3、
「即答だね……。まぁ答えとしてはいいのか、な?」
なんのことだと首をひねるミルティにお構いなしに父までもうーんと首をひねりはじめ、結局婚約等々の話しは見事に有耶無耶にされてしまった。
その後はいつものようにお菓子やお茶を沢山すすめられ、もうすぐルシウスが帰ってくる時間だからと言って父から書斎を出された。
(うーん、どうしようかぁ)
書斎から直ぐに自室に戻るのも何だ。だからミルティはポテポテと食べ過ぎたお菓子を消化すべく、行く宛もないまま屋敷を歩き続け庭に出る。
「結局何にも解決してないわ」
ポツリと呟き空を見上げれば、憎たらしい位に今日は晴天だ。
(結局、ルシウスのあの過激なスキンシップはどうすればいいのよ)
シスコンだからといい続けるには少々無理がきている。
いくら天使のような顔立ちだといえど、中身はもう立派な青年なわけで。背丈だってミルティよりも高い。服越しでも伝わる程の男らしく引き締まった体に力強い手。
ミルティの足は自然にとまる。
(なによりも……)
「ミルティ」
甘く囁き、しびれるようにミルティを呆けさせるこの声……。
ルシウスの事を考えるといつも頭の中でこの声が響く気がする。
(こんな声聞き続けてたら、お嫁になんていけなくなっちゃう……)
今までミルティ自身が結婚に踏み込めないのは、父と母だけのせいではない。
ミルティだって密かに心のなかで、他の殿方とどこかルシウスを比べているブラコンだ。もしかしたらその気持ちが無意識にルシウスにシスコンをこじらせ、離れさせないように仕向けているのかもしれない。
(となると、お互いの為にやっぱり離れなきゃいけないわよね?)
ルシウスだっていつかはミルティの元から離れ、この家を守るためにどこかの令嬢と婚姻を結び跡継ぎになる。というか、そうなってもらわないと困るはずだ。
分かっていたはずなのに、そう思えばミルティの胸が僅かにチクンと痛む。
自分がブラコンのせいで、ルシウスと離れがたいと思っているせいだろう。
そうだ、きっとそうだ。ルシウスはミルティにやさしいからとミルティはずっと思い続けていた。
(でも私達は血が通ってなくても姉弟なのだから……)
それ以上の気持ちなど持ってはいけない。
「ミルティ」
(でも、こんな風に甘い言葉で呼ばれたら誰だって……)
いつでも甘くミルティを惑わす声。
本当は呼ばれる度に胸が跳ね上がる。
それでも、姉弟なのだからとそれ以上の気持ちには気づかない振りをしてきた声。
しかし、もうお互い妙齢だ。
誤魔化し続けるにはソロソロ潮時だろう。
ミルティは胸をギュッと掴み空を見る。
「ミルティ?」
(ううん、もう誘惑に負けない)
――私は、義姉ちゃんだから。
結婚さえしてしまえばもうルシウスの事を考えては、いつも呼ばれてるような気になるこんな幻聴は頭に響かないだろう。
グッと胸を握っていた手を拳にして空を仰ぐ。
今日は晴天。
決意を新たにするには良き日だ。
「ミルティってば!ぼうっとしてると危ないよ?」
「ニャッ!」
突然ふわっと浮き上がるように優しく心地よい匂いと、力強さに背後から包まれて思わず空に握りこぶしを向けて自分の世界に浸っていたミルティはおかしな叫びをあげてしまった。
「ふふふ。今の声可愛いね。ただいまミルティ」
寂しかった?と今度は耳にかかる甘い吐息がまたもミルティに頓狂な声を上げさせる。
「っ!ル、ルシウス!!い、いいつから」
いつからいたの!?
驚きの余り声が裏返れば、体をぎゅっと抱きしめられる。
それを何とかもがきながら動かしぎこちなく振り向けば、唇と唇が触れ合うような距離で大天使が妖艶に微笑みをこちらに向けていた。
「ただいまミルティ。さっき戻ってきて何度も声をかけてたんだけど?」
「声……かけた?幻、聴じゃ……」
「幻聴?俺はミルティを何度も呼んでたんだけど。どうしたの?ボーッとして」
危ないよ?
