選定会
月明かりだけが周囲を照らす真夜中。
辺りが寝静まる鬱蒼とした森の中を隠れ潜むように進む影が六つ。
「ねぇ、本当にこの先でいいの?」
「ああ、間違いない。座標的にもうそろそろのはずだけど、分からないのか?」
「う~ん……それらしい感じが全然しないんだよね。コレに表示されてるのだって旦那さんの反応一つだけだし、本当にここに邪悪なるモノたちが集まるの?」
ひそひそと周囲に気を配りながら話すものの、アンリの言う通り辺り一帯には誰かがいるような気配はなく、夜行性の生き物の鳴き声が時々聞こえてくるだけ。
「あのー……こんな時間にこんな場所で一体何をするんでしょうか? 勇者様の使命に関係のあるのでしょうか?」
最後尾で恐る恐るといった感じでシィが聞いてくる。
何も知らないままついてきたシィ達がこの状況を不安に思うのも仕方ないことだろう。しかし、ここに来るまでに何度もアンリから忠告されていたのに、それでもしつこくついて来たのもシィ達だ。
「どうしよう……。もう言っちゃったほうがいいかな?」
アンリは悩んだ素振りを見せるも、踏ん切りがつかないようでこちらに判断を任せてくる。
「まぁ、いいんじゃないか? 冒険者やってるほどだし、自己判断ぐらいはできるだろ。それとも、アンリがずっと守ってやるつもりでついて来るの許してたのか?」
今日は選定会が行われるという日。
様々なダンジョンから代理としてモンスターが集まる場所へと向かおうとしているのだから、むしろ知っておかないと、いざという時に危険だろう。
「そう、だよね……」
「勇者様?」
アンリは「よし!」と意気込むと、「シィ、エース、ビビ、これから大事なことを話すから聞いて欲しい」と三人を呼ぶ。それに三人は素直に「はい!」と身構えた。
「これからボクたちは邪悪なるモノが集う所に突入する予定なんだ。多分そこはとても危険な場所で、想像もつかないことが起こると思う。だからボクとしては、君達には帰って欲しいって思っていたんだけど……、今更帰る気はないんだよね?」
「もちろんです! 勇者様一人に、そんな危険なところ行かせません!!」
「シィの言う通りだ! 前みたいにもう勇者様だけに頼りっぱなしなんてさせないでくれ!」
「私たちの身は私たち自身で守れるから、勇者様は遠慮なくやって下さい!」
強い決意が籠った勇者大好きガールズを前に、アンリはどこか嬉しそうな、困った表情になって眼を潤ませる。
「……ありがとう、みんな! でも、一つだけ約束して欲しいことがある。どんなことが起きても自分の命を一番に考えて、危なくなったら絶対に逃げて欲しい。ボクは君達の事を信じることにしたから、無茶だけはしないでね」
最後に「絶対に守ってね」と付け加えると、「はい!」と再度威勢のいい返事が返ってきた。
「それにしても何もありませんね! ダンジョンマスターが集まるって言うなら、モンスターの一体や二体ぐらい見てもおかしくないと思いますけど」
「それなんだよねぇ……。それらしい気配も全然しないから、ボクも不思議なんだよね……」
会場目指して人里離れた森の中を進んでいると言うのに、モンスターを一切見かけないまま目的地にたどり着こうとしている。しかし、時間的に考えても始まってもおかしくないというのに、不気味なほど静かで、これから何かが始まるという雰囲気もなかった。
アンリから疑いの目を向けられるが、これ以上の情報はないのだから歩くしかない。
「……え? クゥと旦那さんが消えた!?」
ただただ歩いていただけなのに、後ろから唐突にアンリの驚く声が聞こえてきた。
気になって振り向くが、アンリと勇者大好きガールズは普通にそこにいるのに、キョロキョロと俺達の事を探しているようだ。
「何やってるんだ?」
よくわからないが、声を掛けてもこっちの様子に気付く様子が無い。仕方ないので、クゥリルにお願いして無理矢理引っ張ってもらう。
「うわ! えっ、何!? きゅ、急に出てきた!」
すると、ようやくこちらに気付いたのか驚きだす。同じように他三人も引っ張られると、同じように驚き、三者三葉の反応を見せる。
「何がどうなってるの!?」
