。だけど、凄く優しい子だから私がいまだに決まったお相手がいないからいつもそばにいてくれてただけなんです」
どうしてだろう。ルシウスはお情けで自分のそばにいただけ。彼は彼で素敵な人をちゃんと見つけている。
そう思い言葉にすれば、急に胸がチクチクと痛みミルテイは胸をキュッと押さえてしまっていた。
「えっ?あの、ルウが?優しい?まさか!しかも弟扱い」
マジかよとポカンと口を開けたかと思うとローゼストはクスクスと笑い出した。
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次はおいてけぼり食らったルシウスside。
上手くヤンでてくれるといいけれど……ドキドキ