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選定会の裏側

一面ガラス張り、広くもありどこか生活感を感じさせない部屋。整理整頓され、汚れ一つ存在しないここに似つかわしくない人物がやってきた。


その人物は全身をローブで纏っており、幾重にも重ね着している為に素顔は隠れて見えないが、疲れの混じった声でソファの上でくつろぐ男にと話しかけた。


「……今、戻った」

「ん? ああ、おかえり」

「予定通り、選定を終わらせてきた」

「ああ、ご苦労さま。そんな格好じゃ暑いだろ、脱いだらどうだい?」


男の提案にフード男は気兼ねなく「そうだな」と答え、一枚、二枚、三枚と重ね着していたローブを脱ぐ。全てのローブを取り払うと、彼の素顔――一本の黒い角を生やした、白髪交じりの緑髪の隻眼の男が露わとなった。


「やはり凄いな、この力は」


魔人の象徴と言える角を生やした彼は、窓のそばまで近づいて外の景色を眺める。


眼下に広がるのは豊かな大地と大きな街。

街には多くの人々が屈託のない笑顔で賑わいを見せ、誰もが満足そうに日々を過ごしている。


「気に入って貰えて何よりだ、識者」

「今は二人きりだ。名前で呼んでくれ、盟友」

「ああそうだったな、エリック」


元々、魔人の住む北西の国ローズリアンはあまり豊かと呼べるような地ではなかった。

中央大陸でありながら豊富な魔力に満ちた地ではあったが、反するように食物の恵みは少なく、凶暴な生物が徘徊するような場所であり、国の主都部はまだしも主都部から離れた小さな村々では日々を生きていくにも過酷な土地だった。


多くの犠牲、多くの悲劇、数奇な偶然。

当時、賢者だったエリックとただのダンジョンマスターだった盟友が出会ったのはそんな時だ。


賢者でありながら賢者であった為、この状況を変えることのできないエリックは、自らを、女神さえも呪い、絶望していた。そして自暴自棄と成り果てた先に向かったのが、盟友の管理するダンジョン。


死に場所を求め、倒すべきダンジョンマスターに死を求むエリックに、盟友は一つの取引を持ち掛けた。


――村を救う代わりに、ダンジョンマスターの手足となることを。


それが賢者の終わり。


その結果、過酷であったこの地に多くの恵みをもたらし、貧困にあった小さな村は大きな街へとなり、悲しみに満ちた人々は喜びへと変わる。


全ては盟友と呼ばれるグランドダンジョンマスターによってもたらされた結果。そしてエリックは初めて何が正しいのかを知った。


――無能な女神を信仰するよりも、何が正しいのかを


それが識者の始まり。


識者は昔のことを懐かしみながら自分の救った街を見て、ふと笑う。


「そういえば、ようやく選定会に例の二人目がやってきたよ」

「そうか! それで、どうだった?」


二人目と聞いた途端に盟友はソファから身を乗り出し、ウキウキとした様子で聞きだす。自身と同じく、人類との共存を成し、グランドダンジョマスターとなった相手に興味を持つのも仕方のないことだろう。


「残念ながら断られてしまった」

「そうか、それは残念だな……」

「でも安心してくれ、盟友。二人目の能力は僕たちの敵でないことは分かったよ」

「へぇ、それはどんな力なんだい?」

「おそらくだが、他者を強化する能力だ。殺さないよう配慮していたとはいえ、ただの獣人である少女が、僕と筋肉馬鹿の二人を相手に戦えることできたんだ」


選定会での出来事を識者は楽しそうに語る。友人に自身の勇姿を知ってもらおうと、その時起きたことを魔法で再現までして。


「なるほどね。それならチャンプが欲しがったんじゃない?」

「ああ、あの筋肉馬鹿も珍しく目の色を変えていた。まぁ、今は自分よりも強いヤツと戦えて自己強化に励んでいるよ」

「アッハッハ、チャンプらしいな」


ボコスカにやられたチャンプがリベンジのために、ビルドアップしている姿を思い浮かべているのか、盟友は声をあげて笑う。


三人目のグランドダンジョンマスターであるチャンプと盟友との出会いもまた偶然だった。


チャンプは元々同族殺しで有名であり、自身のダンジョンを放置してまで他者のダンジョンを襲うという珍しいタイプのダンジョンマスター。だからこそ、チャンプと盟友は出会った。