そのままルシウスはミルティの唇の僅か横に優しく自身のそれを当ててきた。
優しく触れられるだけのキスなのに。
唇が当たったところが異様に熱をもつ。
「っ!ル――」
「ルウ!!」
いつものようにキスされた事への抗議の為に口を開きかけると、ミルティに触れていた優しい力強さは聞いたことのない声と共に引き離されてしまった。
「ルウ!どこに行ってたの!私を一人にして!」
引き剥がされたルシウス越しで見えたのは、ミルティと同じような更々としたミルクティブラウンの長髪が似合う愛らしい一人の少女だった。
(……誰?それにルウ?)
見たこともない愛らしい少女はミルティに気づかない様で、プリプリと薄紅色に染まった頬を小さく膨らましてルシウスの腕を引っ張っている。その様子に思わずミルティは息を止めて呆然と全ての動きを止めてしまった。
「っ!ロゼ!」
(ロ、ゼ……?)
「お前、どうしてここに!?」
(お前?)
「どうしてって、ルウが私を置いて行ったんじゃない!だいたい私をここまで誘って来たのはルウの方なのに!」
(誘って、来た?誰が……誰を?)
「それなのにルウったら突然居なくなるんだもん!」
「は?そもそも誘ってない。勝手についてきたんだろう、そんな恰好までして」
「はあ?ルウが可愛くなったら来てっていったんじゃない!」
「あ、あの……」
「言ってない」
「あの……」
「言ったから!って、ん?あー!」
耐えかねておずおずと情けないくらいに小さくミルティが声を出したところで、やっとロゼと呼ばれていた少女はミルティの存在に気づいたようだ。
その次の瞬間には声をだし、クリクリの琥珀色の瞳を煌めかせるとロゼはルシウスから離れ今度はミルティにかけより抱きついてきた。
「貴方がミルティお姉様ですね!」
「え、あ、あの!」
(お、お姉様?)
思っていたより力強くそれでいてふんわりと優しく、全身から薫る爽やかな香の薫り。ロゼの愛らしさにミルティは同性同士であるにもかかわらず抱きしめられ思わず顔を赤らめる。
(素敵な匂い、それに可愛い……)
それでも急に抱きつかれた事には驚いているため、少し離れてもらおうとロゼにそっと手をまわそうとしたのだが、
「ミルティ、ロゼは駄目だよ」
ミルティが触れる直前に、ルシウスによってミルティとロゼは引き離されていた。
その事に驚きつつミルティがルシウスを見れば、そこには不機嫌を隠す様子もなくミルティを睨み付けるような表情をしたルシウスがいた。彼の片手にはロゼの腕が握られている。
それに、久しぶりに聞く地を這うような低く感情の込もっていない声にミルティは思わず体を強ばらせる。
(え?なんで怒――)
「えー?なんで?しかもルウ怒ってるのぉー?」
ロゼは怒っていると解っているのに、ルシウスになに食わぬ顔で声をかける。
むしろこの状況を面白がっているようにもとれるのは気のせいだろうか。
「あ、あの――」
「怒っているに決まってるだろう!」
「えー?私は何にもしてないのに?」
「あ、あ――」
「してるだろう!いいからもうこっちにこい!ミルティ!」
ロゼと口論になりかけていたルシウスは今度は突如ミルティの名を叫ぶように呼ぶ。今度はミルティに矛先が向いたのかと、思わず体がびくついてしまった。
「悪いけどちょっとロゼの事はみられたくないから、まっすぐ部屋に戻ってて」
「えっ?」
「えええー。ルウったら、それはないでしょー」
不満げな声をロゼがあげるもルシウスは構う事なくミルティに背を向けるとロゼの腕をつかんだまま歩き出した。
そんな様子に呆気にとられながらミルティが口を出すことも出来ずに呆然と立ち尽くしていると、ルシウスはミルティは部屋に戻っててともう一度一言だけ振り向かずに告げそのままその場を去っていってしまった。
張り合いになるため、是非是非是非!!
ブクマ、評価おねがいします!