獣人の国
「それで、結局二人は何しに来たんだ?」
「あ、そうでした! よければこれから一緒に行きませんか!?」
「行く?」
「シィ、それじゃあ説明不足だろ。簡単に説明すると、さっき私たち冒険者ギルドで依頼を一つ受けてきたんだよ。何でも最近狩猟場の森にモンスターが頻出するとかで、危ないから代わりに冒険者が狩猟してくれって依頼でさ、よかったら一緒にどうかなって」
突然の誘いに疑問に思ってると、隣にいるエースが補足を入れてくれた。
依頼の内容を聞く限り、原因はおそらく選定会だろう。一か所にダンジョンマスターの代理が集まる為、そこに隠れ潜んでいたという所か。
「それなら、アンリとビビを誘えばいいんじゃないか?」
「いやいや、勇者様をそんなことに誘うなんて恐れ多いです! それとビビなら行かないと思いますよ。ビビは後衛ですから狩猟に向いてませんので。でも、その点クゥリルさんは違います! 私の感がクゥリルさんを連れて行くのが一番って言ってます!」
クゥリルはよくて勇者はダメなのか。
まぁ、クゥリルが狩り得意なのは大正解だ。今も行きたそうにクゥリルが尻尾を揺らめかせている。しかし、俺のそばからも離れるつもりもなさそうで、行きたいけどまた他の獣人を見てしまうんじゃないかと葛藤しているようだ。
「狩猟……」
「クゥリルさん興味あります?! って、獣人の国だと狩猟は祭りにもなるぐらい親しまれてるみたいですし、興味あるのは当たり前ですよね! さぁ、行きましょうよ!」
「クゥ、行ってきたら?」
「でも、そしたらまた旦那様が……」
「だったら俺はここで待ってるよ、それなら心配ないだろ?」
「そうですよ! ダンナさんには勇者様が戻ってくるのを待ってもらいましょう!」
クゥリルは最後の最後まで心配そうな目でこちらを見ていたが、やはり狩りの魅力には勝てなかったのか、説得され狩猟しに行くことになった。
そういうわけで俺は一人宿でお留守番だ。
と、言ってもこんなチャンスに素直にお留守番する気はない。狩猟から戻ってくる前に、こっちはこっちで獣人の街を堪能するとしよう。
獣人の国と言っても、人の国とあまり変わりない。
街並みなどはこれまで色々巡ってきた街とそこまで大きく異なることなく、豚獣人が出店で肉串を売っていたり、猿獣人が大道芸のような事をしていたりと、ただそこら中にいるのが獣人ばかりという事だけだ。
ただ人種がヒトから獣人に代わっただけだが、見た目が違うだけでこうも心躍るのはなぜだろう。ちょっとふらふらと街中を歩くだけで、色々と満たされていく。
……こんなところクゥリルに見られたら怒られるだろうなぁ、など考えていたら
「ああ!? もういっぺん言ってみろコノ野郎!!」
と、怒声が間近で聞こえてきた。
振り返るとすぐ近くで、立派な鬣を生やしたライオンの獣人がフードを被った人を威嚇するように睨んでいた。
「チッ、これだから獣風情が……。何度も言ってやるよ、さっきから汚らわしい毛を撒き散らすんじゃねぇ。お前のような獣がいるから、そこら中が毛だらけになんだよ」
「オレサマの毛が汚ねぇだと!? オレサマの誇りを馬鹿にしやがって、絶対にタダで済まさねぇ……ガルルゥ!!」
「また尻尾振りやがって、毛が飛び散ると言ってるのがわかないのか」
煽るようにフード男が言うと、ライオン獣人は更に尻尾を大きくバタバタと振って「んだと、ガルルゥ!!」と怒りを露わにする。
巻き込まれたら大変だなぁと思い、すぐにその場を離れようとしたが、時すでに遅し。ここを中心に周囲には囲むように獣人の壁が出来上がっていて、逃げ出せるような状況ではなかった。
