識者
光の球が真上に来ると、まるでスポットライトのように暴き出される。そうなれば注目の的となるのは必然で、モンスター達の眼が一斉にこちらへと向いた。
『あの白と黒の組み合わせは……まさか白黒組っ!? なんでここに冒険者がおるんや!?』
『お、おい! あっちの赤髪は多分勇者だぞ!?』
『その後ろのヤツらは…………知らんメンツだが、あの野郎ハーレム形成してやがる! 何てうらやまけしからんヤツだ!』
こちらの正体に気付いたモンスターは慌てながら距離を取り、『どういう事なんだ!』と識者に問い詰めている。
一部のモンスター達は好戦的でいつでも戦えるように身構え、対して勇者もシィ達を後かばう様に前に出て剣を抜く。
一触即発。
さっきまでと打って変わり緊迫した場――それを制したのは、識者だった。ふわっと宙に浮き、モンスターとこちらの間に挟まるように移動する。
「紹介しよう。彼こそは人類と共にある異界の来訪者にして、二人目のグランドダンジョンマスター。我々が迎えるに相応しい友だ!」
そして、宙に浮いたまま暴露。
その発言を聞いたモンスター達はもちろん、シィたちは「え!?」と驚きを見せ、目を見開いて俺の方を見る。アンリだけは「なんでバレてるの!?」と視線だけで疑問を投げかけているが、そんなものこちらが聞きたい。
「驚くのも無理はない。勇者とダンジョンマスター――相反する二つが手を取り合うという偉業を成した彼は、盟友に匹敵するほどに優秀な者だ。ダンジョンマスターに協力せし勇者よ、お前もそう思わないか?」
「なっ! ボクはダンジョンマスター何かに協力した覚えはない!」
「じゃあ、何だと? お前はこの事実を知らなかったとでも言いたいのか? ハッ、あり得ないな。勇者であるお前がダンジョンマスターの気配を見逃すはずもない。この事実を知っておきながら、見て見ぬふりをしていたと言うのが何よりの証拠だ」
識者の言う事にぐうの音も出ず、アンリは言葉を詰まらせる。それを見ていたシィは、アンリ自身の言葉で否定して欲しいと願う様に、おずおずと口を開く。
「……うそ、ですよね?」
「…………アイツの言う通り、旦那さんがダンジョンマスターなのは本当ことだよ。ボクもそれを知った上で一緒に行動していたんだ……」
「ど、どうしてですか!? ダンジョンマスターは世界の敵、倒すべき相手ですよ! なのに……なのに、どうして!?」
「旦那さんは君達が思ってるような人たちではないよ! それだけは保障する!」
「っ!」
その発言にシィは言葉を失ってしまう。エースとビビも衝撃的なこの事実を受け止めきれないのか、おどおどと困惑した表情を浮かべて黙るしかなかった。
それを見たアンリもまた「ごめん……」と小さき呟き、剣を構え直す。
「そういうお前は何者なんだ! ダンジョンマスターを集めて何を企んでいる!」
「本来ならば答える義理もないのだが……、いいだろう。お前にも選定のチャンスを与えてやる」
識者はやれやれと呆れた態度を取って、アンリに向けて指を差す。そして、高度を上げながらそのまま腕を上げ、天高く掲げる。
「我々の目的は一つ。それは、世界を救済すること――」
「それなら……!」
「――盟友が世界の管理者となり、新世界を創り上げる。……そのために不要な人間を、女神を排す。これも我らの悲願を達成するために、ただ同じ志を持つ仲間を集っているだけに過ぎん」
一瞬アンリが期待を見せたが、それを断ち切るように識者は上げていた手で空を切った。まるで、勇者とは手を取り合えないとでも言う様に。
「ふざけるな! それのどこが救済なんだ!」
「……やっぱり理解できないか。面倒なことだが、お前に分かりやすく説明してやろう。この世界がどれだけ歪なのかをな」
「歪?」
「ああ、ハッキリ言って歪だ。それもこれも、すべて教会――いや、女神の所為だ。人が女神を信仰する、それについては否定するつもりは無い。しかし、この世界は女神の言葉が全てだ。女神によって誘導され、制限され、仕舞いには強制させられる。これを歪と言わずして何という?」
識者は淡々と語っているが、その節々には怒気をはらんでいた。
「そんなこと……」
「ない、と言い切れるのか? お前だって勇者に選ばれた身……邪悪なるモノと唆され、女神にいいように使われているじゃないか。それに、その勇者の力。魔法もだが、元々は全てダンジョンマスターの力を真似て作られただけに過ぎない。僕はそんな身勝手な女神から世界を救済しようというんだ!」
段々と熱が入り、早口になっていく識者。初めこそ感情をむき出しにしていたアンリだが、識者が熱くなればなるほど、アンリ心を落ち着かせ、深く、深く、深呼吸をする。
「すぅ……はぁ……。ボクはアンリ……女神に選ばれし、勇者アンリ! お前が何を言おうと、ボクは決して惑わされない!」
そして、自分に言い聞かせるように啖呵を切った。
それが気に食わないのか、それとも興味を失ったのか、識者はそれ以上アンリの方を向くことはなかった。
