一難去ってまた一難
それから。
クゥリルは素手のままでチャンプと識者を相手取った。槍を使わずチャンプに付かず離れずな距離を維持し続け、殴り合う。
遠目から見た感じでは、クゥリルの素早い動きを捉えきれないチャンプは一方的に殴られているが、あまりダメージが通っていない。チャンプもそれを分かった上であえて攻撃を受けつつ、フェイントを混ぜながらのジャブやフック、ストレートを繰り出す。
激しい拳の応酬の中、識者は光の球を飛ばして援護しようとするも、近くのチャンプを考慮してか先ほどのような範囲攻撃はできず、光の球を直接クゥリルにぶつけようとしたり、近づいてから半透明な矢を射出する魔法を放っている。
もちろん、そんな単純な攻撃が当たるクゥリルではなく、むしろ絶妙な立ち回りで回避することによって逆にチャンプへの誤射を誘導していた。
この二人にはチームプレーと言ったものが一切なく、チャンプが光の球の射線へ入れば識者が「邪魔だ」と罵り、識者の魔法がチャンプを掠めれば「ドコ見てやがる、下手くそが!」と怒鳴る。
次第にクゥリルの相手をするよりも怒鳴り合うことがメインになってしまい、当のクゥリルはほとんど回避するだけで、自分から何もしなくなってしまった。
「だぁぁぁチクショウ! 全ッ然ッ当たんねぇ!!」
「ハッ、それはお前がドンクサイだけだろ。それより距離を取れと言うのが何故理解できない、お前が邪魔なせいでまともな魔法が打てないじゃないか」
「ハァ? テメェが俺に合わせれば済む話だろうが。それとな、テメェのような魔法なんか当たるような相手じゃねぇよ」
チャンプも攻撃の手を止め、向かい合うクゥリルを睨みつける。
「チッ、埒が明かねぇ。本当コイツはどんな身体能力してやがる、何か魔法でも使ってんのか?」
「お前自身、お前の能力がその可能性が無いと分かっているだろ。つまりこの獣人自身の素の力という事だ。何しろ、二人目のグランドダンジョンマスターの切り札でもあるからな」
「切り札ねぇ……同じグランドダンジョンマスターと思えねぇほど貧弱な見た目だが、アイツにも一人目と同じような特殊能力を持ってるってことか。……そいつは面白れぇな」
悪役らしく凶悪な顔でニヤリと笑い、こちらを見つめてきた。俺にはそんな特別な能力は持ってないから、欲しそうな目で見るんじゃない。
「盟友が言うには、人それぞれ作り上げたダンジョンによって異なるらしい。お前こそ何かわかないのか? 自らの強化の為だけにダンジョンマスターの力を費やしたお前には」
「あん? 自己強化ならいざ知れず他人を強化する方法何て、知ら…………いや、一つだけあったな」
「何だソレは?」
「多分ありえねぇと思うがよぉ、ドーピングっつーのがあるんだよ」
「ドーピング?」
「ああ、ドーピング効果を付けた飯を食うと永続的にステータスが上がるんだ」
……うん? いや、まさかそんなことはないはずだ。
ドーピングとかわざわざそんな項目を選んだ覚えもないし、デフォルト設定で高いヤツだけ選んでいるだけ。もしそうだったとしたら俺自身も強くなってないとオカシイ。
「ほう。それじゃあそのドーピングしまくればお前も強くなれるってことじゃないか」
「そんな簡単じゃねぇよ。一度の効果量じゃあまりにもショボ過ぎるし、効果も元の能力が高くないとほとんど上がらねぇときた。効果がわかるほどドーピングするとなると、ヤベーぐらいポイント使うんだよ。それだったら直接ステータス上げるのにポイント使った方マシってヤツだ」
「そうか。基本的な身体能力が高い獣人ならば十分に可能性はありそうだな」
…………少し思い出してみよう。
初めてポイント使った時はどうだった? いくら高級な煎餅とは言えポイントを使い切るほどのものだったか?