偶然にも盟友の管理するダンジョンに挑んでしまったチャンプは、何度も返り討ちにされても挑戦し続け、それを見た盟友はチャンプを気に入った。


何よりチャンプ自身が単純明快だったからこそ見出されたのかもしれない。

チャンプの目的は自身が最強となること。より高みを目指して、強きものと戦う、それがチャンプの生き様。


盟友は仲間になれば強くしてやると誘いを掛け、チャンプはその誘いを受けた。そして言葉の通り、チャンプはグランドへと至った。


自らの予想が正しいと知った盟友は大きな計画――長くに渡る、人類とダンジョンマスターの戦いを終わらせるため、自身が世界の管理者となるため、盟友は動き出す。


その準備段階が選定会だ。


「それで盟友。次はいつ選定会を開く?」

「ああそのことだけど、もう選定会の必要はなくなったよ」

「と、すると……まさか」

「ああ、今回の分で四人目に必要な数は揃った。もう、選定をする必要もなくなったってわけだ」


上位種(グランド)へと至る条件、それは二つ。

一つ目は女神の加護を受けた力を取り込むこと。これは女神が遣わした守護者でも、女神に選ばれし者であっても、その一部でもいい。


そして二つ目が……。


「それにしても、神様ってのは酷いよな。グランドになるためには、同族を犠牲にしなきゃいけないんだから」


同族であるダンジョンマスターを打倒し、ダンジョンコアを取り込む事。それも一つや二つどころではなく多くの数を必要とする。


だから盟友は選定会という場を利用してダンジョンマスターを集めていた。もちろんそこには生贄以外にも、純粋に仲間として集めている面もある。

しかし、その多くは自身の敵となるかもしれないダンジョンマスターを利用して、自分に都合のいい、新たなグランドを作るためのものだ。


「こっちのクソ女神よりはマシさ。それでいつ始める予定だ?」

「そうだな……。四人目がどんな能力になるのかまだ分からないし、あまり先走るのは良くないな。十分に性能を検証してからにするのがいいだろう」

「そうか……。でも、ついに終わらせる時が来たんだな」

「ああ、私たちの新世界まであと少しの辛抱だ。さぁエリック、いつまでも立ってないで、一緒に飲もう」


盟友はどこからともなく酒とグラスを取り出し、これまでの苦労を労うようにグラスに酒を注いでいく。

促されるまま識者(エリック)も嬉しそうに酒を注ぎ返す。


「ああ、そう言えばもう一つ。あの筋肉馬鹿が聖女襲撃の際に見た人物は例の二人目じゃなかったみたいなんだ」

「ん? だったら、こいつのことじゃないか?」


何気なく取り出したのは、一枚の新聞。それを見た識者は一瞬嫌な顔をする。


「……教会の発行した神聖新聞か。ああ、確かに同じ黒髪なら、この覇者だった可能性もあるな。それだったなら止めずに聖女をやってもらった方がよかったな」

「まぁ、今更言っても仕方ないことだね。賢者の天敵である聖女を排除できなかったのは痛手だが、不確定要素だった覇者の存在が分かったんだ。後でチャンプに聞けば色々と対策のしようがあるって今は考えよう。ほらもっと飲んで飲んで」


広げた紙面に描かれた聖女を憎らし気に見つめる識者を嗜める様に酒を勧めた。


女神の使者には役割が存在する。

邪悪なるモノを斃す役目として、勇者と賢者。人々を守り導く役目として聖者と覇者。そして、聖者には賢者の、覇者には勇者の、それぞれストッパーの役割を持っている。


元賢者である識者の力は、聖女に通用しない。それどころか逆に聖女を強めてしまうため、足かせとなってしまう。だからこそ、あの選定会の時も逃げるように去った。


今更になって、残してきた例の二人目がどうなったか気になったが、今は盟友に言われるがまま酒を飲む識者だった。

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