ザワザワガヤガヤと次々人が集まっていく中、もはやフード男とライオン獣人は一触即発といった感じで、ライオン獣人が吠えて今にも殴りかかろうとしていた。
このままだと巻き込まれてしまうのは必至、仕方ないので止めに入る。
「あー……お二人とも、落ち着いて。何があったか知らないけど、まずは落ち着きましょう」
「何だテメェ!? お前もこいつの仲間か!?」
思い切って口を挟んでみたも、逆に「ガルルゥ」とこちらまで威嚇されていまう。この状態では話にならないので、アイテムバッグから一つのアイテム――またたびアロマを取り出した。
「まぁまぁ、これでも嗅いで落ち着いて」
「ああ? なん、だ……こりゃあ…………」
同じネコ科なら通用すると思って出したアイテムだが思った以上に効果があるようだ。
ライオン獣人が一度その匂いを嗅いだら、目をトロンとさせてしまう。すかさず、あごの下を撫であげると瞬く間に「ゴロゴロ」と喉を鳴らして、幸せそうに表情へと変わっていった。
「よし、今のうちに逃げるか。ほら、そこの人も一緒に!」
「ちょっと待て、なんだお前!?」
フード男が文句を言うのを無視して、そのまま腕を掴んで走り出す。人垣をかき分けるように前に進み、人がいない道の方へと進む。
「ま、まて……もう、誰も追って来てないぞ……はぁはぁ……」
しばらく走っていると、隣のフード男が息を切らしてその場に立ち止まる。
「クソ……なんなんだお前……はぁはぁ……。あんな奴、僕一人でもどうとでもなったんだよ。邪魔するなよ……はぁはぁ……」
「思ったり体力ないんだな。そんなんでどうやってどうにかできるんだ?」
「うるさい……、体力仕事は僕の担当じゃないんだ。こんなことして、助けたとおもんじゃないぞ」
フードを被ってよくわからないが、態度だけはご立派なようだ。お詫びとしてアイテムバッグから飲み物を取り出し、手渡す。
「そりゃあ悪かったな。これでも飲んで落ち着いて」
「チッ……ただの茶か。冴えない顔つきと同じで冴えない選択だな。まぁいい、貰ってやるよ」
フード男が飲み物を受け取ると、一気に飲み干す。一瞬だけフードの隙間から見えたその頭には、二本の角が生えていた。見た感じ獣人ではないと思っていたが、どうやらヒトでもないようだ。
「どうしてあんなことに?」
「ああ? あの獣風情が、この僕に尻尾を当てたって言うのに謝罪一つないから、文句を言っただけだ」
「ああ、それで……」
もうこの少ない付き合いだけで分かってしまう。これだけ口が悪ければケンカに発展するのは明白だ。
「それにしても、バタバタ尻尾振りやがってムカつく獣だ」
「まぁ、ネコ科は怒ると尻尾振るらしいし、それだけ向こうも怒ってたってことだ。これを機に少しは言葉を気を付けたらいいんじゃないか?」
「……余計なおせっかいだ、このクソ野郎」
……どうやら改める気はないらしい。
これ以上このフード男と一緒にいたら気が滅入りそうだ。それに結構時間潰してしまったし、さっさと帰ることにしよう。
「はいはい、それじゃあ俺はもう行くよ。あんま面倒ごとは起こさない方がいいと思うぞ」
「お前、今の……。いや、そう言う事か」
「?」
「ふん。まぁ、いいだろう。今回だけはお前の忠告を聞いといてやるよ。それじゃあ、またな」
それだけ言うと、フード男は勝手に一人納得して去って行った。
その後すぐに宿へと戻り、外に出た証拠を隠滅したのだが、街の方でライオン獣人が一撫でされただけで堕ちてしまったという噂が広がっていた為、クゥリルにバレることになってしまった。
ゴメンナサイ、つい出来心だったんです……。




