フレーシア到着
それから、ウェイスター商会の系列店を回ったり観光地を回ったりと、夜になるまで時間をつぶすことになった。
ウェイスター商会が用意したという秘蔵の品々は、それはもう凄い魔剣だったり魔道具だったりと、冒険者にとっては魅力的なモノらしく、アンリ含むシィたち冒険者組は目を輝かせていた。
ただ、その性能もさることながら値段もそれ相応なものばかりで、とてもじゃないが手が出せるようなものではなく、俺とクゥリルは一通り見終わったので切り上げたが、どうやら彼女たちは最後まで名残惜しそうに見ていたようだ。
その後は予定の時間までのんびりと二人で街中を歩いていたが、どこにいても教会の関係者と思われる人らが見かけられ、支配人が言っていた通り人探しをしているようだった。
「皆様、お待たせしました。準備はよろしいですか?」
街灯の日が理が届かない細い道、月明かりだけが照らす夜の街、支配人直々の案内により路地裏の奥へと進むと、そこには古びた水路の入り口があった。人が通れるほど高さの水路だが、入り口には錆び付いた鉄格子が設置されており、見るからに通れそうにない。
「あの、ここは?」
「下水路です。この先を通って、聖都の外へと出ます」
「下水……」
「ああ、ご心配なく。下水と言っても清浄化の魔法具が設置されておりますので、さほど汚くはありません。我々ウェイスター商会が、下水路の魔道具整備を引き継いでからは、このように度々活用させてもらっているのです」
支配人が笑いながらそう言うと、鉄格子の一部を上下に揺らすと、スポンと格子が抜け、人ひとり通れるほどのスペースが空いた。
「さぁ、こちらへどうぞ。中は暗くなっておりますので、こちらをお使いください」
カンテラを手渡され水路の中へと入る。中は暗いものの、カンテラの魔法石の明かりに照らされれば周囲がよく見える。水路は割と整備されているようで、確かにクサいと感じるほどの臭いもなく進みやすい。ただし、かなり入り組んでいるようで、分かれ道も何度もあって、ここで迷ったら外に出るのは難しいだろう。
そんな中を支配人は迷うことなく進んでいく。
「聖都にこんな道が……。なんかドキドキしますね、勇者様!」
「ええと、シィさん。ここから先は後戻りできなくなると思うけど、本当に良かったの?」
「はい! 勇者様の手伝いができるなんて光栄です! ねぇ、エース! ビビ!」
「え、あ、ああ!」
「―――(コクコクコク)!」
シィたちにはこの夜逃げじみたことについては、勇者の秘密の使命という事で誤魔化している。行き先はフレーシアと伝えているが、これから俺達がすることを一切知らない。
「いやー……、ボクとしては危険だからこのまま安全な聖都にいてもらった方が……」
「そ、そんな! 確かに私たちじゃまだまだ力不足ですけど、それでも何かできることがあるはずです! お願いします、連れて行ってください!」
「……わかったよ。でも、決して無茶はしないでね。何より自分の身を大切にして欲しい」
「ありがとうございます!」
危険な目に会わせたくないとアンリが気遣っていたが、結果は逆効果。彼女の熱意に負け、アンリは簡単に白旗を振った。
そして、それから程なくして、水路を抜けた先には立派な馬車と八本足の巨大な黒馬が待っていた。おそらく昼間のうちに外に待機させていたのだろう、聞いた通りの巨馬だが、大きさも足の数も普通の馬の二倍という見た目はもはや馬と呼ぶにはあまりにもモンスターじみている。
そこからは、速いものだった。
御者と簡単な挨拶をした後は、ここまで案内してくれた支配人へ別れを告げ、馬車へと乗りこむ。御者が鞭を振るうと、ブルルンと馬が嘶き走り出す。
八本足から繰り出される馬車のスピードは凄まじいもので、瞬く間に聖都の明かりが遠く小さくなっていく。
目的地まで数日と言った通り、四日目には南の国フレーシアにたどり着くことになった。
「ここがフレーシアか」
辺りを見渡せば、どこまかしこも獣人ばかり。クゥリルのようにケモ耳ケモ尻尾が付いただけの獣人から、獣をそのまま二足歩行させたような獣人まで多種多様の獣人が闊歩している。
特にあの全身がもこもこの、羊のような獣人とかとっても触り心地がよさそうだ。
「…………旦那様」
「ま、待ってクゥ! クゥが一番だから! ホントだから!」
少し他に興味を移すだけで、クゥリルが声のトーンを落として引っ付いてくる。こうなるのは薄々気付いてはいたが、こう魅力的なものが多いと逆らえない。
「もう、二人とも! いちゃつくのは良いけど、場所考えてよ!」
アンリの言う通り、がっしりとクゥリルに抱き着かれたこの状況は目立つようで、既に周りの獣人たちから注目の的になっていた。
向こうには親子の獣人が今の俺達と似たように引っ付いてるのもいて、「ママーあれ同じー?」と聞いている。多分あれはコアラの獣人だろうか、微笑ましい光景だ。
「むー……」
「あ、ちょっとそれ以上はヤバイ。クゥ、緩めて! 折れる、折れちゃう!」
――グキッ。
……
…………
………………
「旦那様、ごめんなさい……」
「いや、こっちの方こそゴメンね」
その後、言うまでもなく近くの宿屋で休むこととなり、今はクゥリルの機嫌を直す為、宥めている。
「ふぅ。クゥのシッポ撫でてると、落ち着くよ」
「んぅ……旦那様はわたしだけのものだからね」
「もちろん! ……あー、でも少しだけよそ見しちゃうかも」
「むぅ……、もっと撫でる!」
不満そうにするクゥリルを、要望通り満足するまで撫で上げていく。正直言って、自分自身でも自制が聞かないことに驚いているぐらいだ。
ドラグニア帝国でも獣人はいたにはいたが、向こうは動物的特徴が少ない獣人ぐらいで、そもそもこれだけ多くの種族がいなかったからか、引かれることはなかった。
「お二人は本当に仲が良いんですね! あっ、もしかしてクゥリルさんの強さの秘訣って愛ってやつですか!?」
「ちょっ、シィ! まだ入ったらダメだろ!」
しばらく撫で続けていれば、部屋の中にシィとエースが入ってくる。少し前からノック音は聞こえていたが、あえて無視してたのに入ってくるとは、中々の度胸だ。
しかし、意外にもクゥリルは不機嫌になることはなく、「ふふん、やっぱり分かる人に分かる」と、むしろ嬉しそうにしていた。
「あれ? アンリとビビは?」
「お二人は今買い出しです! ああ見えてビビって、特産品巡りが好きなんですよ! それで勇者様は、まだ勇者様に慣れないビビを思って付き添っているようです! 羨ましいですよね!」
「すぐに順応するシィの方がおかしいんだよ。私だってまだ慣れてないよ……」
「えー! そんなことないよ!」
なぜこの二人はわざわざここに来て言い争っているのだろうか。仕方ないので、クゥリルを撫でながら待つとしよう。




