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聖都で

「どう? クゥ、これ気持ちいい?」

「んぅ……ん~……悪くないけど、やっぱり旦那様の手の方がいい」


そう言ってクゥリルは俺の手からブラシを取り上げ、今度は素手でやってと催促する。そして、いつものように梳いてあげれば「ふぁ……」と、気持ちよさそうに声を漏らす。


あれから馬車の予約を済ませた後、デパート内を軽く見て回り、用意された宿で一休みしていた。


ただ思っていた宿とは少し違って、一般的な部屋を借りる様な宿ではなく、宿屋――というより屋敷一つを借りるもので、屋敷内には初老の執事と数人のメイドが控えており、彼らがハウスキーパーとして身の回りの世話をしてくれるものだった。


屋敷と言うだけあってそれぞれ個室は割り当てているもの、広いリビングにはソファーも備え付けられているので、今はそこでみんなで寛いでいる。


「わわわ、だ、大胆……!」

「シ、シィあんま見るんじゃない! ここは黙って見過ごすとこだろ!」

「そ、そうよ! 邪魔にならないよう、遠くから眺めるだけにしましょう! それなら少し位覗いても大丈夫よね?!」

「「ビビ!?」」


別にいかがわしいことをしているわけではない。デパート内で買った商品の使い心地を試しているだけだ。まぁ、結局はいつも通りのなでなでになっているが、今更見られても特に恥ずかしいと思うこともない。少し外野が煩いぐらいだ。


「勧められて買ってみたが、コレはいらなかったか」

「そんなことないよ? こっちのほうが旦那様を感じられるから、こっちがいいだけ」

「そんなものか」


ひとしきり撫で終われば、タイミングを見計らったかのようにメイドさんが紅茶を持ってきてくれる。さらに暇にならないようにと、さりげない位置に新聞や観光者向けのガイドブックのようなものまで置いてあって、本当に快適に過ごせるようになっている。


「ダンナさん! 貴方って何者なんですか!? クゥリルさんはとっても強いし、ウェイスター商会もあの対応だし、絶対何か隠してます!!」

「何者って言われてもなぁ……。ただの旅人ってことで、俺の事は黙ってもらえないかな?」


そう思うのも仕方ないことだろう。正直、ウェイスター商会があんなに凄い所だったなんて思てもいなかった。ダンジョンマスターだという点を除けば、すべて成り行きでそうなっただけに過ぎず、本当に今はただの旅人でしかない。


「シィ、あんまり詮索するもんじゃないよ。人には言えないことの一つや二つあるんだからさ」

「そうよ。この人は少し凄いだけの、ただの旅人よ」


フォローするようにエースとビビがこちらの味方をする。多少怪しさがあっても、見ないふりを決め込んでくれるようだ。


「でも……! 私達がもっと強くなるには必要なことなんだよ!」

「逆に聞くけど、何でそんなに強さにこだわるの? 女性が冒険者をやるのって珍しいんだよね? 勇者に憧れてるって言っても、強さにこだわり過ぎじゃない?」

「そ、それは……」


そう言うと、俯いて黙ってしまった。いつもテンションが高いシィにしては珍しい。


「あー、それについては私が説明するよ。これだけお世話になってるんだ。いいよな、二人とも」


エースの一言に二人は無言で頷く。


「私たちってみんな同じ村の出身なんだよ。……でも、私たちの村はダンジョンの手によって滅んだんだ」


切り出した言葉は重たいものだった。


今からおよそ五年前のこと。当時はただの村娘として一日の大半を農作業や家事の手伝いをしていた三人は、冒険者とは一切縁のない平和な日常を送っていた。


しかし、ある日を境に三人の人生を変える大きな事件が起きてしまった。


魔物総進撃――ダンジョンから大量のモンスターがあふれ出し、近くの村や町を襲う現象。


今では滅多なことでは起きることはないが、当時はダンジョンに対する能力が低く、ダンジョンを見つけたとしてもすぐに攻略できる様な戦力を用意できなかった為、起きたものだと言われている。


おそらくだが、一度見つかったダンジョンマスターがやられる前にと、躍起になって村や町を攻めたのだろう。今そのようなことをしたら、すぐにでも対処され、攻略されてしまうので、ただの悪手でしかない。


