表と裏
「な、何で聖都!?」
「言っただろ、こっちにも色々あったんだよ」
「ああ、もう! それじゃあ抜け出してきた意味ないよ!」
アンリが叫ぶ気持ちも分かるが、こっちだって好きで来たわけじゃない。一般的に国から国へと渡る場合は、聖都を経由するなんて聞いてなかったし、太陽ある方向が聖都ってのも初耳だった。
今更言っても遅いから言わないが、せめてそう言う中央の常識ぐらいは教えてくれてもいいんじゃないかと思う。それより、堂々と抜け出したことを言うのは勇者としてどうなんだ。
「……何さ、その目」
「いや、何でもない。それでどうする? 俺らは二日後には出発する予定だが、またついてくるのか?」
「アンリが居たらわたしも助かる。一緒に行こ?」
それはシィたちへ差し出す身代わりとして来て欲しい、という意味だろうな。まぁ、それを抜いても勇者と言う立場は何かと便利かもしれない。
「う~ん……そうしたいんだけど、それだと遅いよ。せめて明日には出ないとリィンに見つかっちゃう」
「だったら今のうちに出るか? こっちは直行便で行くけど、途中の村とかで合流するようにしてもらえれば、拾えるかもよ」
「いや、今日はもう無理、かな。夜になったら聖都の出入りは禁止されるからね」
アンリは窓の外を眺めながら言うが、外はまだまだ明るく、太陽も大きく見える。
「まだ夕暮れにもなっていないのに、何を言ってるんだ?」
「あー……、そうだよね。初めて聖都に来たら、そう思っちゃうよね」
「一体何を言って……」
と、突っ込もうとしたその時。先ほどまで大きく見えていた太陽が蜃気楼のように消え、一瞬のうちに夜が訪れた。それと同時に、街中の明かりが点けられ、夜の街に相応しいイルミネーションに包まれる。
「きれい……」
クゥリルまでも思わずつぶやくほど、その景色は素晴らしいものだった。屋敷から眺められる大教会堂は、その大きさもさることながら、色とりどりの光で飾られ、昼は真白で荘厳なイメージだったが、夜になると夢の国を思わせる全く違うものへと変わっていた。
「今まで気にしたことなかったけど、こんなに綺麗だったんだ……」
「アンリ、知らなかったの?」
「うん。夜に出歩く事なんて滅多にないし、いつも教会で寝泊まりしてたから、知らなかった……」
スッっと、横から気を利かせたメイドさんがガイドブックを広げて渡してくれる。そこには聖都の夜景十選と銘打たれた記載が書いてあった。もちろんその中の一つに、この夜の大教会堂についても書いてあり、オススメデートスポットとして有名のようだ。
「……って、ここってこんなに教会に近かったの!? 大教会堂を眺められるってどんな高級宿取ったの!?」
「まぁ、色々あって」
「色々!? もう色々で済まされるようなもんじゃないよ!」
「むぅ、アンリうるさい。旦那様、あっちで二人っきりで見よ」
そう言ってクゥリルは俺を引っ張り、この夜景がもっとよく見える場所へと移動した。無論、まだまだ文句言い足りなさそうなアンリも付いて来ようとしたが、一蹴されて近づく事すら許されなかった。
そして次の日。
早速、俺達はウェイスター商会へとやってきた。昨日と同じくVIPルームへと通され、支配人に昨日のことを話すと、すぐに状況を理解してくれたようで話が進められていく。
なお、この場には俺とクゥリル、そしてアンリだけ。勇者大好きガールズはこれ以上のプレッシャーは耐えられないと、快く承諾し、デパートの方で時間を潰してもらっている。
「ご事情は把握しました。一名の追加で、そちらのお方が途中乗車という事ですね」
「はい、よろしくお願いします」
アンリには認識阻害の魔道具を使ってもらっている為、ここに来るまでの間はもちろん、こうして目の前にいても勇者として気付かれることはいない。
「なるほど、確かにこれは勇者と気づけませんね」
「うぇ!? な、なななんで!?」
「いやはや、まさか本当にそうだったとは。その魔道具も中々興味深い」
……気付かれていないはずだったのだが、この支配人は見抜いたようだ。決定的になったのはアンリの反応からだろうけど、それでも魔道具越しに正体を見抜くとは驚きだ。
「どうして勇者だと?」
「簡単なことです。今朝入ってきた情報に、教会の者が人探しをしているとお聞きしましてね、ここ最近の事情から教会が探すほどの人物となれば、一体何を探しているのかは、一目瞭然と言うものです」
「ああ、なるほど。新聞にも載っていたぐらいだし、そう結論づくか。意外とバレるもんだなぁ……」
「いえいえ、普通なら気付きません。私も素直に否定されていれば、気付かなかったと思います。ただ、それによって一つ問題が出てきました」
「問題?」
「ええ。現在聖都ではその人探しの為に検問が行われております。この状況では、勇者様が外にと思われます。さらに並行して邪悪なるモノが侵入していないかの調査も行われているようでして、我々としても運輸が滞ってしまい迷惑しております」
「え……」
「今は物騒な時代とはいえ、面倒な世の中になったものです……っとこれはお客様の前でするような話ではなかったですね。申し訳ありません」
深々と頭を下げる支配人だが、この状況になったのはアンリが抜けだしたせいであり、ついアンリの方を睨んでしまった。そのアンリはと言うと「あわわわ」と事の大きさに戸惑っている。
もういっそのことアンリを突き出してしまえばいいじゃないかと考えるも、これを察したのか、アンリは涙目で「見捨てないで!」と懇願してきた。と言うか、そこまで聖女のことが怖いのか。
「はあ……わかったわかった。とりあえず、この件についてだけど……」
「ええ、わかっております。ウェイスター商会はお客様ことを第一に考えております。この場にいる誰もが、決して信用を裏切る真似は致しませんので、ご安心ください」
「ありがとうございます。それで何とかバレずに外に出る方法はないですか? できれば俺達含めてお願いしたいのですけど……」
「ふむ、貴方もワケありという事ですね。分かりました、この私に全てお任せください。ウェイスター商会の名に懸けて、必ずや無事にお送りしましょう!」
その場に立ち上がり、意気込む支配人のその姿はとても頼もしく見えた。それから更に話が進み、支配人の指揮の下出発の計画が立てられ、今夜にでも出発することになった。
普通であれば夜間に聖都からでることはできないが、そこはウェイスター商会の力を使ってどうにかするらしい。ついでに言えば、夜逃げじみたこの行為は何度も経験済みという事で、安全面の方もバッチリとのこと。……裏の顔まで完備とは、末恐ろしいなウェイスター商会。
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらずに。ジルベール商会長のお得意様とあれば、全力を尽くすのが当たり前、何かあっては私の首が飛びかねませんから」
と軽快に笑って言うが、むしろこの支配人がこの状況を一番楽しんでるんじゃないだろうか。先ほどから手帳を開きながら不適な笑みを浮かべている。
「さぁ、夜までまだまだ時間がございます。本日は皆さまの為にとっておきの品物をたくさんご用意しておりますので、どうぞ最後までごゆっくりご覧になってください」
どうやら商魂までたくましいようだ。