それに後輩君に役割引き継ぐ時にも「ポイント使い過ぎじゃないっすか?」と聞かれたこともあったな。その時は「高い方が美味しいからな」って返してたけど、まさか、ね……。
「俺も一時期やってたが、あまりにも無意味過ぎてやめたぐらいだからあり得ねぇよ。今思い返すと最初からドーピングありだったのは悪意の塊だったな。まぁ、普通ならすぐ気づいて、少しでもポイント節約するもんだけどな」
……あ。うん、通りでクゥリルが異常に強いわけだ。出会ってからずっととなると、五年以上もドーピング飯食ってたってことになるのかぁ……ハハハ……。
「どちらにせよ二人目には他者の能力を上げる能力があると思われる。これだけの能力があれば、盟友が仲間に加えたいと思うのも無理はないか」
「じゃあどうすんだ? 俺を呼んだっつーことは、交渉失敗したんだろ」
「そうだな。本来であれば、こちらの力を見せつけることで引きずり込めると思っていたのだが……予想外にお前が役立たずだったな」
「あ? 足引っ張ってるテメェなんかに言われたくねぇよ。それに殺してもいいんだったら、方法はあるにはあるぜ」
凶悪な面がもっと凶悪になると、クゥリルは地面に刺さった槍を引き抜いて一気に警戒態勢を取る。どうやらチャンプには、それだけをさせるだけの力があるようだ。
「いや、これ以上は無意味だと分かった。例えそれができたとしても、それで二人目が仲間になるとは思えん。……仕方ないが時間切れだ。帰るぞ」
識者がそう言うと光の球を手元に寄せ、その一部を観戦するだけとなっていたモンスター達を囲い、球が大きく広がり、飲み込む。
「チッ、ツマんねぇな。……まぁいいか、どうせもうすぐ四人目もできることだし、そうなれば戦争……いや聖戦だったか? どっちでもいいが、人類との全面戦争が始まれば――――」
何か重要そうな事を口走っていたが、チャンプもまた光の球に飲まれて言葉は遮られてしまった。
「筋肉馬鹿が、口が滑り過ぎだ」
チャンプへの蔑む言葉を吐き捨てると、複雑そうな表情で俺達を見直す。
「今回はこれで引くが、いずれお前達とは再会することになるだろう。その時にもう一度、どちらの仲間になるのか聞く。それまでじっくりと考えておくべきだな」
そして、識者が手元に残した光の球を握りしめて天に掲げた。
「ああ、それと最後に――」
言い残したことがあると、憂い気に一度間を溜め、
「――勇者には気を付けることだな。女神の使者である以上、いずれはお前に牙を向くだろう。たとえ仲間だろうと、意思とは関係なくな」
と、ハッキリ忠告してきた。
その後、パチンっと音が鳴り、全ての光の球が幻のように消え去った。賢者とチャンプ、それにモンスター達までもが形跡の一つも残さずに。
「――待て! っあ、ようやく声が出た……。ああもう、最後何か言ってたようだけど、ホント何だったんだよ」
「ん? 聞こえなかったのか?」
「いや、聞こえたには聞こえたけど、そもそもアレは言葉だったの? 不思議な響きで、詩の一節みたいだったよね」
あー……そうか、これもダンジョンマスターの自動翻訳のおかげか。
何故、ダンジョンマスターにしか伝わらない方法で言ったのかは分からないが、このことはアンリには黙っていた方が良いかもしれない。
「ようやく見つけたわ!」
振り向くと、そこには聖女がいた。
その後ろには屈強な騎士たちを携え、特徴的な白い翼をはためかせながらアンリに向かって駆けてくる。
「り、リィン!?」
「全く、私の断りにもなしに旅立つなんて酷いわ! 心配してたのよ……って、他にも同行者がいたのね? あら、そちらにいるのは確か、ロータスにいた……」
「あ、いや。その……色々あって、たまたま……。 そう! たまたま合流したんだよ!」
「本当なのかしら……?」
「そ、それよりリィンは何でここに? ボクのことは手紙で伝えてたよね?」
「そうですわ! いきなり居なくなったかと思えば、急に手紙をよこして……それに邪悪なるモノの集会に突入するってどういうことですの!?」
「それなんだけど、リィンには伝えておかないといけないことがあるんだ」
「……何があったのかは後で聞きます、とりあえず今は安全な場所に行きましょう。ここはどこか嫌な感じがしますわ。さぁ、そちらの方達も一緒に行きましょう」
すぐに事情を察知して真面目な雰囲気を漂わせ、少し離れた所にいるシィ達に向かって手を差し伸べる。まさしく聖女と言うべき慈愛の微笑みを向けられた瞬間、シィ達は緊張の糸が切れたのか、一斉に目に涙を溜めて泣き出してしまった。
「とても怖い思いをしたのね。もう大丈夫よ、今この場には教会が誇る聖騎士隊の精鋭が守ってくれるわ」
聖女が騎士に指示を投げると、白を基調とした全身を鎧で包んだ騎士たちがシィ達を保護しに向かう。重そうな鎧だと言うのに、その動きは軽やかで重さを感じさせず、まるで紳士のようにシィ達を抱き上げていた。
「貴方達は大丈夫、のようですね。あの無礼者……覇者が言うには信頼できる人と言っておりましたが、貴方は一体何者ですか? アンリに聞いても誤魔化すばかりで何も答えてくれませんし、この際直接聞くことにします」
ずずい、と聖女はこちらに寄ってくる。顔では聖女然とした優しそうな表情をしているが、「白状しなさい!」と言いたそうにしていた。
どんな言い訳しようかなと考えていた、その時。
「ダメです、聖女様! 彼に近付いては!! 彼は……彼はダンジョンマスターなんです!」
こちらに気付いたシィが騎士に抱き上げられたまま、声高らかに叫んだ。




