ダンジョン、念願叶う
本日2話目。元々一つだったものを分割投稿。
それから一年が過ぎたと思えば、これと行ったイベントもなく2年3年と、あれよあれよという間に5年は経っていた。
5年も経てば少女から女性へと変わるのは十分で、クゥリルは元々の見た目の良さもあって美しい大人へとなっていった。
どんどん成長していくクゥリルに対し、俺はというと転生してから歳をとっていないようで、髪も爪も伸びず老化といったものが起きていなかった。
おそらくダンジョンマスターになった時に、生物として全く異なるものになっていたのだろう。
歳をとらないのは良いことなのだが、いつまでダンジョンマスターを続けなければならないのか、ただそれだけが不安だった。
そして、その日のクゥリルはいつもと様子が違った。
いつものような元気はなく、しょんぼりと尻尾を垂らしている。
「クゥ? どうしたの?」
最近は自分が大人になっていることを自覚してからは、わざと抱き着くように突撃してくるというのに今日はそれがない。
揶揄われていることはわかるが、昔と今では違うことをようやくわかってくれたのだろうか? それにしても元気がないのが気になる。
「昨日……わたし、成人したの……」
「? おめでとう、じゃあこれでホントの大人の仲間入りしたんだね! ……なんか嬉しそうじゃないけど、大丈夫?」
「わたし、まだ子供のままでいい……」
「急にどうしたのさ、いつも大人だってこと自慢してたの」
今まで見てきたクゥリルと全然違う。
初めて会った時は大人のように狩りができることを自慢してた子供だったのに、今はただのいじけた子供だ。
「だって、大人になったら、おじさんのこと言わなきゃ、いけなくなっちゃう、よぉ」
「えっと……どういうこと、かな」
「“村の掟”……、……今までは子供の遊びだからって、気にする必要なかったんだけど……、成人したからどんな些細なことも絶対報告するんだって……」
ついに黙ってきたことを言わないといけない時が来た。そりゃそうか、いままで見逃してもらってたことが間違いだったんだ、文句は言えない。
……5年。うん、十分すぎるほど生き延びたな。終わるときは意外とあっけないもんだなぁ。
「大丈夫、俺は気にしてないよ。“村の掟”なら仕方ないよ」
「でも、わたしまだ一緒にいたいよぉ。掟に従いたくないよぉ」
眼に涙を溜めながら思いを漏らしている。
ずっと “村の掟”は絶対に守るものだと、一番大事だと考えてたのに、それを曲げてまで一緒にいたいと言ってくれたことに嬉しく思ってしまう。
でもこれ以上は迷惑はかけるわけには、あれほど大事にしていた“村の掟“を破らせるわけにはいけない。
だから最後にお願いしよう。
「ねぇ、最後にお願いしてもいいかな?」
「……お願い?」
それさえ満たされれば、たとえクゥリルが引き留めても自ら進んで明かしてしまってもいいと思う。
「うん、……しっぽを撫でさせてほしいんだ。……あっ、へんな意味じゃないよ。いつもは耳までだったけど、その延長でしっぽもってことで、……えーっともふもふしてていつも触りたいなぁって思ってたんだけど、ああなんていえばいいかな」
きょとん、と一瞬止まって、そしていつものような笑顔を見せてくれる。
「うん、いいよ。好きなだけ撫でて」
すっと俺の横に来て、しっぽをこちらに寄越してくれた。
恐る恐る、指で触れる。
――やわらかい。思っていた以上にもふもふしている。
今度はしっぽの根元のほうから先っぽまで丹念かつ丁寧に撫でて毛並みを堪能する。毛の一つ一つが肌に吸い付くように滑らかにしなっていてやわらかい。
撫でるたびに反応しては身をよじるのを我慢してくれる様子もかわいい。
みみの方も物足りなさそうにしているので、今度は並行して頭の方も撫でる。
ああ、今までにないぐらい至福だ――
それから数分ぐらい撫でていた感覚だったけど、気づけば数時間は経っていたようだ。……やりすぎた。
ちらっと顔色を窺うと、すこし紅潮させているようも見える。
これ以上は何かいけない気がする。たぶんさっき泣きそうになってたからそれで赤く見えてるだけ、そう、気のせいにしておこう。
「ありがとう、これでもう悔いはないよ。その、お願いがこんなのでごめんね」
「んーん、わたしも元気出た! だから気にしないで、わたし頑張れる気がする」
よくわからないが、クゥリルも何か決心がついたのか、先ほどまで泣きそうな顔がウソのように元気いっぱいだ。
「じゃあ、行ってくる。おじさんはここで待っててね」
「え? 俺のことは言っていいからね、なんなら俺からそっちに行こうか?」
「大丈夫、ちゃんと“村の掟”には従うよ! しばらく来れなくなるかもしれないけど心配しないで待っててね。絶対、絶対待っててね!」
俺が何かを言うのを待たずに、それだけ言い残してこのダンジョン……秘密基地からクゥリルは去って行った。