「……もういい、元々期待していなかったことだ。ただの障害物として排するだけにすぎん。二人目の者、お前なら分かってくれるだろう? お前は自分の眼で、この世界を見てきたはずだ。ならば、目指す先は同じものだと思っている。故に、我らと共に道を歩もうぞ!」
幾重にも重なっているフードのせいで表情は分からないが、期待を含んだ声で問われる。
「あー……それは無理な話だ」
「……一体何が不満だというんだ? ああ、かつて居たあの村のことを気にしているのか? それなら心配することはない。既に同胞が迎えに行っている。それとも、東の大陸のことを気にしているのか? あいつらはまだ見所があるからな、僕としても仲間になってもらうのは構わない。お前が望めは新世界に連れて行く人類を自由に選ばせてやるぞ! それだけじゃない、盟友はお前の右腕にしたいとも思っている! これから先、地位も安全も保証されているんだ! それでも断ると言うのか!?」
段々と苛立ちを隠さなくなってきた識者は、叫ぶように言う。しかし、それに応えることはできない。
「悪いけど、俺は人類が勝って欲しいと思ってるんだよ」
「…………何故だ?」
「今のままで十分ってのもあるけど、多分村の連中は断っただろ? あとジーク達も絶対に断るだろうな。だから誘ったとしても無駄だと思う」
「……チッ」
この様子なら村の連中は断ったのは間違いないようだ。しかし、人類対ダンジョンマスターなんて、もっと先の話だと思っていたが、意外と切迫した状況なのかもしれない。それなら人類側に勝ってもらわないと困る。
「それに、騙されてるよ。俺らダンジョンマスターの勝利条件は全人類の支配か、滅ぼすかだ。支配下に置けば滅ぼさずに済むと思っているんだろうけど、たとえ支配下に置いたとしても一度リセットされ、人類はダンジョンマスターが作り出す一つの存在として、全くの別物になってしまう。自分が自分じゃなくなってしまうのに、それでいいと思うのか? ああ、それとダンジョンマスター側の勝利者は一人だけだから、同じダンジョンマスターだからと言っても安全って言う保証もなかったな」
真実を言ってしまえば一同沈黙する。密着するほど近くにいるクゥリルだけは「旦那様にだったら作り直されてもいいよ」とこんな時でも暢気だ。
しばらく沈黙が続いたかと思えば、識者は天を仰ぎ、
「アハハハ! 何だ、そんな事か!」
笑う。
「それならすべて知っている。ソレの何が悪い? 我々人類は消されるべきなんだ。女神が作った、不出来で、不完全な、出来損ない――そんなものが世界に残るより、よっぽどマシだ!」
誰に対しての怒りなのか、憎しみが混じった視線が飛んできた瞬間――クゥリルによって後ろに引っ張られる。
その直後にズシャッ――と地面から土が隆起し、先ほどまで立っていた場所が土の槍によって貫かれていた。
「……お前が我らの仲間にならないと言うのなら、この場で始末するだけ」
そう言うが否や、識者が腕を横に振るうと再び土の槍の足元から飛び出す。そのたびに、クゥリルに抱えられて避けていくのだが、その速さが尋常じゃない。
息つく間もなく襲い掛かる土の槍は、行き場を塞ぐように高く繰り出され、次第に逃げ道が無くなる。
「これで、終りだ!」
最後に残った平らな地面から、いや、それどころか既に隆起した土塊からも射出され、四方八方から襲い掛かってくる。
「クゥ! 旦那さん!」
アンリが心配の声を上げるが、クゥリルは何てことないように軽やかに大ジャンプ。横から飛んできた土の槍はむしろ足場に利用していて、俺を抱えたままだと言うのに余裕の表情だ。
「これは魔力の流れを見切った……? いや、そもそも発動する前から避けていた……。この先を見通した様な動き、まさか未来視? どちらにせよ、思っていた以上に厄介だな……」
ぶつぶつと一人考え込む識者の元に光の球が集まってくる。いつの間にか潜ませていたのか、地面の中からも飛び出してきて、識者を守るように周囲を回り出す。
「旦那様、もういい?」
「まぁ、先に手を出したのは向こうだから別にいいか。一応、殺さない程度でお願いね」
俺が許可するとクゥリルはアイテムバッグから愛用の槍を取り出して、ブゥンと大きく薙いで、穂先を識者へと向け――。
――ガキッギギ……パリィン、ガギン!
中空にいる識者の懐に槍を突き出していた。
「それに、この速さ……本当に獣人か? 一撃でコレを潰すなんて、いくら何でも想定外すぎる」
しかし、槍は見えない壁に阻まれて識者までには届かない。代わりに光の球を一つ壊しただけだ。
「やっぱり硬い、けど……?」
そのころには周囲に作り上げられていた土の槍は元の平らな地面へと戻っていて、クゥリルは見えない壁を蹴って反動でこちらに帰ってくる。だが、その表情はどこか不満そうにしていた。
「クゥ、どうしたの?」
「向こうは全然本気じゃないみたい」