「私たち三人はシィの直感のおかげで村から離れた所にいたから助かったけど、村にいた皆は…………」

「あー……辛かったらもういいよ」

「……いや、最後まで聞いてくれ。その後、運よく私たちは近くまで来ていたダンジョン攻略隊に助けてもらったんだ。それで、その時まだ15歳ぐらいだったかな、そこは勇者様のいる攻略隊だったんだ。当時は勇者のことはまだ発表されてなかったから、私たちよりも小さな子が、何でここに? なんて思っていたもんさ」

「そうね……。あの時は本当にビックリしたわ。でも、あれこそが私たちの希望だったわ」


そこからはビビも混ざり、勇者の活躍を誇らしげに語り出す。


ただの少女にしか思えない勇者が、傷つきながらも勇ましくモンスターと戦う姿。ダンジョンマスターの魔の手から村を解放した事実。結局は助けることはできなかったが、それでも仇を打ってくれた。誰が悪いというわけじゃないのに、もっと自分に力があればと、謝りながら一緒に泣いてくれた。


口々に語るそれは、あこがれでもあり、目指すべき目標でもあり、

「それで私たちは、勇者様のように強い冒険者になるって決めたんだ。まぁ、決めたのはシィ何だけどさ」


彼女たちの眼には、確かな想いが秘められていた。


その言葉の通り、教会に保護された彼女たちは自分みたいな人を増やしたくないと、勇者のような誰かを助けられる人になりたいと、今日まで努力して過ごしてきたようだ。


「その、あんたらには私たちの都合で手間かけさせちまって申し訳ないと思ってるよ。でも、シィも悪気がある訳じゃないんだ。だから、もう少しだけシィの我儘に付き合ってくれないか?」

「私からもお願い。シィのことは信じられなくても、シィの直感だけは信じて欲しい」

「エース……ビビ……」


強さにこだわる理由も、クゥリルを慕う理由も分かったけど、この話をしている相手がダンジョンマスターなんだよなぁ……。


「ダンナさん! クゥリルさん! お願いします!! もう詮索しないから、せめて近くにだけでもいさせて下さい!」

「わかったわかった。でも、期待されても何もできないからな。クゥもいい?」

「旦那様がそういうなら……。でも、旦那様とのふれあい邪魔したら許さないから」

「はい! 見て盗めってヤツですね!」


……まぁ、別にいいか。


「それにしても勇者ねぇ……。そういえば、そこの新聞に何かそれらしいこと書いてあったな」

「えっ、嘘!? ……本当だ! エース! ビビ! 見てこれ! 今勇者様が聖都に帰ってきてるんだって!!」


シィが新聞を広げると一面には、勇者と聖女、そして覇者たるジークが一同に集まって手を取り合ってる画、そして見出しにデカデカと「女神の使者、集う!!」と書かれていた。


まだまだこちらの文字は勉強中だが、斜め読みした感じだと教会の偉大さが強調されているような内容に見えるが、このジークの表情を見る限り、交渉は上手くいったんだと思う。


「ねぇねぇ、エース、ビビ、この新聞貰っちゃってもいいかな!?」

「普通に考えてダメだって。確かに欲しいのはわかるけどさ」

「欲しいなら買いに行きましょう。今すぐ行きましょう」


勇者の絵一つこの盛り上がりか。命の恩人なのだから無理もないけど、もし本物の勇者が現れたらどうなるのか気になるところだ。そんな事を考えながら、出かけようとする後姿を眺めていると、ソレが現れた。


「助けて、クゥ!」


噂をすればなんとやら……突拍子もなく現れたのは勇者(アンリ)。いきなり現れたかと思えばクゥリルに抱き着き、泣き言を漏らす。


「アンリ、どうしたの?」

「うぅ……それが困ったことになって…………」


それよりもまずは問い質さないといけないことがある。


「おい、アンリ。転移アイテムはもう全部使ったって言ってたよな。何でまだ持ってるんだ……?」

「あー……あはは、たまたま残ってたのがあっただけだよ。そ、それより、ここ何処? もうフレーシアに着いたの?」


下手くそな話題逸らしをしているが、どうやらいつか渡した転移アイテムを隠し持っていたようだ。クゥリルにも持たせているが、それを使えばダンジョン……今のダンジョンが無い状態だと俺の近くに転移できる便利アイテムなのだが、


「……はへ? え? え? なんで、ここに勇者様が……?」


勇者大好きガールズが素っ頓狂な反応をするのも当たり前のことだろう。

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