「こ、これもダンジョンマスターの仕業ってやつなのか?!」
「……これは、魔力の揺らめき? ……結界、の魔法……いや、魔道具?」
どうやら選定会の場所を中心に結界が張られていたようだ。外からだと中の様子が分からないように一応は勇者対策をしていたという事か。
「……っ! この感じ、邪悪なるモノの気配!」
早速、アンリが反応して駆け出していった。その後ろをついて行くと、程なくして話し声が聞こえてきた。
「……時間だ。これより選定会を始める」
「「「ウォオオオオ!!」」」
木々に身を隠して奥の様子を見ると、そこには大小様々な形をしたモンスター達が一人の人物を囲うように集まっていた。
その人物はいかにも怪しいと言った格好で、ローブを幾重にも重ね着したような、全身を包み隠している。さらに周囲にはふわふわと光る球が四つ浮かんでいて、薄暗い森を照らしていた。
「異界の訪問者たちよ、静かに頼む。あまりうるさいのは好きではないでね」
『あんたは誰だ? もしかしてあんたが、噂の一位様ってとこか? そんなに着こんじゃって、随分と用心深いんだな。いや、もしくは臆病者か? ハハッ』
一体のモンスターが馬鹿にするように質問を投げかけると、その問いに応えるように彼は言う。
「いいや、違う。僕は盟友である『彼』に代わって、この場を仕切らせてもらうことになった識者と呼ばれるものだ。この選定会では僕の判断によって決まる故、言葉には気を付けることだな」
――識者と名乗った彼の言葉には圧があった。先ほどまで軽薄な態度を取っていたモンスターは、その言葉だけで苦しそうに伏していた。
「これからお前達には、我らの盟友になるに相応しいかいくつか質問する。お前たちはそれに素直に答えるだけでいい」
『おいおい、待っちょくれよ! そんな一方的なんかい! ワイは上に登れる方法ってのを聞ききたんや。別に仲間になるっつーつもりはないで』
「ふむ。向上心があるというのは良いことだ。お前の言う通り、上に登れる方法……グランドダンジョンマスターへと至る方法を盟友は知っている」
グランドダンジョンマスターの名が出た途端に、ザワザワとあたりが煩くなる。半信半疑だった情報が確信となり、モンスター達の識者を見る目が明らかに変わった。
「盟友になるにしろ、ならないにしろ、まずはこの選定会で選ばれることだな。その後の事は好きにするがいい」
『……あ、ああ。そうさせてもらうで』
「では、最初の質問だ。初めだから二択にしておこう。――異界の訪問者にとって、人類とは、人間たちとはどういった存在だ? 敵対すべき存在か? それとも共存できる存在か?」
まさに選定に相応しい質問だろう。
普通に考えれば、ダンジョンマスターとして行動するなら、人類は敵対すべき存在だ。しかし、ダンジョンマスターのことを『盟友』と呼ぶ識者は十中八九人類の一人。
この選定会を開いた者がどういった志で仲間を増やそうとしているのかは分からないが、この質問の答えで全てが分かる。
――五分は経っただろうか。
未だに数体のモンスターは迷っているようで、今のところ敵対派六割、共存派三割と、敵対派多数という結果になっていた。
「……そろそろいいだろう。悩むのは構わないが、優柔不断な者に盟友は相応しくない。この質問に答える事の出来ないものは不要だ。選定会に参加する資格もないと知れ」
『あとちょっとだけ待ってくれ! す、すぐに決めるから!』
『クソ、情報が足りなすぎるんだよ! ええい、ままよ!』
残っていたモンスターがどちらか片方を選ぼうとしたその時。
――パチンと識者が指を鳴らすと、ふよふよと浮いていた光の球がモンスターを突き抜け、その場からモンスターが姿を消した。
「心配することはない、元の居場所へと転移させただけだ。選択した君達には次の質問に参加する権利がある。……今更怖気づいたと言うなら、同じように帰してあげよう。どうする?」
何も反応できないまま、残されたモンスター達は静まり返る。
「その無言は了承と受け取ろう。さて、次の質問に移りたいところだが――その前に新たな客でも歓迎するとしよう」
そう、識者がこちらに向かって、光の球を飛ばしてきた。




